第17話 コンビ名
「とりあえず、コンビ名どうする?」
その日の放課後のこと。
「あたし決めてあげる。『タコツボとタンツボ』」
誰の発言かなど、火を見るより明らか。柏の自称彼女、
それから八王子がおずおずと尋ねた。
「どっちがタンツボ?」
「うーん」子供っぽいポンポンで結わえた頭をかわいらしく傾けてから、千葉が相模を指差す。「こっち?」
「俺、千葉さんに何かしただろうか……?」
「えー、なんで?」
「……いや、特に意味がないならいいんだ」
同じクラスに在籍していてほぼ毎日顔を合わせてはいるが、相模と千葉が話をするるのはこれが初めてだ。記念すべきその内容は……あんまりである。
「でも考えてみなよ。二人が漫才師としてデビューして人気が出たらさ、『タコタン』とか略されて、冠番組持てるよ。『タコタンの修羅場突撃隊!』みたいな。あたし、そこまで考えて発言したんだよ?」
「漫才師にはならねーし。っつーか、なんだよその血なまぐさい番組」
ここらで軌道修正が必要だと感じて、八王子が口を挟む。いつもどおりの展開だ。
思えば、隣の席の柏つながりで千葉を相手にしているうちに、八王子のツッコミスキルは磨かれたのかもしれない。
それからしばし、黙々と歩きながらも、そういえばコンビ名って必要だよなと思い始め、考えてみることにした。――が、何も浮かばなかった。ああいうのは一体全体、いつ頃きまるのだろうかと思う。どこぞに弟子入りしている場合は、師匠が名づけることもあるようだが。
八王子は、「うーん」とうなったまま廊下の半分くらいを歩いたところで口を開いた。
「まあ、それはおいおい決めればいいんじゃねーの。オレたちの中にどんな要素があんのか、まだ全然わかんねーもん。まずアレだ、なんつーの、ネタ合わせ? してみて」
「なんか本格的だなあ。八王子って、漫才詳しかったっけ?」
「全然。一応オレ、スポーツマンよ? 夕食のときテレビでバラエティーやってたら、見るともなしに見る程度。だから最近、超必至で調べてんだぜー、ネットで」
「ネットかよ」
たぶん、本屋で探せば「初めての漫才」とかなんとかがあるだろうことはわかっていた。が、しょせんはモテるため――好きな子の気を引くためにかじりたい程度の情熱。本気で漫才師になろうなどと考えてはいない。だからインターネットからタダで得られる知識で十分だと踏んだまで。
「でもさ、学園祭の舞台でやるんだよね?」
「やるさ、そこがゴールだからな」
「じゃあ登録しないとだめじゃん、生徒会……じゃないか、学園祭実行委員だ」
「げ、そうか。いつまで?」
「今月末だったかな」
そうこうするうち、やってきました一年八組の教室前。男衆はなんとなく歩調を緩め、例によってありがたいことに全開になったドアから中をのぞいた。
今日も、
見ているだけで、八王子は自然と自分の口元が緩んでいくのがわかる。笑顔を生む笑顔だ。今は人垣ができていないので、彼女の全体像を見ることができた。肩がすごく華奢。でも、胸は……わりとあるほうだろう。
ここで八王子、神に感謝。
セーラー服からのぞく腕も足も、まるで筋肉がついていなくて、これは守ってあげなければならないタイプだ。運動はあまり得意ではなさそうだと判断して、漫才に賭けたのは正しかったとガッツポーズ。名残惜しいが、のろのろゾンビ歩きの相模に続いて通り過ぎる。目的地――柏曰く「ネタ合わせにもってこいの場所」は、上の階らしい。
無駄にキャッキャしながら前をゆく二人についていく、無言のコンビ。これじゃ、どちらが漫才をするのやらわからない。
ただ八王子には、柏と千葉では漫才が成立しないのがわかっていた。なぜなら、二人ともボケだからだ。その証拠に今も、未回収のボケが山積みになっている。
自分が二人の間に入って両手の裏拳で同時にツッコミを入れたら気持ちよさそうだとまで考え、アグレッシブすぎるので却下した。
「いやいや。ココはオレも考えたぜ? でも、弓道部が使ってるだろー」
八王子は、屋上に出る扉を見上げながら言った。
「それこそいやいやいやですよ、八王子氏」
「氏ってなんだよ、氏って」
「まあまあ。外じゃなくてココだよ、おれが目をつけていたのは」
「ココって……」
謎の極太藁束。無造作に立てかけてある二メートル超えの棒が多数。得体の知れないゴムチューブ……。扉の手前のちょっとした空間には、明らかに弓道部の備品らしき物が置かれていた。
「部活始まっちゃえば、そんなに人の出入りもないよ」
「んー、まぁ他探すのも面倒くせーし、今日のところがココでやるか」
明らかに気の進まない声で言いながら極太藁束の横に八王子が立つと、何を言われるでもなく右側に相模が並んだ。
階段を三段ほど降りたところに千葉がしゃがみ、その横に柏も腰を下ろす――直後、千葉に半歩距離を空けられる。
階段の二人は観客の役だ。ネタに対する客観的な意見はありがたいが、特に千葉のネーミングセンスを垣間見たせいで、その信憑性に疑問を抱かざるを得ない。
それでも、二人の観客に背を向けて相模と二言三言打ち合わせ、前に向き直ってから「せーの」でおじぎをした。
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