20話『ストップウォッチ』

 「つまり、楓さんが作ったこのシステムは、一瞬だけ時間を止めることが出来るのか」


 女社長あらため楓瞳子かえでとうこの説明を聞いた矢島は、考えながら情報を確認していく。


 「正確には、触れた物体の速度を限りなく0に近づけるんやけどな」


 楓瞳子は、藤堂から受け取った改造されたストップウォッチを掲げて続ける。


 「このストップウォッチのシステムは、そうやって銃弾の勢いを殺して、あたかも鉄壁の肉体かのように見せてるわけや」


 そう言うと、楓瞳子はストップウォッチのシステムを起動させる。

 何かが変わったようには見えないが、楓瞳子が矢島にストップウォッチのシステムを投げて渡す。

 反射的に受け取った矢島は、どう言うことだと楓瞳子を見た。

 その直前。

 矢島の側頭部に、楓瞳子の強烈な回し蹴りが唸りを上げて飛んできた。


 「――ッ!?」


 楓瞳子の不意打ちに、矢島は奥歯を噛み締めて防御姿勢を取る。

 一瞬の出来事。

 矢島は蹴り飛ばされたあと、どうやって追撃を逃れるかまで考えていた。

 だから思考に空白が生じた。


 「……?」


 大きく振り上げられた楓瞳子の右足は、矢島の耳にそっと触れるようにして停止しいてたのだ。

 一切の情け容赦無く放たれた回し蹴りよりも、それが一瞬で静止していたことに驚く矢島。


 「結構ええ反応してくれるやん」


 動揺する矢島の顔を見て、楓瞳子は満足そうに笑う。

 その様子を見て、ようやく矢島も状況がわかってきた。


 「なるほど、俺にシステムを持たせて実際に披露してくれたってわけか」


 楓瞳子の必殺の蹴りに、矢島は何もできないでいたにも関わらず、一切ダメージを喰らわなかった。

 それどころか、耳と頬に触れていた足先に撫でられているかのような感覚にさえ陥っていた。

 銃弾でも同じことが起こっていたのだとしたら、宮内の屋敷で戦っていた藤堂にとって銃撃の嵐は、そよ風に吹かれた程度の感覚しかなかっただろう。

 なるほどそれで堂々としていられた訳だ。


 「いや……、それじゃあ説明がつかない」


 矢島は屋敷での戦闘を思い出す。


 「藤堂は、システムを使っていたのに襲撃者に殴り飛ばされていただろう!?」


 それを聞いて楓瞳子は藤堂を見る。


 「ホンマか?」


 「ええ、それは本当です。ですが……それはシステムが……その、作動していなかったのでしょう」


 藤堂は渋々といった様子で、楓瞳子の顔色を伺いながら答える。


 「どういうことだ? 欠陥があるのか?」


 「……そこまで見られてしもてるんか。欠陥……っていうか、使用者を守るための必要な装置やねん」


 ため息をつく、楓瞳子は続けていった。


 「そのストップウォッチのシステム自体が、使用者のタイマーに干渉して動作してるから、使用者のタイマーを守るために必要な、効果発動のインターバルが発生するねん」


 「無制限に使える便利なだけのシステムじゃないわけか」


 矢島はストップウォッチを見る。

 もうその機能は、インターバルを迎えている様子なのは、初見の矢島でも直ぐにわかった。


 「そうゆうこや。その短い効果時間が今後の課題やね」


 苦笑いする楓瞳子。

 しかし矢島は感心し、握りしめていたストップウォッチのシステムを、楓瞳子に投げ返す。


 「相手から攻撃は、速度を0にすることで全て無視できるのに、こっちは自由に動けるってのは、随分いい趣味したシステムを作ったな」


 「褒めたって、これ以上は教えられへんで」


 楓瞳子はクスクスと笑い、システムを停止させると、再び足を組んでカウンターに腰を下ろした。


 「システムの作り方も教えてもらうと思ったんだが、流石にそこまでは教えてくれないか」 


 矢島は先手を取られて苦笑いする。

 楓瞳子も、やはり察して先手を取っていたらしく、困り顔で否定する。


 「当たり前や。このシステムはウチらの生命線……、これだけ教えただけでも感謝してほしいもんや」


 「そうだな。これから共闘しようってのに、使い捨てみたいに全部聞き出すのは、お互い利益がないだろう」


 仮に矢島が、楓瞳子の持つシステムの情報全てを知ってしまったら、矢島はいつ楓瞳子との同盟関係を切ったとしても被害は少なくなる。

 そんなふうに楓瞳子に判断されると、信頼関係は脆くなるのは明白だった。

 お互いが最大限利用できる強みを、お互いの手元に残しておかなければならないのだ。

 楓瞳子はそのへんを理解した上で手札を全て見せなかった。

 そして問う。


 「それで……」


 「それでとは?」


 「刑事さんが持っている情報や。どうやって遠堂を仕留めるつもりなん?ウチらにこれだけ喋らせたんや、勿論何か持ってるんやろ?」


 「確かに楓さんの言うとおりだ。手ぶらでこんなところまで来たりしない」


 藤堂との会話で、行き当たりばったりで行くといった矢島だが、掴んでいる遠堂の情報が全くないというわけでは無い。

 決定的ではないが、足掛かりになるような証拠を、これまでの宮内との闘争でいくつか掴んでいた。

 さて、どこまで話していいものだろうか。

 楓瞳子は矢島が話し出すのを待っていた。

 おそらく彼女も、矢島が取捨選択していることは把握しているのだろう。


 矢島は記憶を探り、もう一度グラスを傾けてから、話を決める。


 「やっぱり最初は、あの謎の推理からだよな」


 矢島はそう言って、胸ポケットに大事にしまっていた物を取り出した。


 「それは……、なんかのカードみたいやな。……もしかしてそれが、問題になってるシステムなんか?」


 「あぁ、遠堂印のマネーカードだ」


 矢島が取り出したのは、マネーカードだった。

 十七日の朝に大橋と出会った時に存在を知ったのだが、水時計のシステムの鍵になっているということがわかっているだけだ。


 「そのマネーカードはシステム以外にも、なんかあるんかいな?」


 「あぁ、このマネーカードから得られる情報がまだある」


 このマネーカードは、所有者の残っている全タイマーとカード内の残高を結びつけて、カードの残高が減るのに比例してタイマーも抜き取られるというものだ。

 だが、今矢島が注目しているのは、そういったシステムの部分ではなかった。

 矢島はカードを指差して、楓瞳子や藤堂に見えやすいように前に出しながら説明する。


 「カードの裏面を見てくれ、一見無地に一本の黒線が入っているようにしか見えないが、ここにICチップが埋め込まれてある。推測だが、このマネーカードはシステムの端末で、本体は別にあるんじゃないかと俺は考えている」


 「どうしてそう思う?」


 「遠堂はシステムを使って、タイマーをかき集めているって言ったよな。じゃあどこに集めていると思う? もちろんマネーカードの中ではないんだ。それだと遠堂の手元には行かないからな」


 マネーカードはあくまでも、残高とタイマーを結びつけるものに過ぎない。

 マネーカード内のお金が減ると、カード会社を経由して、使った店にお金が入るように、カード所有者のタイマーも、遠堂の手元にある本体に転移するのだろう。


 「つまり、このマネーカードを解析すれば、遠堂の持つシステム本体との繋がりがわかるかもしれないんだ」


 矢島の言いたいことを把握した楓瞳子は、頭を抱えて苦笑する。 


 「その解析をウチらにしろっていうことか。ほんまリスク高いことをサラッと要求するなぁ、刑事さんは」


 マネーカード内のICチップの情報から、遠堂の持つ本体の位置を逆探知する。

 矢島が楓瞳子に頼んだのは、そういう話だった。

 もちろん逆探知するということは、遠堂側からもこちらを探知できる可能性があるということである。

 遠堂に明確な牙を剥くのと同義。

 だが、楓瞳子は「参った参った」と肩をすくめるだけで、一切拒否はしなかった。


 「ウチはやるって決めたら、最後までとことん貫くのが流儀や。やる価値があるんなら、その仕事うちらで引き受けたろう」


 矢島の手から、マネーカードをひったくり、藤堂に渡して楓瞳子は指示する。


 「ウチの会社の全力を上げて、遠堂の居場所を特定するで!」


 「はい!」


 藤堂は、マネーカードを大事そうに抱えて、地下につながっている階段を駆け降りていった。

 おそらく地下に楓瞳子らの本拠点があるのだろう。

 見送ったあと、矢島は楓瞳子に一つ頼み事をした。


 「……少しだけ、寝させてくれ。もうかれこれ二日も走り回ってたせいで、流石に体力が限界だ」


 「あら、まだウチはシステムの情報提供した分の報酬を貰ってへんのやけど?」


 バーの中にあるソファーでゴロンと横になった矢島に、楓瞳子は微笑んで訊ねる。


 「あぁ、そうだったな」


 本当に今思い出したかのように、矢島はスーツのポケットに適当に突っ込んでいたガラスの筒を取り出して、テーブルに置いて告げる。


 「これが言っていた百五十年分のタイマーだ。量があってるかどうかは楓さん自身で確かめてくれ」


 それを見た楓瞳子は、少し意外そうな顔をした。


 「へぇ、ホンマに持ってたんやね」


 「当たり前だ。こっちも必死なんだよ」


 「そうやな。まぁ後のことはウチらに任せとき、あんたの仕事はもうちょっと先やからな」


 それを聞いた矢島は、あっという間に夢の世界へと落ちていった。








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