行き先

エンジニア

遅刻

男は改札に向かって走り出した。

駅は人が混み合っていて、思うように前に進めない。

この朝のラッシュの光景を何度見たのだろう。

これから先、何度見るのだろう。


ホームに上がる階段を見上げると、人の群れが上下に揺れた。

もぐら叩きのようだ。

男はもぐらの隙間を狙って、階段を駆け上がろうとした。


「痛てぇな。危ねえじゃねえか」


嫌いな上司と同じくらいの年齢の男だ。

どうやら追い抜き様に肩がぶつかったようだ。

小さく頭を下げ、小さな声で謝罪をし、その場を切り抜けた。

息を切らせて、スーツを乱しながらも何とかホームまで辿り着いた時に聞こえる発車のベル。

無情にも、列車のドアが閉る。


「また、遅刻確定だな」


つぶやいて、うなだれるように下を向いた。

小粒の汗がホームに落ちたが、

音を立てることもなく、

跳ね返ることもなく、


黒い染みを作っただけだった。

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