熱血バカと体験談

早く来すぎたためか、誰もいない教室。相良先生と別れて来たものの、人気のない教室にいてもな。居ても立っても居られずに来たらたまたま不吉な噂は聞けたけど。あの話も十分、怪奇絡みのような嫌な予感しかしない。

しっかし、女って占い好きだよな。みんながみんなそうではないだろうけど。当たる占い師がいると聞けば列をなす。近代化で有名占い師が占いサイト開いてたりする時代だし。有名って言っても興味のない人間には有名も何もない。人に人生占ってもらって何千円、何万円も出すとかボッタクリにしか思えない。セレブの遊びなんだよ、きっと。関わりたくないけど関係なくてもまた囮にされるだろう。踏んだり蹴ったりな人生選んだのは俺だけどさ。


「優多? おはようさん。今日何かあるのか? クソ早いけど」


色々もやもや考えていた俺の思考を停止したのは、いつも予鈴ギリギリの隆一。


「隆一? おはよう。い、いや何もないけど目が覚めちまって。おまえは? 」


あからさまに演技めいた溜め息をつく隆一。


「……ふ。朝から母ちゃんに絡まれるのを回避したまでさ」


「おまえ、何やらかした? 」


「……くぅ! 守りきれなかったぜ! 実力テスト! 」


壁に寄り掛かりながら無駄な演技を続ける。


「いや、隠すなよ。毎回隠すからおばさんがヒートアップするんだろ? 」


「おまえにわかるまい! 奇跡の全教科満点なんて叩き出したおまえには──! 」


朝からうるさい。実力テストは普通のひねくれたテストより簡単なんだから、取れる可能性が格段にアップするものだ。苦手科目でさえ、いつもより点数が良かったりするのがそれ。採点も意外と甘い。

進学校はきっちりしているのだろうが、公立は抜き打ちテストのような、今までの勉学がどれだけ身になっているかのテストの場合が多い。得意不得意が明確にわかるので授業や中間、期末のためのデータ取りにもなりうる。


「ああ、奇跡の全教科一桁叩き出したんだっけ。寧ろそっちのがすごいって」


隆一は逆に教師を悩ませる天才だと思う。何が得意かがわからない。ここまでくると入学出来たことさえ奇跡だ。だけど大丈夫、こいつは運動神経だけはいい。50mをまさかの5秒台一桁で走る。隆一は将来、陸上選手辺りになれば安泰だ。


「褒めてねぇ! 」


「誉められはしない。帰ったらおばさんに土下座でもしろよ」


「もうちょっと優しくして! 」


「ふざけんな! 何で俺が男を慰めなきゃなんねぇんだよ! 気色悪い! 」


「頭よくて運動も出来て! あんな……あんな可愛い女の子に言い寄られてるリア充がぁぁぁぁ! 」


「おまえのが足早いだろ! それに菖蒲さんはじゃない、だ。かなり変わった人なんだよ、執事も変人だし」


目と鼻と口を最大限まで開いたまま、隆一が固まった。……顎イカれるな。


「ぎ、逆玉かぁぁぁぁぁ!! 」


「覚えたての言葉を叫ぶな! 誤解だ! あの人はだ! 」


もう何が何だかわからない。

……ふと視線を感じて振り返る。誰もいなかったはずの教室にどうしようもないやり取りをしている間に誰か登校してきたらしい。に。しかも女の子だ。


「……楠木? 」


まだ続けようとする隆一の口を塞ぎ、名前を呼ぶ。


「……咲良、眞木、おはよう」


「おはようさん! おまえもはえーな! 楠木! 」


何事もなかったように明るく応える。

いつも明るいはずの楠木がやけに暗い。


「どうした? 楠木! いつもなら後ろからバシーン! って来るじゃねぇか! 何かあったかぁ? 」


俺にはしないが、毎回、会話してようが何だろうが、楠木はを繰り出すパワフル女子なんだよ。それが別人みたいに暗い。隆一が気がつかないわけがない。もちろんいつもこいつとつるんでる俺も。


「……ねぇ、咲良と眞木に相談がある」


俺ならともかく、隆一にまで?


◇◆◇◆◇◆◇◆◇


他のクラスメイトが来るまでに、まだ二時間はある。その最初の30分が沈黙で始まった。

取り敢えず、俺たち三人は教室に入り、座ったはいいが、中々楠木が話し出さない。隆一も流石に空気を読んで黙っている。


「……あたし、昨晩『future』の順番が《《回ってきたの》」


『future』、そう、その名前が人気占いサイトの名前だ。周りが騒ぐから、俺も隆一も、名前だけは知っている。そしてまた、口をつぐむ。


「……楠木、聞いていいか? て来なかったか? 」


声までは正直、覚えていない。あんな必死な口調は聞いたことがなかったから、照合も難しい。


「……え? なん、で? 」


目を丸くする。隣で意味が分からないって顔をしている隆一は放っておく。


「やっぱりか。まぁ、なんだ。……特異体質なんだよ。何があった? 話すために早く来たんだろ? 俺も胸騒ぎがしてたから早かった。しかも、さっき楠木みたいに順番が回ってきたっていうヤツがいて……引きこもって口をつぐんでるらしい」


「……!! あたしと同じ?! 」


ぞわってした。生還者ってことは……。


「話しにくいかもしれないけど、詳しく聞かせてくれ。無理にとは言わない。その代わり帰りに付き合ってほしいところがある」


もちろん、菖蒲さんのところだ。


「……咲良を助けた人? 」


「え? あ、ああ。まぁ、そうだね」


言えない、言えるわけない。犯人が女子のアイドル、イケメン科学教師相良先生だったなんてことは……。


「あたしもその人に会いたかったから咲良が言い出してくれてよかったよ。でも、咲良も知ってて。眞木、何だかわからないよね。ごめん。説明する」


そういうと、楠木は鞄からスマホを取り出した。少し操作すると、こちらに向ける。そこには、の『future』からのメールが確認出来た。気になるのか、隆一も隣から除き混む。チャチャは入れない。楠木はそのままで下の、最初に来たメールをタップする。

……開いたメール画面の内容欄が、空メールかのように真っ白だった。


「……何もないよね? 」


俺たちは頷く。


「これ、最初は文章あったんだよ。お待たせしましたってのがね。そのあとに……ってあったの。その瞬間、あたしは見知らぬ冷たいコンクリートの部屋にいた」


メールを開いて読んだら、別空間に飛ばされた?人間業ではないよな。


「あたしだけじゃなかった。見ず知らずの男女三人ずつ。あたし合わせて六人。あたしくらいの大人しい女の子と常識人っぽい男の人、不良みたいな人にカップル」


ランダムにしては、カップルが違和感だな。


「六人確認出来たら、電子板がを告げたの。そしたら、コンクリートが扉みたいに開いて──ダンジョンみたいな通路に出された。電子板でも、ってまた書いてあったよ」


。繰り返せば、振り向かせたい気持ちの表れにも取れるけど。


「……出たら、扉しまっちゃったから、歩くしかなかった。歩き始めたら聞こえてきたの。が。あたしたちの動きに合わせて、ずるりずるりって……」


楠木が少し震えている。と告げながら、。振り向かなければいいと思っていても、わからない音がしたら気になって気が散る。


「歩調にあわせてるから着いてきてるって感じなんだけど……。みんなパニック起こし始めちゃって……」


人間には個性がある。忍耐力と人くくりにするのはあまり好きじゃない。だけど、ちょっとしたことでも耐えられない人もいるよな。

菖蒲さんや隆一はそれ。エドガーさんや相良先生、俺は差はあれど我慢できるはず。


「不良みたいな人が短気で……喧嘩売るみたいにして振り向いたみたい。そしたらその音の主に掴まれて引き摺っていかれたみたいで、あの人の叫び声がすぐに途切れて……」


振り向いたら、になる……?


「そのあと、カップルの女の子が駄々こねはじめて……んだ」


「止まった……? 歩くのを止めた? 」


「うん、そしたらあの音もしなくなったけど……。その女の子、振り向いちゃって。まるでにいたみたいな感じで、彼女も一緒にいた彼氏もろとも……」


「……振り向いてない? 」


待て……、駄々をこねる性格ならあれかな。


「その彼女が彼氏にしがみついた……? 」


「……多分。二人が連れ拐われてからは、ずっと無言だったんだよ。どうしたらいいか、わかんなくて。……その時に、咲良が眞木に話してた話を思い出したし、咲良は黒帯じゃん? だから、で助けてよって叫んでた」


三人がいなくなってからだったのか。

振り向いたヤツを助ける手立ては……なかったんだろうな。容赦なく連れ拐われた感じかな。


「一時間くらいして、慣れ始めたら……ドアのない部屋がぽっかり開いてたのを女の子が見つけたんだ。変な感じだった。真っ白だったし、周りは変わらない風景で。流石に同じ景色よりはって、早足で向かったよ。……音も早くなったけど」


それ、心臓に悪いな。


「ゴールに間違いはなかった。最初に男の人が入ったら消えて、女の子が……あたしの腕を掴んで一緒に入ろうとしたら……」


まさか……。


「勢いであたしが入ったら彼女が後ろに引っ張られて閉まっちゃったの! 」


……振り向いたと思われた? 見なくても?


「そう言えば一緒にいた人、海江田……とか言ってた。友達に話すって言ったら、協力したいって。どこの誰かはわからないけど」


俺も流石に無理かな。日本に海江田さん何人いると思ってんだよ。職業くらい言ってけよ。


「で、気がついたら自分の部屋にいたんだけど……」


2通目のメールをタップする。

安っぽい、ホントに安っぽい恋愛占いの結果が書かれていた。楠木が体験したこととは関係ないかのように。


「……開く前に最初のを開いて確認したら、もう真っ白だった。で、開いたらこれ。メアド登録しかしてないから、性別もわからないはずなのに気持ち悪いよね……。あ、そっか。最初からんだよ。なんてなかった……。なのに、フルネームでって名指しされてた……」


楠木はきっと二度と占いサイトに登録しないだろうな。


「うん。話はわかった。名前や性別は、良くはないけど調べたらわからなくはないかな……。ブラックリスト作ってるヤツがやってるやり方かな。で、相談ってのは? 」


「こわっ。あ、えっと……お願い、このを止めて! 」


楠木だけじゃなく、他の女子とも当たり障りのない会話しかしていない俺だが、隆一との絡みのせいかやけに信用されてる。

俺だってクラスメイトを見ていない訳じゃない。最低限の人物像はわかっているつもり。楠木は少し派手目ではあっても、虐めなどは絶対しない部類だってことは知っている。隆一と気の会う男勝りな女子。更に今の発言。彼女は見知らぬ相手であっても、もう犠牲者は出したくないと考えている。……同感だ。


「……わかった。でも、放課後は付き合ってくれよ? 」


「うん」


ふいに俺の肩を掴まれる。


「……わかんねぇけど俺も使え。頭は無理だが体くらい張ってやる」


隆一がいつになく、真剣な眼差しで訴える。

……蔑ろにしたかったわけじゃないだけど。俺の我が儘で、親友を危険な目に合わせたくなったんだよ。


「……おまえだけは巻き込みたくなかったんだけどな」


「バーカ! 知らないままじゃ嫌なんだよ!

俺がな! 楠木も大事なダチだ。相談は俺にもしてた! 関わらない理由はねーよ! 」


バカなのに逞しいよなぁ。


──未だわからないのは連れ拐われた行方不明者の安否だ。

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