2話『特別時間管理局』
短く剃った顎鬚と整った顔立ちが印象的な、見た目20代の
彼は諸事情により警察と顔を合わせづらい立場だったので、金髪の青年が死んでいた路地裏から早々に去り、少しだけ離れた場所にある24時間のコンビニで、朝飯を調達していた。
「はぁ、今日こそはと思って怪しいとこをしらみつぶしに歩き回ってみたが、結局金髪大学生が一人、遠堂の犠牲になっていたってことしか掴めなかったか」
コンビニ前のベンチに腰掛け、眠気覚ましにブラックのコーヒーを渇いた胃に直接流し込んで、ゴミ箱に投げ捨てる。
早朝の通勤ラッシュのサラリーマンは、ここを通り道にしていないのか数が少なかったが、代わりに近所の高校生でごった返していた。
あくびを噛み殺しながら、コンビニ前の通りを眺めてくると、高校生たちの噂話が聞こえてくる。
「ねぇ、ゆみこが言ってたんだけどさ。最近この近くに、タダで大金を貸してくれる大金持ちのお爺さんがいるんだって!」
「え? なにそれ、そんな変な趣味したお爺さんがいるの?」
「そうなのよ。利子が一切無いし、期間も無制限なんだって」
「はぁ……あのねぇ、そんな美味しい話があるわけないでしょう」
何気ない世間話の一環。彼女らの中ではそういう位置づけだろう。だが、矢島にとっては一大事だった。遠堂の噂が、女子高生にまで広がっているということは、高校生にまで被害が広がっている可能性があるということなのだ。
「いっつも後手後手に回って、遠堂の被害にあったってはっきり分かってるのは今日ので四人目か。あのジジイ、まだ世間を知らない若者からばかり時間を買ってやがる。この高校生達の中にも、いるかもしれ……」
矢島がそう言ってサンドイッチを食べようとしたとき、少し世界がスローに見えた。
わいわいと朝から騒ぐ学生達の中に、流れに逆らって歩く、一人の女子校生を見つけたのだ。高価なネックレスを胸元で跳ねさせて歩いているのだが、矢島が目を止めたのはそれだけが理由ではなかった。
その女子高生は、何か怯えるように頻繁に後ろを振り返り、随分と早足で歩き去っていく。
矢島はサンドイッチを手に持ったまま、着崩していたスーツを整えるとすぐに立ち上がった。
「思い切り怪しい娘がいるじゃないか!! ……ちょっと君! 待ってくれ!!」
矢島は狭い都会の歩道を縫うように早足で女子校生を追いかける。だが、まぁ常識的に考えると矢島は随分怪しいオジサンだな、と周りの関係ない高校生たちの視線に冷や汗をかきながら、女子校生を見失わないよう大声で呼び続けた。今はどんな小さな出来事でも無駄にしたくない。
だが、数メートル先を早足で進む怪しい女子高生は、キョロキョロと後ろを振り返る動作のなかで、後ろから追いかける矢島に気づくと、ビクビクした表情を一層青くし叫びそうにしながら突然走り出した。
「ま、待ってくれ!! クソッ、やっぱり俺も怪しいクソ野郎に見えるか」
走り出した怪しい女子高生を見失わないように、矢島も人ごみをかき分け走り出す。手に持っていたサンドイッチは途中で落としたらしいが、矢島が気づくことはない。
怪しい女子高生が不意に方向転換する。
「クッ、本気で振り切るつもりか! 待ってくれ! 怪しいもんじゃない、話を聞かせてく――ッ!」
矢島も女子校生を追って角を曲がろうとした刹那、悠介の腕が後ろから強い力で掴まれつまずいた。
「おい君! 朝っぱらから女子校生を追い回すとはいい趣味しているね」
体格のいい中年の男が、矢島の腕を掴んだまま話しかけてきた。
だが、矢島はそんなのに構っていられる余裕はない。知らないオッサンの話より、遠堂に繋がるかもしれない彼女の話が聞きたいのだ。
「掴んだ腕を離してくれ、今は忙しいんだ」
「忙しい? 女子高生のケツを追っかけ回すのがそんなに重要なのか? ……君、まさか遠堂の下っ端か何かじゃないだろうね?」
中年の男は、少し見下すような口調で、掴んだ矢島の腕に一層力を込める。
だが、矢島には腕を掴まれたことも、女子校生を見失ったことも、意識から外れていた。
「あんた……、遠堂を知っているのか?」
***
「ここならゆっくり話せるだろう。この店を探すのにも少し時間がかかってしまったし、自己紹介からやり直そうか」
矢島悠介は、怪しい女子校生を追っている途中に出会った中年の男から話を聞くために、近くの売れてなさそうな安い喫茶店に来ていた。平日の朝方ということもあり店内は比較的空いていたので、都合がいいと矢島が選んだ店だった。
矢島はさっさと奥の席を陣取ると、黒いスーツの上着を脱ぎ、水を持ってきたウェイトレスにメニューを開いて適当に指差し注文する。ようやく席についた中年の男が注文するのを待ってから口を開いた。
「俺は、警察庁特別時間管理局時間管理課の矢島悠介だ。長いから俺は
「私は
矢島の倍近く年齢が離れているであろう大橋に対して一切敬語を使わない口調に対し、オッサンと呼ばれた大橋は、あからさまに気分を害した様子は見せずに丁寧な喋り方をしている。警察の人間と知ったら大概の人はガチガチの敬語とまではいかなくても、丁寧語になるようなものだろう。大橋もその例に漏れていなかっただけだ。
あぁ、そのことか、と矢島はネクタイを緩めながら話す。
「特時は、一般どころか警察内でも知っているのは一部しかいないような、極秘の警察庁直轄の課さ。四七年前、人間の寿命までの時間を取り出し扱う技術が開発されて以来、時間の売買が可能になってから急遽発足したんだ」
「極秘なのに、私のような一般人に言っても大丈夫なんでしょうか?」
大橋は極秘と聞いて不安になったが、とうの矢島は対して気にした様子もない。
「機密をちょっとバラすくらいなら問題ないさ。ウチの課は極秘を名乗ってるけど、もうあまり重要なことじゃないしな」
発足した理由もついでに話しておこう、矢島は続ける。
「人間の寿命を司る『タイマー』って呼ばれる液体が、丁度こめかみの辺りにあって、そいつは専用の針無し注射器で採取できるんだ。その『タイマー』は生まれた瞬間から少しづつ減り続け、全部失うと寿命で死ぬんだが、逆に考えれば、失くならないように補充したら寿命が伸びるって寸法だ。だがそりゃもういろんな問題が発生してな」
「そういえば若い頃一度、時間の売買で大きな犯罪が起きたとか聞いたことがありますね」
大橋は先に出された水にチビチビと口をつけて頷いた。
「そうだな、それも俺の特時の管轄だった仕事だよ。オッサンも知っての通り、『タイマー』というこめかみ辺りにある液体が全て失くなれば、人は寿命を迎えて死ぬんだが、それを悪用した当時一八歳の男子大学生三人が、四人の一六~二四歳女性を殺した最悪な事件さ」
矢島の話はまだ続く。
「当時、飛ぶように売れた『タイマー』は、人々にとって楽して手に入れられる金だったわけだ。なんせそこらのコンビニでバイトして時給千円なのに、自分の『タイマー』を一時間分売ったら倍以上稼げるんだからな」
「時間に関する特殊な事件を解決するための、特時ということでしょうか?」
「そうゆうことになるな。時間を使った殺人やその他犯罪は、普通の警察じゃ対処出来ない部分が多くてな。従来の警備体制じゃ少し無理が出ていた。それをカバーするのが俺の役目ってわけだ」
矢島は、話を終えるとテーブルに置きっぱなしにしていた自分の水を、一気に飲み干した。
カツンッと矢島がテーブルにガラスのグラスを置いた音で、グラスを覗いていた大橋は顔を上げた。
「さて、そろそろ本題に入りたいんだが、もう質問はないか?」
矢島は椅子の背もたれに預けていた体重をテーブルの方へ、前へと移動させ片肘をつく。
「えぇ、私も警察の人に話を聞けるのは僥倖ですし、構いませんよ。遠堂の話ですよね」
遠堂の話。
矢島は遠堂が関わっていそうな場所や人をあちらこちら足で探し回ったが、決め手となる情報は何一つ見つけることができずに、今朝ようやく遠堂の名を知る大橋と出会ったのだ。
「オッサン。遠堂の何をどこまで知っているか、俺に教えてくれ」
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