悪魔に友人は要らない。ただ、場合によって相方は要る
第6話 助っ人
相方問題について進展のないまま、翌々日の昼を迎える。
英語の
敗残兵の八王子がすごすごと教室に戻ると、オッサン顔の三年生が後ろのドアに寄りかかって、ゾンビっぽい転校生――
上級生の顔には見覚えがある。剣道部の部長だ。話している内容も、およそ察しがついた。
「すでにアメフト部には話をつけてあるんだが、日曜日、他校と練習試合をすることになった。そこで、今日は剣道部に参加してもらいたい」
「いきなり試合ですか?」
相模の声は無駄に低くてよく通るものの、いかんせん音量が小さすぎた。
盗み聞く八王子としてはやりづらいことこのうえないので、もっと声を張れと思わずにいられない。
「もちろんだとも! なにせ我が部は、正部員が三人しかいない」
「俺入れて三人ですか?」
「いや、おまえさんは助っ人だから、部員には数えない」
これには相模も首を傾げた。
「……助っ人って?」
「おまえのような優秀そうな人材は、独占禁止法により、特定の部活の部員にしてはいけないというのがヒバ高のローカルルールだ。つまり、全運動部の共有財産というわけだな。ルールを破って部員にした場合、最悪、ほかの助っ人を借りられなくなることもあり得る。で、おまえは剣道とアメフトのみ可だったな?」
「はぁ……」
「こちらとしては好都合だ! その二部で使い倒させてもらう!」
そう言って、うっすら無精髭の生えた三年生は豪快に笑った。
相模はまだ状況を理解できていないのか口が半開きになっていて、ますますゾンビっぽい。
「そんな間に合わせで試合組んで……勝算あるんですか?」
「ないっ! そんなことは百も承知だとも!」
剣道部部長は相模の両肩を力強くつかんで「おお、すごい肩だな」と喜んでから続けた。
「どんな理由で転校してきたにせよ、ヒバ高に入った以上、インターハイ出場やスポーツ推薦は諦めろ! ここの運動部員は誰も、そんなものを望んじゃいない。目指すは、他の弱小校との練習試合で勝つことだ!」
青春の全否定を、八王子は自席で弁当を隠し食いしながら聞いていた。
これで相模のテンションが下がり、助っ人を辞退するようになれば、何となくいい気味だと思う。同じクラスにエース
弁当箱の隙間から巧みに中身をほじくり出して食べるのを、隣の
そんなこんなしているうちに、教室隅の一角では話がまとまったらしい。
「わかりました。せっかくだから、出さしてもらいます」
「そう言ってくれると信じていたぞ! 用具はあるか?」
「今日はさすがに持ってませんが、家にはまあ……」
「よし、では放課後届ける。頼んだぞ!」
――などというやり取りを、好物の梅クラゲを舐めながら眺めていたときである。
突然、剣道部部長が振り向いた。八王子の三白眼と、バッチリ目が合う。
やべえ、と思ったときはすでに遅く、三年生はまっすぐに近づいてきた。要件はすでにわかっている。
「八王子、ちょうどいいとこに。おまえさんが引き受けてくれたら晴れて試合できるんだが、どうだ? 確か経験者だろう?」
「いや、中二のとき一年、親に無理やりやらされただけなんで」
「十分だ!」
「あのー……そう、道着も防具もないんで」
「案ずるな、用意できる」
それって絶対、超ヤバい臭いしますよね――とは言えず、勢いに圧されてあいまいに頷く羽目になった。対人スキルが低いと、こういうときに損をする。
なるべく目を合わせないよう、必死で断る口実を探している間に、予鈴が鳴った。無常にも時間切れとなる。
「それじゃ、一式用意しておくから、今日の練習参加してくれな」
オッサン顔の先輩がスキップしそうな勢いで出ていくのを何となく目で追うと、ドア付近の座席にいる相模と目――は前髪に阻まれてよく見えないが――が合った気がした。
見てんじゃねーよウドの大木が。という気持ちを込めて、ひと睨み。
三白眼の威力は絶大で、体が大きいだけのゾンビ野郎は何を言うでもなく前を向き、弁当箱にミチミチに詰め込まれた白飯を食べ始めた。
放課後。貸し出されたちょっと臭う胴着に着替えて、体育館に向かう。気のせいか体がかゆい。
八王子の前を相模が歩いていた。
デカいくせに猫背で、でも大股で歩くという散らかった特徴の数々。そのおかげで今日も今日とてゾンビゾンビしい。
しかし相模のキャラクターについて、八王子いまだにつかみきれていなかった。これまでそれとなく観察してきたが、クラスメイトの誰とも絡まず、話をすることもないのだから仕方がない。多少わかったのは、授業は律儀にノートを取るマジメキャラだということ。そして休み時間のたびに早弁――当然昼休み後は遅弁になる――していること、くらいか。
たっぱのある相模にあまり接近すると自分がチビに見えるのは間違いないため、八王子はとりあえず舌打ちをしてから思い切り距離を空けた。
そんなこんなのいら立ちは、体育館――八王子の活動拠点その二に足を踏み入れると同時に霧散した。
「うっし。今日も一丁やったるか」
体育館は、最大で三つの団体が分け合って使用することになる。今日は剣道部の他に、洋舞部という名のヒップホップサークル、そして女子のみで構成されるバドミントン部だ。
洋舞部との体育館の共有は、八王子としてはかなりアリだった。彼らの存在のおかげで、自分の部活動に常時BGMがかかるのだから、いやがうえにもテンションが上がる。
ヒートアップする練習試合の真っ最中、ちょっとカッコイイ目のロックかなんかがうまい具合にシンクロしたら……そりゃあもう、キモチ良すぎて脳内が変な汁で満たされる。
今日の曲は「ロック・ユー」か。悪くねーな、と何気なくネットで仕切られた向こう側の顔ぶれを確認していると――
「
思わず声が出た。
そのつぶやきを拾いやがったのか、前を行く相模が振り返ったが、ここはすっとぼける。
二学期の始めという中途半端な時期にセーラー服のまま体育館にいる和泉は、部活見学をしているのだろう。
どうにもこうにも持ち上がりそうになる口角に、八王子は渾身の力を込めた。初っ端から願ってもないチャンスが転がりこんできた。うまくすれば和泉に、自分の一番輝いている姿を見てもらえる!
ただ……先に集合していた剣道部正部員の面々――三年生一人と二年生二人もまた、和泉のほうを見て締まりのない顔をしているではないか。
(武道嗜むヤツがニヤついてんじゃねーよ)
自分のことは棚に上げ、八王子はさらに舌打ちする。
練習といえども本気を出さないわけにはいかなくなった。この体育館に、自分よりもカッコイイ奴を存在させるわけにはいかない。
「ようし、では準備運動から」
部長の三年生が、明らかに必要以上に声を張って号令をかけた。
クソッタレなことに、みんな考えていることは一つらしい。剣道部全員が、妙にキレのある屈伸運動をして見せる。
ただ、ゾンビ野郎だけは通常運転だ。なるほど、コイツはライバルじゃないと見ていいのか。内面までゾンビだとしたら、この場合ありがたい。
とにかく、準備運動から気を抜けなかった。バドミントン部からの視線を多分に意識しつつ柔軟を行ない、胴をつけての素振り、打ち込み稽古と続く。みんな声がデカい。
相模だけが無言だったので、三年がここぞとばかりに指摘する。
「声出せ、声! そんなんじゃ日曜の試合に勝てんぞ」
「へい」
「あと、姿勢が悪い。背筋伸ばして、腹から腹から」
「へい」
小さく返事はするものの、相変わらず黙々と竹刀を振る相模。猫背で打ち込むほうがよほど難しいだろうに、終始うつむきがちだ。
ただし、竹刀さばき自体はまずまずだった。踏み込みにも体重が乗っている。弱くはないだろうと八王子は踏んだ。
だが、コイツには噛ませ犬になってもらう。得意の出篭手で瞬殺して、和泉にカッコイイところを見せるしかない。そういうことなら、ゾンビ野郎の無意味なデカさにも意味を見いだせるというものだ。体格に勝る相手に圧勝するというのは、インパクトはデカい。
「次、面つけて試合形式」
来ました、ボーナスタイム。
こういう状況なら、くっさい面をつけるのも苦にならないというものだ。すりきれた面タオルを頭に巻きつけ、面を顔と頭に押し当ててベストポジションを探し、ひもをキリリと締め上げる。
気合い十分。さあどいつでもかかって来やがれ――そう思いながら総勢五人で集まったとき、八王子は場の雰囲気がさっきまでとは明らかに違うことに気がついた。
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