第11話 いつかの夢
その日の夜、あるいは明け方。
彼は夢が嫌いだった。誰かに相談したことなどないため定かではなかったが、どうも自分は他のヤツらと夢の見方が違うらしいのだ。
八王子の見る夢は長い。数日間過ごすのはザラで、ヘタをすれば数週間から数ヶ月間経過し、「あれ、こっちがオレの本当の人生だっけか?」と思った頃ベッドで目覚めることさえ少なくなかった。実際に今まで生きてきた年月と夢の中で過ごした月日、もし合算したとすれば今頃自分はゆうに二十歳を超えているだろう。
楽しい夢ならば、まだいい。
しかし八王子の夢ときたら、ボロい寺院で凍えそうになりながら寝起きしたり、辮髪の中国人にものすごい飛び蹴りを食らったり、賞金稼ぎとして銃撃戦のド真ん中に放り出されたり、挙句の果てには刑務所に放り込まれたり。楽しい要素など一つもなかった。
だから八王子は、それが夢だと悟った瞬間に「クソッタレ! 早く起きろオレ!」と強く念じたのだ。
けれども、その日の夢はどうもいつもと様子が違った。
学校の会議室のような場所で、長机に向かって座っている。正面で自分をロックオンしているのは、もしかしてカメラか。手にはホチキス止めされた紙の束。それはいい。
明らかにおかしいのは、
話の内容までは把握できない。初めて見るパターンのときは、いつもそうだ。自分の置かれている状況が不明のまま話が進んでいく。
「マリナちゃんがライブしたら絶対観に行くよ。コンビで最前列陣取って、おそろいのハッピ着てさ、両手で顔写真の団扇持って、一糸乱れぬオタ芸してみせる!」
そう言って横を見ると、そこにいたのは――あれ、
和泉の名前は断じてマリナちゃんではない。出席番号三番、
どういうことだ?
今日の和泉はもしかして、すこし化粧してる? 元が清楚だから、なんだかすごくキレイだ。ハデじゃないのに、キラキラして見える。首、細いな。爪、ちっちゃくてカワイイなあ。それに、距離が近いからか、いいニオイがする。
マジか。いや、よく考えたらスゲー近いな! マジか……!
「うれしいな。じゃあもしライブすることになったら、八王子さ――」
爆音のシンフォニックメタルが、和泉の声をかき消した。
携帯電話のアラームを止めたとたん、これまで感じたことのない切ない気持ちになる。
いつもの、死にかけたり追いかけられたりする夢なら確かに、一刻も早く目覚めたかった。そんなくだらない夢ばかり何日も何週間も続くくせに、和泉が出演してくれる夢だけがわずか数分で終わってしまうなんて、人生は無情だ。理不尽だ。
それでも、心はかつてないほど幸福な気持ちで満たされていて……八王子は思わず、胸に手を当てて目を閉じた。夢の余韻を探しに出かけようとでもするように。
直後、「乙女か」とみずからにツッコんで、頭を正気に切り替える。
今日も平日。くだらない学校に行かざるを得ない。ただ、和泉に会える――遠くから見られるの間違いか――点だけは評価してやらないでもない。
ついでに、昨日ゲットした相方とも学祭の話を詰められるか。
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