4章 光を抱く者

光を抱く者 1

 冷たい雨を宿でやり過ごした次の日、リセアはハンネの案内で買い出しに向かった。

 ゲルトは出がけにちらとリセアを見た。ゲルトの隣ではうずうずした様子のティズが立っている。

「男二人の散歩じゃつまらん。どうだ、やっぱりお嬢さんも――」

「兄貴ばっかりずるいわ!」

 ハンネが唇を尖らせてリセアの腕をとった。

「リセアさんは私と一緒にお買い物です。安くていいところを知ってますから、ね、行きましょう!」

 レウァンツの活気は商都ジアスタに勝るとも劣らない。広大な商業区はもちろん、劇場や音楽堂が並ぶ地区もあれば、教会に附設された学校が占める一角もある。加えて多くの建物は壁や屋根の色が統一されており、表通りに限ればジアスタよりも清潔で整って見えた。

「宿はどうですか? 不便なところはありませんか?」

「過ごしやすい上に安い。いいところを教えてもらった。礼を言う」

「ふふ、どういたしまして。実は私たち泊まったことがなくて、でも色々な方からの良い評判を聞いてたのでおすすめしたんです」

「おう、ハンネ」

 二人の背後から若者が現れた。顔や手が煤のようなもので黒く汚れている。

「アーヒムさん! 腕の調子は良さそうですね」

「おかげさまでな。仕事も続けられてる」

 アーヒムは何度か腕を曲げてみせると、路地へ大股に去っていった。

 続いて通りかかった辻では老いた馭者が手を振った。ハンネが微笑したままそれに応える。袖の飾りがひらひらと揺れた。

「あのおじいさんも腰を痛めてしまって、私のところに来たんです。もうすっかりよくなったみたい」

「怪我も病も治せるのか?」

「怪我ならほとんどは! 病気はややこしくて、きれいに治せるものは少ないんです。でも症状を和らげるくらいならできますよ。薬が体に合わないから魔法を試したいという方もよくいらっしゃいます。たまに町の外からも!」

「頼られているんだな」

「そんな――でも役に立てるのは嬉しいです」

 ハンネが口元を隠してはにかみ、それから前方のガラス窓を指差した。

「そこのお店、保存が効く食べ物をたくさん売ってますよ。見てみますか?」

「ああ」

 リセアはうなずき、そこで干し肉やハシバミなどを求めた。続いて入った店では安売りの油紙を買った。目当ての物が揃ったことを伝えると、ハンネは踊るような足取りで広場を横切り、小さな楽堂の玄関の石段に座った。

「少し休憩しましょうか」

 ハンネが白い手をさする。リセアも袋を抱えて腰を下ろした。広場の中央の小さな噴水は渇き、それでも彫刻は磨かれて清く保たれている。焼き菓子を籠に詰めた女が孤児院の扉を叩く。馬上の自警団員が所在なげに辺りを眺める。画布を抱えた青年は師匠と歩きながら話し合っている。

「ここ、引っ越してきてすぐの頃に見つけてからずっとお気に入りなんです。のんびりしてて落ち着くからよく来るんですよ」

 ハンネが膝の上に頬杖を突いた。

「ねえ、リセアさんは東の大陸から来たんでしょう? 私、この町からあんまり出たことがなくて――やっぱりこっちとは様子が違いますか?」

「料理は東の方が良い。だが人はこちらの方が真面目そうだ」

「まあ、ご飯がおいしいなんて素敵!」

 ハンネがうっとりと目を閉じた。

「人に関しては私もなんとなく分かります。東の人って細かいことを気にしないっていうか、明るいことが多い気がするわ! 私、リセアさんはなんとなく西の人っぽいなって思うんです。なんというか浮ついてなくて、それこそ真面目そうで。初めて見た時、つんとしたお人形さんみたいだなって思ったんです」

 リセアはハンネの目を見返した。

「あっ、ごめんなさい! 怖いとか愛想がないとか思ったわけじゃなくて――」

 ハンネがあわてて両手を振った。リセアは笑おうとした。しかし唇を引きつらせるにとどまり、内心自嘲する。

「愛想がないのは自分でも分かっている。伯父の影響かもしれない。彼も寡黙で笑わなかった」

「伯父さまと一緒に住んでたんですか?」

「ああ」

 いつしかリセアは淡々と話していた。代々魔術を生業とする家に生まれたこと。父が兄弟のうち唯一魔力をもたなかったこと。ある日から伯父に魔術を学ぶようになったこと。ハンネは時々相槌を打ったり目を丸くしたりして聞いていた。そして口を開きかけた時、

「ハンネ!」

遮るように声が響いた。自警団員の馬が顔を向けた先に、見覚えのある若者が血相を変えて現れた。

「あら、アーヒムさん」

 ハンネが立ち上がってスカートの埃をはたく。

「どうしましたか? 怪我人ですか?」

「兄さんが――呼んでる」

 息を切らせてアーヒムが言った。

「兄貴が?」

「闘技場、坊主がおかしいって」

 リセアとハンネは顔を見合わせた。

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