愛に種族は関係ない

リナさんさん

第1話


 愛に種族は関係ない。


 なんて台詞、素面で言えるのならたいしたものだ。 ああいうのは自分に関係がないからこそ、無責任と共に吐き出せるようなものなのだ。

 しがらみに挟まれた者らの末路は決して明るくはない。 様々な困難と幾重もの不安、そういったモノから逃げ続けなければならないのだから、その心労は想像に難くないだろう。

 きっと様々なものから目を逸らす為の手段なのだろう。 聞こえの良い言葉で絆を固め、愛を再確認する。 全く馬鹿らしいものだ。


 ――ほんとうに、まったく! 馬鹿らしいものなんだが!!


「ええいいい加減に離せ!! 聞いているのかこの毛玉め!!」

 勢いよく腕を振るえば、纏わり付いていた毛玉がびくりと跳ねる。 同時に腰に回されていた手に力が篭る。 ……あああ!肋骨が嫌な音立てた!

「っ……痛い!!」

「ご、ごめんエリー。 痛かったかい?」 沢山の牙を携えた口元からはおどおどとした声が漏れる。 しかし謝罪を口にしたものの、その腕は絡まったままだ。

「痛いに決まってんだろ!! お前は狼人族だ、私とは力の差が有りすぎる!」

「そ、そんな事言ったってエリーが悪い!!」

「何が悪いんだ!!」 肋骨締め上げられてこっちが悪いだなんて言わせないぞ。

「だって、だって……昨日、エリーが”愛に種族は関係ない”って言ってくれたじゃないか!!」

「あぁん?! ……あー、それは…………」

 ああ言ったとも。 そう、言った。

 酒の席に持ち込まれた恋愛ごとに対して、私は無責任にも言い放った。

「なんだよヴォルグ。 愛に種族は関係ないさ。 お前のような強い狼人なら、相手も悪い気はしないと思うぞ」 と。


 ああ、思い出したそうだよそう。 言ったよ、言った。

 ヴォルグが凹んでいるから元気付けようとして言った。 でもそれはパーティーを組んでいる相方を心配する意味で励ましただけだ。 後押しをした訳じゃない。

 おまけに……その相手が私だなんて想像できるだろうか。 いやできない、できないだろこれ。 相談ごとも「実は好きな人が出来て……」みたいな感じだったしな、うん。


「エリー」

「……おう」

「お前は意識していないかもしれないけれど、俺はずっと意識していたよ。 お前にとってはただの相方だっていうのもわかっている。 でもお前はいつだって傷ついた俺を癒してくれた」

 ……そりゃ相方だし、私は魔法を扱える。 回復するのは当たり前だ。

「他のギルドのやつに誘われたって、いつだって俺がいるからと断ってくれた」

 そうだな、組んでいて楽なのはペアだしお前は回避が得意だからな。 とても魔法が撃ちやすい。

「それに、愛に種族は関係ないと俺を励ましてくれた」

 あ、目がきらきらしてる。 やばい、これはやばい。

「愛しているよエリー。 お前が愛していなくとも、俺はずっとお前を愛し続けよう」

 傅いて手を取られる。 狼人族の少しぬれた鼻先が手の甲に当たる。

 ああ、なんだってんだ。 そんな寂しそうな目で見ないでくれよ、駄目だって。 駄目なんだってそれ――――実家で飼っていた犬のコロを思い出すんだよそれ!!!


「エリー……」

 ヴォルグはじっと待っていた。 おそらく私の言葉を待っている。

 私は黙ってそのままヴォルグの頭に手をやる。 ああああああこれだよこれ、この手触りコロとそっくりなんだよこれええええええええ。 ああああああああ。

 そっと撫で始めるとヴォルグは片目を瞑る。 ああその仕草もコロとそっくりだなあ……。 ああ、可愛いよ本当に可愛いよ。

「…………なぁエリー」 撫ぜられながらヴォルグが問う。 「お前、今他の男の事を考えているんじゃ――」

「ぶふぉつ」 なんだそれ。 思わず噴出せばヴォルグは顔を顰める。 確かにコロは雄だったがそれ以前の問題だ。

「もしかして、エリーは他に好きな男が――」 「無いよ、んな面倒なもん」

 私もヴォルグも定住地を持っていない。 各国のギルドが家のようなものだ。

 そんな状態で恋人を作ろうだなんて面倒な事はしない。

「そ、そうか!」 顔を輝かせ、こちらに恍惚とした目を向ける。 「愛しているよ、エリー」 いや、あの、うん。


「……私は愛していないんだが」

 呟いてみたがヴォルグには届かない。 いや、聞こえては居るはずだ、腐ってもあいつは狼人族。 聞こえなかったフリをしたいのだろう。

 長く毛深い腕を私の腰に回して 「愛しているよ」 と只管囁く。


「……ええい!! 離れろ!!」 「いいじゃないかエリー、愛しているよ!!」


 いつもの往来、変わらないやり取り。 彼はひたすら私に愛を囁く。

 鬱陶しいはずなのに、何故かこのやり取りが好きで堪らない。 ……この求愛を受けてしまえば、茨の道しか待っていない。 そんな事分かっている。 でも――


「ヴォルグ!!」 「エリー!!」


 でも、時々しがらみなんて全部ブッ壊してやりたい、どんな困難も二人ならば蹴散らせる。 そんな馬鹿らしい事を考えているのは内緒にしておこう。

 そう思ってしまうあたり、私ももう手遅れなのかもしれない。

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