第33話 屋台
八王子(はちおうじ)と相模(さがみ)が肩で風を切って廊下を征けば、在校生以外のほぼ全員が、目を剥いて振り返った。二度見、三度見は当たり前である。
さらに、シャッター音は乱れ飛ぶし、潜めきれていない声も丸聞こえだ。
マジで番長みたいな人いる。葉っぱくわえてないけど、リアル番長。葉っぱくわえてないけど。いや、大事だから二回言うし。やたらデカいし、ちょーヤバい。
超こわいヤンキーがガン飛ばしてくる。おれ殴られる? あ、平気? 助かった、セーフ。こわー、目、イってたよ今の奴。
つか、ヒバ高ってめっちゃ文化系じゃん。なんで番長とかヤンキーがいるの?
よく見ると、番長のほう、わりとシュッとしてる。
「相模、アゴ!」
「オウフ!」
気を抜くと素の表情になってしまい、意外とイケて見えてしまう相模に肘鉄一発。ギャラリーの「あ、やっぱそんなことないや」の前言撤回に、八王子は安心する。
セコいようだが、相模がイケてるように見えてはマズいのだ――漫才コンビとして。それ以上に八王子秋雄(はちおうじあきを)として。
「よーし、いいか貴様ら! ワシら『番長|S(ズ)』の漫才は午後三時二十五分より、体育館にて行なわれるぞ。目の穴かっぽじって、見にきやがれ!」
「目玉ほじくったら見えねーだろうが!」
「ぶふっ」
どうツッコミを入れるか迷ったが、『番長S』としてはソフトなほうに分類される裏拳ビンタをチョイス。ここで喧嘩だと騒がれ、生徒会の見回りでも呼ばれてはシャレにならないという判断だ。
仰け反りつつも笑顔な相模に、ギャラリーからはどよめきと笑い声と「すげー」という声が上がる。
悪くない反応だと、八王子はほくそ笑んだ。
ならばいっそ、路線変更だ。
「おい相模、外で宣伝すんぞ」
「おう、乗った!」
廊下に満ちる人の波をかき分けるようにして、相模が通用口へと向かう。
その後ろについて、八王子も表へ出た。
外は活気と熱気に包まれていた。
「二年二組の肝試し『二丁目の花子屋』は、三階突き当たり右手でやってます! プログラム二十六ページを確認してみてください! 恋人と来た人はぜひ!」
「この先でバレー部の出店やってまーす。アメリカンドックおすすめでーす」
「毎年恒例、ひばりヶ丘高校交響楽団の公演は、午前十一時と午後二時の二回、場所は体育館です。間際になると入場制限がかかるので、絶対見たい方は今すぐ体育館へ!」
「二階中央では、三年六組の『ヒバ高横断ミラクルクイズ』! 挑戦者待ってるぞー!」
どの団体も、自分のところを盛り上げようと必死だ。
しかし、オーラだけならば『番長S』の相模が圧倒していた。
晴れ渡る秋空の下、弊衣破帽の堂々たる佇まいが姿を現せば、並みいる人々の視線はたちまち彼の元へと集中するのだ。下駄の特徴的な足音も、人々の注意を引くのに一役買っている。
「『番長S』の漫才が見られるのは、午後三時二十五分の体育館だけ! 見逃して後で切腹したくなっても、知らんぞ!」
どよめきと歓声とシャッター音。
八王子は満足げにうなずき、付け加える。
「ご家族やお友だちもお誘い合わせのうえ、お越しくださいねー」
「見に行くー!」
「おー、ありがとう」
多数の視線を相模が引きつけている間なら、八王子もいくらか臨機応変に動ける。このように、気の利いた営業文句も飛び出すというものだ。
結局、校内や校庭を練り歩いて宣伝をしているうち、動きも動いたり時計の針が示すのは、午後二時三十分。そろそろ腹に何か入れておかなければ、本番に差し障る。
「そろそろなんか食おーぜ」
「そうだな、かっ食らってやるか」
二人して、オラオラしながら屋台を冷やかす。
定番のたこ焼き、焼きそば、お好み焼き。やきとり、焼きトウモロコシなど、焼き物勢の圧倒的優勢に、あんず飴、クレープ、チョコバナナなど甘味勢が細々と抵抗する構図だ。要は、ソースとしょうゆの匂いしかしない。
「じゃー、オレはたこ焼きだな」
「ワシはライスカレーにするのぜ」
「うっし、買ったら〝露出狂の憂鬱〟広場に集合な」
「ダビデ像前広場、な」
人混みをかき分け、それぞれの戦利品を手に、八王子が卑猥な名前をつけた広場に戻れば、そこには柏(かしわ)と千葉(ちば)の姿が。
「あっれー、二人もいまからランチ?」
「おう、オマエらもか。奇遇だなー」
そう言って合流する八王子の手では、あざといまでの赤色が豪快にはみ出す「酢だこ焼き」が、禍々しい雰囲気を醸し出していた。
その後ろからノソノソとついてくる相模が昼食に選んだのは、トレーに山盛りになったカレーだった。
「八王子さ、なんかそれ、酸っぱい臭いするけど……大丈夫?」
恋び――ガールフレンドの千葉と、一つの紙皿からチョコ団子を分け合って食べる柏の顔は、ややひきつっている。確かに、腹の足しになるのかわからない甘味を味わう横で饐えた異臭をまき散らされてはかなわないだろう。
しかし八王子は悪びれない。
「紅ショウガたっぷり、酢だこガッツリだから、こんなもんだろー」
もはやゲテモノの域に近い食べ物を口に放り込みながら、あっけらかんと言い放った。
八王子と柏が今までの近況を語り合っていると、千葉が急に、ぴょんぴょん飛び跳ねながら誰かに手を振り始めた。
「いずみーん! なにしてんのー?」
「あ、千葉さん」
反射的に八王子が声のするほうを向くと、そこには彼の想い人――和泉(いずみ)その人が、いちごパフェらしきカップを片手に微笑んでいた。
マジかあぁぁあ!
そのあまりの驚きに、真っ赤に染め上げられたタコが危うく口からリバイバルしかけた。
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