第18話 長いの、食いはぐれる

 小栞こじおりの城下町である。取り立てて大きな町ではないものの、街道にある城下町とあって、ただの宿場町とはくらべようのないほど栄えていた。

 表通りに立ち並ぶ店には、唐風、南蛮風はもちろん、数こそ少ないものの米利堅風や南国風、いずこのものともつかぬものまでが見て取れた。


 棒手振たちの岡持の中身も、多彩なことといったらない。開国以来、海を隔てた東西から、新しいものが目の回るような勢いで入ってきているのだ。

 それに伴い、国内で作られる作物も、その顔ぶれを一気に増した。赤茄子やじゃがたら芋、林檎に水瓜などの野菜やくだもの。遠国から絹の道をとおり、海を渡ってやってきた薬味の類い。また、砂糖をふんだんに使った珍しい菓子なども、そこそこの店の丁稚が三日に一度の楽しみとするほど安価に出回っている。

 料理の手法もとみに増え、唐辛子鍋や乳料理の店が軒を連ねていた。


 町を行き交うのも、鎖国以前にくらべて華やかな着物を纏う者が多く見受けられる。織物も、それを仕立てる技法も、異国から伝わったそれと封国ほうこく古来のそれとが絶妙に絡み、独特の風合いを生み出していた。


 髪結いにも化粧にも、新たな流行が兆しつつある。

 歳若い男の中には月代さかやきを剃らぬ者が増え、女の中には嫁いでもお歯黒を染めぬ者が少なくない。

 また、舶来人や、それにまぎれて人里に出入りするようになった物の怪ら――とは気づかず、封国の人々にとって髪色の違う者はすべて舶来人であるのだが――を真似て、髪の色を抜いたり、べつの色に染め直したりする傾奇者かぶきものまでが現れだした。


 かくいうわけで、少しばかり図体が大きくて白黒二色髪の男が通りを歩いても――もちろん、本来であればそれ以上に人目を引くはずである追儺ついなも一緒である――さほど目立つわけではなかった。


「これだけの賑わいであれば、誰か一人くらいは村人殺しの下手人や殺生石について知っているだろうな」


 人の往来激しい連雀町れんじゃくちょう表通りの真っ只中で立ち止まり、左右に並ぶ店から何かを探す風情の雅寿丸がじゅまる

 追儺は急かすこともなく、落ち着いてそれを見守った。


「おれはとりあえず、あそこの口入屋くちいれやに行ってみようと思う。狼士ろうし向きの仕事の中に、もしかしたら手がかりがあるかもしれん」

「心得た。小栞にはいささか知り人がいないではない。気が向いたら、ぬしの探し人も含め、それとなく聞いてみるよ」


 こうして二人は一度、二手に分かれることにした。





 急ぎ足で行き交う人々を避けて歩きながら、雅寿丸は物珍しげに辺りを見回す。


 多くの鳥獣狼士ちょうじゅうろうしに言えることだが、雅寿丸もまた、まとまった金子を持ち歩かない。

 入用になったらその都度稼ぎ、使い切ったらば再び草枕の暮らしに戻るのである。


 この町には、少なくとも数日の間は留まることになろう。ゆえに、その間の宿賃と飯代を稼がなければならなかった。

 昨夜のように、鼬の姿で道端に眠り、鼠を捕らえて腹を満たすのも、別段悪くはない。

 しかしそれはそれ、町に入ればそれ相応の寝床と飯にありつきたいと思うのが、物の怪心というものである。


 口入屋に出向けば、雑用の口入れだけでなく、狼士向けの妖怪退治依頼がいくつでも請負人を待っている。

 掛板に、ところ狭しと依頼書が貼りつけられている町というのは、それだけ悪玉妖怪の害が多いということにほかならないのだが、狼士たちであふれ返り、活気のあるものだ。

 常に多くの渡世狼士が仕事を求めて出入りするため、いきのよい噂話が集まる場所でもあった。


 とにかく雅寿丸、追儺に示して見せた口入屋に入った。門口に、ばちと太鼓の看板を吊るしてある店だ。今増えつつある、狼士への口入れのみを扱う討物屋うちものやと呼ばれる口入屋で、看板は「打ちもの」と「討ちもの」をかけている。


 西から海を渡って封国に住み着いたらしい赤毛の店主は、いかにも不味そうな顔で茶碗をすするばかり。入ってきた雅寿丸を一度だけ眺めやったが、すぐに唇を歪めて目を逸らした。


 店は閑古鳥であふれ返っていた。

 ほかには狼士の姿も、依頼人の姿もない。掛板には、なんのまじないかと聞きたくなるほどの――つまり、たった二枚の依頼書が貼られているだけであった。雅寿丸が歩くのに合わせて起こるわずかな風にさえ、心許なげに揺れる。


 どのような依頼があるのか、依頼書の一枚を手にしようとしたとき、入り口で「俺だ」と太い声がした。

 雅寿丸には聞き覚えがなかったので、討物屋の主人の知り合いだろうと思う。のろくさ顔を上げたときにはすでに背後に人が立っており、手を伸ばしかけていた依頼書と残りの一枚を毟り取っていった。


「お前、鳥獣狼士か」

「おう、よくわかったな」


 雅寿丸、依頼書をつかみ損なって多少面食らいはしたものの、構われてうれしくないわけがない。背後の男を振り仰いで人懐こい笑みを向けた。

 笑うと口元から、人の姿でもやや長い糸切り歯が覗くが、粗野な感じはなく、人柄のよいがき大将振りを引き立てるのに一役買っている。


「同族だからな、匂いでわかる。そのよしみで教えてやるが、小栞では鳥獣惣士領内の悪玉妖怪を討伐することになった。狼士の出る幕はないぞ。ここも」と、赤毛の店主に顎をしゃくって「間もなく店仕舞いだ」


 などと、ぶっきらぼうに言い放つ。伸び放題の総髪に虎髭、熊か猪の毛皮。生臭い獣皮の下に紋付を着ていなければ、追い剥ぎか、百歩譲っても山賊にしか見えない。


「お前、そんなに刀を振るいたいなら、小栞に仕官するか? なんなら、口を利いてやるが」

「いや、連れがいるんだ、遠慮しとこう」


 不動明王と目比べをしてもいい勝負になりそうな顔は、元々なのだろう。雅寿丸の返事にも表情を変えず、山賊もどきは店主へ小粒金を幾つか投げて寄越し、ものも言わずに店を後にした。掛板にはもちろん、依頼書は一枚たりとも残されていない。


 大仰に肩をすくめてから、赤毛の店主は金を拾い集める。それへ雅寿丸が、


「あれが、鳥獣惣士か」


 と呟けば、店主、


「腕の立つ渡来妖怪を大勢召抱えたとかで、今まで狼士が請け負っていた依頼を、お上がすべて引き受けるようになったんでさ。日に一度か二度、ああやって依頼書を集めにくる。おいらは役人に報酬を支払わなくていい。逆に役人は、手間賃と称して、こんなふうに幾ばくかの金をぶちまけていくのさ」

「ふむ。どうりで狼士の一人もいないわけだな」


 常ならば多くの狼士が管を巻き巻き、道連れを募ったり、立ち回りの手筈を打ち合わせたりしているはずの店先を改めて見る。

 土間は長い間掃き清められていないらしく、舞い込んだ落ち葉や塵が目についた。よく見れば、上がりかまちにも埃が薄く積もっているようだ。


 雅寿丸は小腰をこごめ、「邪魔した」とだけ言って店を出た。

 これはどうも、ほかの手段で食い扶持を稼がなくてはならないらしい。

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