第21話 なぜならば(1)
打ち合わせなしで、まさかあそこまでうまくいくとは。
球を投げると、思ったとおりのところへ打ち返してくる。そのうちの何回かは、思った以上にベストなポイントに返ってきたりもした。
これが、チームワークってヤツなのか。
思えばこれまで、八王子(はちおうじ)が助っ人として活躍するのに、チームプレーはなかった。
八王子にボールを持たせて走らせる。八王子にパスを回してダンクさせる、シュートさせる。団体競技なのに、個人プレーばかりだ。助っ人を依頼する側も、それを期待していた。
コートに放り込んでおけばたった一人で得点を稼ぎまくれるぶっ壊れ性能の八王子だから、というのもあっただろうが。
(フーン。案外チームプレーってキモチイイのな)
軽量級と重量級。クイックネスとタフネス。下衆野郎とお人好し。文系と理系。
共通点を探すほうが難しいほど正反対二人だが、なかなかどうして良いチームワークではないか。
そんなことをつらつらと考えつつ、相模(さがみ)を従えたまま屋上をめざす。
「なー。さっきの待受、あれマジで妹?」
「そうだよ」
「なんで待受にしてんだ?」
「何でって……大事だからだよ」
うわぁ、「それが何か?」みたいなカオしやがったこのゾンビ野郎。
たしかに、そこらのアイドルが裸足で命乞いするほどにはかわいかった。和泉(いずみ)には負けるけど。
うん、マジでかけらも兄貴に似なくてよかったな。
「八王子は、大事な人の写真持ってないの?」
「オレにそんなモンあるわけねーだろ。ウチはハゲタカみてーに凶暴な姉貴しかいねーもん。カーチャンは年中タンクトップだし」
「ううん、なかなかの面子だな」
「だろ? でもって父親がいねーもんだから、家ん中じゃオレが男一匹孤立無援。カワイソウだろ?」
「かわいそう……なんだろうか」
「カワイソウって言えよ!」
「はいかわいそうです」
食い気味の肯定に満足し、八王子はやっと話題を変えてやる。
「さっきのヤツ、いい手応えだったなー。またちょくちょくやろーぜ、ゲリラライブ。次は、あの倍笑わせる!」
「いやいや、俺はあれが限界だよ。もっと人集まったら、多分、何もしゃべれなくなる」
慌てた口振りに振り返って見れば、相模の顔色はスダレ髪の下ではいつもより若干青ざめていて、ゾンビ度がアップしている。
「オマエ、本っ当にヘタレだなー」
正直なところ、自分も集まってくる視線の数に内心ガクブルだったことは棚に上げてなじる。
「仰るとおり。だから舞台に立って千人超を前に漫才なんて、とてもとても」
「あれ、なーんも聞こえねー」
ゲリラライブの反応に上がっていたテンションが、相模の空気を読まない発言で一気に下降する。
確かに、手応えがあった。二人ならやれる。ここまできて、相方を逃がしてなるものか。
八王子の中で、相模を覚悟させるための覚悟が決まった。
ちょうど屋上だ。外へと通じる扉を開けたとたん、いつもなら目に突き刺さってくるはずの太陽光線が襲ってこなくて、今日が曇り空だと知る。
屋上の屋上である指定席に陣取り、双方が弁当食べ始めてから、それまでずっと無言だった八王子が口を開いた。
「オレが漫才やる理由、教えてやるよ」
相模は食パンを咀嚼するのをやめ、ゆっくりと顔を上げた。
そして、じっと目を見つめてくる。見返せば、彫りが深すぎて目の周囲に影が落ち、パンダみたいに見えなくもない。
その目が、急に見開かれた。
「あ! わ、わかった」
「は?」
「八王子がなかなか言い出せない理由、俺、わかってしまった……」
(マジで言ってんのかクソッタレゾンビは?)
思えばたしかに、ヤツの前でちょいちょい和泉をガン見していたことがあったかもしれない。
だとしても、鈍感を練り固めて作ったゴーレムみたいなヤツにバレるとは、あんまりだ。
申告するのと気づかれるのでは、ダメージが違う。
「ホラあの……あれだろ」相模は視線を落とし、八王子のくれてくるガンから逃げた。「母上や姉上には言えない、男の悩みだよな。俺が八王子の立場だったら、相談できる人がいなくて悩みに悩んだ挙句、親の財布から金を抜いてしまうかもしれない。でも安心しろ、俺が力になってや――」
「ちげーわこのゾンビ・オブ・ザ・ウンコ! つーか、なんでチンコの件が漫才にやる理由になるんだよ、どーなってんだよオマエの頭ん中は! あぁん?」
ワンブレスでまくし立てたせいで、頭がクラクラしやがる。
むしろヤツに脳震盪起こさせるくらいの勢いで顎にフックをキメてやったが、効いてねーとかもう意味不明。
スゲーなコイツの空気の読めなさ。でもまあ、これもいつかなんかのネタにできるかもしれない。そう思うと、不思議と気持ちが落ち着いてきた。
とりあえず相模には土下座させ、振り出しに戻った。
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