34話『矢島悠介』(2)


 新上蜜香しんじょうみつかに特時に任命されてから二週間後。

 特時結成以来、最初の大規模な事件が発生した。当時一八歳だった男子大学生のグループが、四人の女性のタイマーを奪い取り殺害した事件である。

 これは連日多くのマスメディアが特番を組んで放送した。

 矢島を含む特時の四人は、時間管理課として事件解決に奔走することになる。

 その時はまだ、時間管理課は極秘組織ではなかった。


 「まったく参っちゃうよ。ボクたちだってまだ新人なのに、タイマー関連のエキスパートみたいに報道されるのはさー」


 机をバンバンと叩いて愚痴を言うのは、高校を卒業して警察学校に通っていた奈緒子なおこ

 あと一ヶ月で警察学校卒業を控えていた彼女は、たまたま出会った新庄蜜香に目をつけられて、特時に任命されていた。


 「そうねぇ。だけど現状で私たち以上にタイマーに関与している人は少ないわけだし……仕方がないことじゃないかしら」


 机に突っ伏す奈緒子の頭を撫でるのは、去年大学を卒業したばかりの日花里ひかりだ。直情的な奈緒子に対しておっとりとしている彼女は、事件で集めた資料をパラパラとめくる。

 もうこの資料は検察に提出し、役目は終えている。


 「でもさー。四人っていうのがまず人手不足すぎるんだよ! 今回の事件だって解決するまでに一週間もかかっちゃったじゃん!」


 「確かに、ここ一週間まともに寝れない日が続いたからな」


 矢島も、奈緒子と一緒になって机に突っ伏してボヤいた。

 このままここで寝てしまおうかとも考える一同に、声がかかった。


 「朗報を伝える。三ヶ月後からようやく、時間管理課が本格的に始動することになり、それにともなって人員も費用も拡大すると、警察庁長官殿からの報告である」

 落ち着いた声音の主は、特時の中でも最年長である紫上しじょうだった。

 彼はもともと警視庁で長年警視長を続けているベテランの警察である。

 そして彼の報告に、奈緒子はパッと顔を上げて歓喜の声をあげる。


 「ホント!? やったー! この激務にも終わりが見えたー!」


 「でも、それだと私たちが増えた人員の指導をしなくちゃならないのじゃないかしら?」


 無邪気に喜ぶ奈緒子に対し、日花里の感は鋭かった。


 「なんじゃそりゃ、面倒事が増えるじゃーん!」


 ガクッと机に項垂れる。騒がしい女の子である。


 「ってことは、俺たちは特時が本格稼働するまでの試運転期間を任されてたってことか。あわよくば実践も積んで本格稼動した際のリーダーになれるように」


 矢島は「そういうことか」と大きくあくびをした。


 「じゃあ、この四人だけの特時の雰囲気も、変わっちゃうのでしょうね」


 紫上は微笑み、少しだけ名残惜しそうにした。


 「そうだな」


 矢島は適当に返事して、目を瞑った。

 初めて大事件を自力で解決する。

 そのことに満足して、矢島たちは久しぶりの休憩時間を楽しんだ。

 しかし、男子大学生グループによる殺人事件は、これでそれで終わっていなかった。



  ***



 「それで……結局男子大学生達に、タイマーの抜き取り方と針のない注射器を渡した人物の名前を、彼らは知らなかったのでしょうか?」


 日花里ひかりは、紫上しじょうの最終結果について疑問を投げかけた。

 世間を話題を一手に集めた、男子大学生グループによる連続殺人事件は、前例がないということで容疑者三人の無期懲役で瞬く間に幕を閉じたのだが、特時の四人が最初から気になっていた情報については、一切出処がつかめないでいた。

 この事件を仕向けた黒幕がいるのである。

 世間に注目された今回の事件は、黒幕をも芋づる式で引きずり出せると想定していた矢島達にとって、大きな誤算だった。

 そして、紫上の報告のすぐあとに、新上蜜香からの召集がかかる。


 「早急に注射器の流通ルートを特定し、特別時間管理局の管理外にある流通ルートが発覚した場合は、直ちに全て潰してください。それがあなたたち特時に課す次の指令です」


 予想通り、簡潔で無茶苦茶な命令だったが、矢島達四人は、むしろ勇んで引き受けた。最初は騙された同然で編入し、愚痴の絶えない特時だったが、彼らにも少しずつ矜持が芽生えていたのだ。


 二週間後に特時の本格稼働を控える梅雨の季節。

 四人は再び大事件を向き合うことになる。

 それが、矢島達四人で行う最後の特時の捜査となった。

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