第26陣三つ巴の戦い②
城の外に出ると、既に三軍が激突しており、細かい現状を確認するには難しかった。
「どうするヒデヨシ、お前がネネを助けに行くか?」
「うん。何となく私が助けに行かなきゃいけない気がするから」
「分かった。じゃあ徳川の方は任せた! しっかり戦ってこい!」
「ヒッシーもね」
そう会話を交わした後、お互い真逆の方向へと走り出す。確か伝令の情報によれば、両軍反対の方向に陣を構えているらしい。果たして俺の方向が上杉軍が陣を構えている方なのかは分からないが、今は迷っている暇なんてない。
「行くぞ!」
太刀を鞘から抜き出し、敵兵に突っ込んでいく。三つ巴の状態になっているせいか、どの兵がどの軍なのか判別できない。
(いや、どっちにしても関係ないか)
それにしてもこの兵士の数、あまりに多すぎる。俺の思いすごしなのかもしれないが、織田の兵を抜いてもかなりの数の兵が今まさに戦っている。
俺はこの敵兵の中をかいくぐっているのだが、数が数だけにかなりの体力を消耗してしまう。しかも行く道の幅が途中から一本道になっているせいか、軽いおしくらまんじゅうの中を進むはめになっている。もしヒデヨシもこの様な状態にあっているのなら、果たして彼女は無事なのだろうかと考えてしまう。
(更にもう一つ不安があるなら……)
こんな三つ巴の戦いが、この安土城付近であったなんて歴史はどこにもない事だ。この時代の未来を生きている俺は、正史の中にある戦いで勝利を収めた軍がどこなのかを有名な戦いくらいなら分かる。だがこの戦いは歴史の中にない分、誰が勝つか分からない。そう、織田軍が破れる可能性だってあるのだ。
(いや、それはないよな絶対)
豊臣秀吉だって病死だったのだから、その本人である彼女が負けることはまずない。だから不安になる必要がない。それなのに、何故か胸騒ぎがする。何か悪いことが起きる胸騒ぎが。
「その胸騒ぎ、もしかしたら当たるかもしれないですよ」
「っ! 誰だ」
道を進む途中、どこからか聞き覚えがあるような声が聞こえる。
「例えばこんな風に予想外なことが起きたりした時とか、ね!」
「何! っておわっ!」
再び声が聞こえたかと思うと、兵の隙間を縫って一つの槍が俺の体を掠めた。こ、この槍は確か……。
「うーん、不意打ちもなかなかうまくいかないですね」
「お、お前は今川義元!」
俺の初陣の際に戦った今川軍の総大将。何故今彼女がここに?
「そんなに驚かれる事じゃないですよ。知りませんでしたか? 徳川は我が今川の配下にある事を」
「あっ!」
確かそんな事があったような気がするけど、でもそれって戦国初期の話では?
「まあそれはどうでもいい事です。今こうして再戦をあなたとできるのですから」
「再戦って、戦ったのはついこの前だろ!」
「戦に早い遅いなどありません。出会ってしまったら敵である以上、刃を交えるのみです!」
「くそっ!」
予想だにしない人物の登場に俺は思わず動揺してしまう。その影響もあってか、思うように義元と対峙できず、苦戦を強いられてしまう。
「あなたはまだ戦を甘く見すぎています。いつ何が起きるか分からないのが戦なんです」
「そんな事分かっている!」
「だったらどうして、あの時と同じように戦えないのですか? それは動揺している証です!」
その言葉と同時に、剣が弾き飛ばされ、その勢いで尻餅をついてしまった俺に義元は槍を突きつけた。
「どうやら決着はついたようですね。これで織田軍の新戦力もなくなり、滅亡するでしょう」
まさに絶体絶命の状況に俺は陥ってしまう。魔法を使えばなんとかなりそうな状況ではあるが、ここまでの道のりが険しかった為、ほとんどの魔力を消費してしまっている。
このままだと本陣に到着する前に、魔力は尽きてしまう。それだけは避けたいのだが、やはりそういうわけにも行かない。
(仕方がない、ここで殺されるよりはマシだ)
手元に魔力を宿らせ、何とかその場をしのごうとした時、すっかりガラ空きになった彼女の背中を狙う一つの影が。
「おい後ろ!」
咄嗟に俺は声を出してしまう。敵を助けるのはどうかと思うが、つい言葉に出てしまったのだから仕方がない。
「え? 後ろ?」
「今川義元の首討ち取ったり」
だが反応が少し遅れてしまった彼女は、それを避ける時間などない。
「ちっ! 頭を下げろヨシモト!」
「あ、はい」
どうにか彼女を助けるためにまず頭を下げさせ、背後の敵が丸見えになった所で先ほど宿らせた魔法を敵にぶつける。
「ぐはっ!」
剣をまさに振りかざす寸前で何とか敵を退けることに成功した俺は、そのまま立ち上がり未だしゃがんでいるヨシモトに声をかけた。
「ったく、背後ガラ空きじゃ駄目だろ」
「どうして敵の私を助けたのですか?」
その声に反応してヨシモトが顔をあげる。
「さあな。咄嗟に声が出ただけだし、気にするな」
「咄嗟にって……。普通敵を助けるなんてありえません!」
「確かに有り得ないかもな。けど目の前で人が斬られるよりはマシだ」
「絶体絶命だった人間が言えるセリフには到底思えませんけど」
「まあ、その状況を脱するために、助けるためだったりするかもな」
「例のマホウというやつは使わないのですか?」
「今は消耗したくないんだよ。この先の大将を叩くためにも。でも魔法がなければ俺は確実に負けていたから、今回はお前の勝ちでいいよ」
俺はそう言って彼女の元から離れようとする。今はこんな所で道草食っている場合ではないので、さっさと先に進まなければならない。
「ちょっとどこへ行くのですか?」
だが歩き出した途中で、ヨシモトが俺を呼び止めた。
「行くってそんなのこの先にあるどちらかの軍の本陣に決まっているだろ」
「そうではなくて、まだ決着がついてないのに勝手に行こうとしないでくださいって言っているんです」
「いや、だから今回はお前の勝ちでいいって……」
「このまま終わるわけにはいきません! しっかりと決着をつけてください!」
どうやら全然納得していないらしく、ヨシモトは立ち上がると槍を構えた。
(折角格好よく締めようと思ったのに、これじゃあ逆効果じゃん)
でもまあ、それが戦国の世でもあるんだよな。
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