第2陣俺の知っている戦国時代じゃない
ミツヒデによってかの有名な安土城へと連れてこられた俺は、何故か牢獄に閉じ込められた。
「え? 何で?」
「ノブナガ様がお戻りになるまでは、貴様はあくまで囚われの身でいてもらう。何をされるか分からないからな」
「何もしないっての」
そんな俺の反論は完全に無視され、ミツヒデはどこかへ去っていってしまった。まさかタイムスリップ初日から、牢獄生活だなんてあまりにも酷い話だ。
(ったく、何で俺がこんな目に……)
水のように冷たい壁と床が石造りになっている床に座り込み、一旦ここまでの状況を振り返る。
俺はほんの先程まで昼寝していた。それなのに、目を覚ますと何故かあたり一面焼け野原。流石に初めて異世界へ飛ばされてしまった時ほどの驚きはないのだが(これもこれで問題ではある)、どうしてこうも俺は運がないのだろうか。
(しかも、戦国時代にしてはあまりに様子が変だよな)
歴史上織田信長が女だったなんて話は聞いたことがないし、そんな事があったとしたら歴史が変わってしまう。おまけに明智光秀までもがそうだとしたら、これはあまりにおかしい話だ。
そう、これは俺の知っている戦国時代ではない
俺は本当にタイムスリップをしたのだろうか? そもそも何の経由で俺はこの時代にやって来たのだろうか? 疑問だけがいくつも残る。
「はぁ……」
俺はこの先どうなってしまうのだろうか。
■□■□■□
牢屋の錠が再び開かれたのは、それから約三時間くらい経った後(だと思う)、やって来たのはノブナガだった。
「申し訳ございません、ミツヒデが大変無礼なことをしました」
「い、いや、いいんですよ。むしろ得体の知れない俺を拾ってくれただけでも、感謝ですから」
やって来たノブナガさん(敬意を込めてそう呼ぶことにした)の第一声があまりにも丁寧だったので、俺もつい敬語で喋ってしまう。
(何というかほんわかした雰囲気だな)
これが本当にあの有名な織田信長なのだろうか?
「そんな感謝されるほどのことはしていませんから。ただ、あまりにも不自然でしたので」
「不自然? それはどういう事ですか?」
「詳しくは上の方でお話致します。どうぞ付いてきてください」
そう言いながら牢の鍵を開けてくれ、城内へ俺を案内してくれた。そして城の中を見て、俺は思わず声を上げてしまう。
「うわぁ、すげえ」
異世界での城は何度も見たことがあるけど、まさしく和に近いこの感覚はとても素晴らしく感じる。写真とかでしか見たことがないものをこうして実際に触れられるなんて、俺はなんてラッキーな人間なんだ。
(いや、そうでもないか)
そもそもタイムスリップしてしまっている時点で不幸だ。異世界転移といいタイムスリップといい、俺は別の意味で不幸な気がする。
(しかも間隔的に、二年しな経ってないからなぁ……)
僅か二年の間に、普通ではあり得ないような経験をしている。他の人が聞いたら、羨ましがられるかもしれないが、決して楽しいことばかりがあるわけではない。
(そう、決して楽しい事ばかりじゃないんだ)
「そういえばまだ、あなた様のお名前を伺っていませんでした」
少しだけセンチメンタルになっていると、ノブナガさんが俺に話しかけてくる。そういえばまだ、自己紹介をしていなかった。
「あ、俺ですか? えっと俺は桜木翡翠って言います。呼びにくいと思うので、翡翠でいいです」
「ではヒスイ様と呼ばさせていただきます。それで、私はミツヒデから聞いていると思いますが、オダノブナガと申します。以後、よろしくお願いします」
ご丁寧に頭を下げてくるノブナガさん。こういうのってすごく気品を感じる。
「こちらこそ」
そして改めて自己紹介をされて、俺は彼女が織田信長本人だと確信する。そうは言ってもだ明らかに俺が知っている信長ではない。
織田信長といえばもっと破天荒な性格(あくまで教科書からイメージしただけ)だったはず。ましてや女ではない。
(それはミツヒデにも言える事だけど)
「到着しました。どうぞこちらへ」
牢獄をでて五分ほど歩いたところで、ノブナガさんにある部屋に通される。恐らく彼女自身が使用している自分の部屋だろう。
(うわ、やっぱり畳部屋だ)
平安時代に和風の文化を取り入れられて以来、どの時代にもかかせないのが畳や障子といった、今では定番とでも言える日本独特の和風様式。
(これぞ日本の和、だよな)
部屋の中心には囲炉裏があり、部屋の温度が丁度いいくらいに調整されている。どうやらこの時代のノブナガさんも、畳はお好きなようだ。
「どうぞそこにお座りください」
「あ、どうも」
俺は言われた通り彼女の目の前に座る。そういえば今気がついたけど、ノブナガさんが今着ているのって和服だろうか? 何だかすごく似合っていて、彼女の雰囲気とぴったり合致している。
(和服だと、やっぱり目の行き所にも困るよなぁ)
視線をわずかに落とせば、そこには男のロマンがある。何があるかは言えないけど。
「では早速ですけどヒスイ様、一つ尋ねてよろしいでしょうか?」
そんなすけべな事を俺が考えている間に、ノブナガさんは早速本題に入った。聞きたいことは一体なんだろうか。
「はい。何ですか?」
「あなたの着ているその服から推測すると、あなたはもしかしてこの時代の人間ではありませんね」
「え、あ、そ、それは……」
いきなり核心をつかれ、俺は戸惑ってしまう。確かに俺の今の服装は、昼寝をしていた時のままだ。この時代の人から見れば、明らかに怪しい人間なのは確か。そう考えるとミツヒデが言っていたことにも頷ける。
(明らかに違うもんな。怪しまれるのは当然か)
だが、そうだからと言ってどうして違う時代の人間なんて言葉が出てくるのだろうか。
「その反応からすると、やはりそうなんですね」
「え、えっと、ま、まぁ……」
否定する事すら出来ない俺は、思わずイエスと答えてしまう。それに対してノブナガさんは、驚きもせずに話を続ける。
「ではどうしてヒスイ様は、こちらの時代来られたのですか?」
「それが分からないんですよ。俺はただ昼寝をしていただけであって、目を覚ましたらこの世界にいたんです。だからどうしてこの時代に来たのかも不明なんです」
「なるほど。そうですか……」
何か考え事を始めるノブナガさん。俺もこれ以上説明しようがない。ただ昼寝しいて、目を覚ましたらここにいた、それ以外の言葉の他に一つもない。
「ではヒスイ様は、自分がいた時代に戻る方法も分からないわけですね」
「はい。何もかもさっぱり」
俺の言葉を聞いたノブナガさんは、更に考えた後に俺にこう告げた。
「そういう事なら、私達が責任をもってあなたを保護させてもらいます。このまま放置するわけにもいかないですし、今のままのヒスイ様だと、確実に命を落としてしまいます」
「本当ですか?!」
予期せぬ提案に、俺は喜びの声を上げる。よかった。これで衣食住は安泰だ。
「ただし、一つだけヒスイ様には、テストをしてもらいます」
「テスト?」
「これから起きる幾多の戦を生き抜くための重大なテストです」
俺は一つ忘れていた。ここは戦国時代であり、今の時代のように何もせずに生きていく事なんて出来ない事を。
そう、俺がいるここは戦場なのだ。
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