第2話 でも、終わり

 最寄りの駅は国道を跨いだ先にある。

 高橋の手には先ほどの店の袋が握られて、どこか嬉しそうな顔で鼻歌を鳴らしていた。


 世界がどことなく淡い色に染まってみえるのは、桜の枝がようやく桃色の花弁でその身を着飾り始めたからだろう。


 高橋と出会って、四度目の春だった。

 そして多分、次の春には高橋のことなんて忘れているのだろう。


 それともあるいは、桜が咲くたびに俺は高橋のことを思い出すのだろうか。わからなかった。


 部室で語り合った日々は、今はもう遠い過去の出来事である。



「じゃあ、俺こっちだから」

「うん、バイバイ。ちゃんとご飯を食べるんだよ」

「お前は俺の母ちゃんかよ……まあ、じゃあな」


 言いながら歩きはじめる。信号が青になって、俺は高橋に後ろ手で手を振った。

 風が吹く。甘い香りを孕んだ風だった。


「ねぇ――ッ!」


 と、春風に乗って高橋の声が届いた。


「私はたぶん、キミを忘れないよ」


 振り返る。そこには風にたなびく髪の毛を抑える高橋の姿があった。


「たぶん……、だけど」


 高橋は自信がなさそうに付け足して、相好を崩した。


「キミは?」

「俺は――」


 信号が点滅する。とおりゃんせのテンポが早くなる。

 俺は駆け足で交差点を渡り、そして答えた。高橋に届いたかはわからない。


 でもたぶん聞こえただろう。高橋が掲げたピースサインに俺は首を捻り、結局最後の最後まで理解不能な女子だったなぁ、と思うのだった。


 そして不思議と、笑みがこぼれた。








2/


 俺が高橋と再会を果たしたのは翌年の夏だった。


 降り注ぐ蝉噪と菊の花の強い香り。そこは、春とは対照的な白と黒の世界だった。

 一年振りに見る高橋アサミは、黒く縁取られた枠の中で、場違いなピースサインを作りながら笑みを浮かべていた。


 事故、だったらしい。

 信号を無視して突っ込んできた車に轢かれたのだそうだ。


 たったそれだけの不運に遭遇しただけで人は死んでしまうらしい。


 かつてクラスメイトだった女子が泣いていた。

 それをかき消すように蝉が鳴いていた。どうしようもなく夏で、どうしようもなく汗が溢れた。


 俺は額の汗を手の甲で拭って、腕時計を一瞥した。


 それはあの日、なぜか俺のカバンに入っていたモノだった。

 高橋は色々とぬけている人だったからきっと間違ったのだろう――今までそう自分に言い聞かせていたのだけども。


 俺は自分の嘘と高橋の想いに気づいてしまった。




 俺は高橋のことが――。


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