■ 6 Gの眠れぬ夜

 くやしいことに下着も服も靴もサイズはぴったりだった。

 脱ぎ捨てたあたしの営業衣装は洗濯カゴの中にきちんと折り畳まれている。

 新しい洋服だって魔法で出せるのにと思いつつ、ピンク色の寝間着に着替えて居間に入るとすでに布団が敷かれていた。

 それも一組。

 ……寝るのって二人だよね? もしかしてここが初夜ってこと? アンテナブル五ならとりあえずお願い一個確定って事?

「シャランラさんはこちらでお休み下さい。ぼくは台所の方で寝ますので」

 ブル五どころか圏外だった。

「いえ、あるじ様を閉め出すなんてとんでもないです、あたしが台所で寝ますから」

「台所寒いですよ。それに」

「それに?」

「ときどきGが出ます」

 G! もしやあの悪魔の化身とウワサされる黒い奴!

 そもそもあたしは四本以上足のある生物が苦手。足の数が増えれば増えるほど拒絶する。

 だからカンデーラでも日本のエビとかカニみたいな生き物は解体されてなければ食べられない。

 その中でも特に苦手なのがG。日本に出張した先輩がその恐怖体験と共に作成した資料映像はあたしにとってホラー以外の何物でも無い。

 その外見。生命力、わざと音を立てて走る様子、危機にせまると顔面に向かって飛翔。特にタマネギの腐ったような匂いを好む。

「どうしても捕獲できないチャバネGの成虫が一匹確認されています。どこの家庭にも居ると思いますけど一匹見かけたら三〇匹は居ると言いますし、特に台所はどんなに清潔にしていても居着いてしまいますからね。そこで寝ていて口を開いた瞬間にGが……」

「お願いですお願いです、こっちに寝かせて下さい、ただしあるじ様もごいっしょに!」

「しかし年頃の男女が部屋を同じくして床に入るのはランプの魔人のシャランラさんにしても問題あるのではないですか」

「全然大丈夫です、Gの襲来に対して、あるじ様が横に寝て頂いたらどんなに安心か」

「判りました。それでは仕方ありません」

 涙目のあたしにハンカチを差し出すとあるじ様は押し入れという名の収納からもう一組寝具を取り出す。

 それをあたしの布団から少し離して敷いた。

「あの、こっちには出ませんよね?」

「こちらにはトラップも仕掛けてありますし殺虫効果が効いていますから見たことはありませんね。ただぼくには警戒していてもシャランラさんはここでお休みになるのがはじめてですしGが興味を……」

「すいませんすいませんすいません、どうか布団を並べて下さい。あの出来れば同じ布団で寝かせて下さいお願いします」

「さすがに同じ布団はまずいでしょう」

「いえいえいえいえGが口に侵入するくらいなら、あるじ様に弄ばれた方がましです」

「Gと比べられるのはどこか不本意ですができるだけ布団を並べて寝ましょうか」

 もしかしてこれってあるじ様にはめられた、やっぱりあたしの身体を狙っている?

 でも圏外だった。

 夜も更け照明を落としたけどあたしの必死のお願いに小さな灯りだけ点けてもらった。常夜灯と言うらしい。

 目が慣れてくると部屋の中がぼんやりと明るい。

「誰かと寝床を並べて寝るのは久しぶりですね」

 あるじ様の静かな声が聞こえる。

「ご家族は別にお住まいになっているのですか」

「家族は居ません。先日亡くなった祖父が最後の一人でした。今は天涯孤独ですよ」

「あの、ごめんなさい」

「シャランラさんが謝ることではありません。魔人の方はどうか判りませんが人間は必ず死にます。それが速いか遅いかの違いだけです」

 どうしてそんなに割り切れるのだろう。言葉はどこか冷たくてあまりさびしさを感じない。

 あるじ様の表情が気になってそっちを向くと目があってしまった。

「シャランラさんのご家族はご健在ですか」

「ええ、一応」

「ご家族は大切にしましょう。居なくなる前に」

 あたしは小さくうなづいた。そしてまぶたを閉じた。

 家族か。お父さんは元気にしてるかな。

 あたしがこの仕事についたとき、お父さんは喜んでくれた。お父さんがずっと続けていた仕事だから。

「シャランラ、これは厳しい仕事だがやりがいはある。誰かのために願いを叶えれば目に見えない形でおまえにも祝福があるのだ」

「うん、がんばる。そしてお父さんみたいな偉い魔人になってみせる!」

 無い胸をはったあたしを笑顔で見てくれたのはお父さんだけ。

 あたしの記憶の中にお母さんは居ない。居たんだけど思い出したくない。

 だって……

 そしてあたしはいつの間にか、この異世界で初めての眠りに落ちていた。

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