第2話アインズとパンドラズ・アクター①
現代日本へと転移してしまったアインズとパンドラズ・アクター。
その事実に気づいてしまったアインズは「まずは」と切りだす。
「ここがまた別の異世界だと言うのは間違いない。そこから話を進めよう」
「申し訳ありませんアインズ様。非才な私めに一つお教えください」
「なんだパンドラ」
「この牢屋にすら劣る狭さの部屋。しかしそこらに転がるアイテムは並々ならぬ技術で作られている、ということは容易に察することができます」
「うぐっ……まあ、そうだな」
仮にも元は自身の部屋。
海外でも日本の家屋は兎小屋などと揶揄されて久しいが牢屋にすら劣ると言われると心にくるものがあった。
(いやまあ、ナザリックの私室は広すぎて落ち着かないと思ったこともあるが、それでも牢屋はないだろ牢屋は。まあ今思うとよくこんな狭い部屋で生活していたと思うが……というかこの身体って存外でかいんだよなあ)
忘れてはならないのはアインズの身体のサイズだ。
骸骨といってもその体格の異世界でも大の大人より一回りも二回りも大きい。
日本人サイズな廊下も身体を横にして若干屈んで、やっと通れるといったところだろう。
パンドラなら体格があるわけでもなく通れるので、ある意味彼以上にアインズにとってはこの部屋は狭く牢獄みたいなものなのもかもしれない。
余計なことは後にしようと軽く頭を振ると話の続きを促す。
「ですがまだ別地域へと飛ばされた可能性があるのではないでしょうか?」
「……あ」
小さく声を漏らす。
当たり前と言えば当たり前だが、ここが現実世界だとアインズが気付けてもパンドラもそうだと思うわけがない。
(ま、まずいぞ。どうにかして説得しなくては。しかし、デミウルゴスもいないし……)
動揺していたせいか普段ではあまりしないミス――否、たまにミスをするがフォローしてくれる部下もいないため、言葉に詰まりつつも脳みそをフル回転させるアインズ。
無論、骸骨なので中身は空っぽなのだが。
そして言葉に窮しつつ、慎重に答える。
「ん、んんっ、げふんげふん! ……パ、パンドラよ。それはあり得ないことだ」
「何故でございましょう?」
「まず第一に堅牢であるはずのナザリックの防御を突破して私とお前がテレポートしたことにある。お前なら当然知っているだろうが、我がギルドは探知魔法を始め、様々な防御手段を張り巡らしている。これを突破するのは並みどころか、ユグドラシル時代のプレイヤーですら不可能に等しい」
プレイヤー――アインズからするとユグドラシルというDMMO-RPGで遊んでいる人という意味合いもあるが、パンドラを始めとしたNPC達の認識では少々違う。
選ばれた者、もしくは特別な力を持つ者達という意味も持つ。
少なくとも人間を蔑視する傾向にあるナザリックの者達でも、無視できない力を持つ者達というくらいには脅威に感じていた。
「……確かに至高の御方々に遠く及ばないまでも、それなりの実力を有しているぷれいやー達が群れを為してもナザリック一同は撃退してきました。ならばそのユグドラシルにすら劣る世界の者達がこちらに手を出せるはずもない、ということですね?」
「う、うむ。そうだ」
(い、いやまあそこまでは言っていないが、まあ深読みしてくれるなら良しか)
判っていますとばかりに仰々しく頷くパンドラに内心冷や汗のアインズ。
それ以上の追及を逃れるために、一番可能性のありそうな話題を切り出すことにした。
「可能性としてはナザリックがユグドラシルに転移したことに関連した何らかの事象に巻き込まれた、という線が濃厚であろう。そしてそれは人智の及ばぬ偶発的な事象であると考える。部屋に転がるアイテムも既存の技術とは一線を化しているしな」
DMMOの機材を指しながら答える。
ナザリックならば多少は似たような機器がないわけではないが、それでもユグドラシルの世界観を壊さない程度の物。
パンドラも「この様な物は宝物殿でも見たことがありません」と相槌を打っていた。
若干強引な論法だったが、相手の納得した様子に安堵するアインズ。
そしてパンドラが結論を口にする。
「つまり以前はナザリック大墳墓ごと――今度は我ら単体に降りかかったということでございますか」
「ああ、しかし一度ならともかく二度目だ。今までのことを検証すれば、共通点が見えてくるはず。またユグドラシルへ戻ることも可能であろう」
「なるほど! さすが我が創造主。お恥ずかしながらこのパンドラズ・アクター、これからどうすれば良いのかと少々戸惑っておりました」
僅かにだがほっとした様子を見せるパンドラ。
普段と同じようにアインズの黒歴史を見せつけてくる彼だったが、さすがに思うところがあったようだった。
(別の異世界に今度は俺と二人だけ。しかもナザリックという“家”も置いて来てしまったんだ。パンドラも不安で仕方ないだろう。あぁ、アルベド達は大丈夫だろうか……)
ナザリックが無いということは、少なくとも大規模な転移ではないと予想できる。
だがそうすると現在のナザリックには誰もいない状態。
洗脳されたシャルティアを正気に戻すため、勝ちの薄い戦いへ臨んだとき、アルベドはアインズがいなくなることをひどく恐れていた。
(望んで日本へと戻ったわけではないが、皆寂しい想いをしているはず。早く戻らなくては)
ぐっと心を引き締め決意を新たにする。
この世界に残る、という選択肢はまったくなかった。
親友達の残した子供達と共にナザリックの歴史を残し、友を探すのが一番の目的なのだからと。
(そうだ! みんなに連絡を取ってみれば――)
もしこの世界で連絡が取れなければ、即ち彼らも異世界へと転移している可能性が高い。
仮にいるのならば、説得して共に異世界へ行くのも悪くない。
人の姿かもしれないが、守護者達なら親友達の心に触れ合えば分かってくれるはず。
素晴らしい事を思い付いたと思った瞬間、耳元から聞こえてきたパンドラの声がアインズの思考を引き戻す。
「そうと決まればまず外部へ調査に向かわなければなりませんな! 人間共の一人や二人捕まえて情報を吐き出させれば――」
「まままま、待て! パンドラ!」
「はっ、どうされたのですかアインズ様?」
「う、うむ、それなんだがな……」
(まずい! こんな卵頭の奴が近所をうろついてたら目立つに決まっている! しかも拉致監禁のオマケ付きだ。
この世界は色々荒廃しているが、その分隣人同士の結束も割と固い。スラム根性というか、少なくとも変わった奴がいたら顔を覚えられるに決まってる。
とりあえず現状では分からないことも多いし、慎重に行動せねば)
鈴木悟として生きたこの世界はある意味、異世界より酷く歪んでいた。
環境破壊で外はマスクをしなくては碌に生きてはいけない。
しかも巨大複合企業が国に対しクーデターを起こし、実質的に世界を牛耳っているのだ。
富裕層はアーコロジーと呼ばれる都市で人生の謳歌を過ごし、それ以外の貧民層は劣悪な環境に晒されながら都市に寄り添って生きている――そうしなければ生きていけない――そんな腐った世界。
昔ではありなかったという小学校で卒業というのも、巨大複合企業が教育関連の締め付けを行った結果。
彼らは愚民はただ働くだけの機械であればよいと考えている。
(あいつらは治安を乱す者には敏感だ。そして企業に所属している人間、最悪富裕層を連れてきたらどうなるか分からない。状況を見極めながら元の世界へ戻る手段を探すのだ)
支配者としては情けないのかもしれない。
ただ少なくともアインズの元には
頭を痛ませる困った者だが、それでも大切なナザリックの一員なのだ。それを傷つけるような争い事には巻き込みたくなかった。
アインズは意識して重苦しい雰囲気を醸し出しながらゆっくりとパンドラを諭す。
「この部屋の技術を見るだけでも外部の者共がどんな武器を持っているか分からない。そして我らは多くの装備をナザリックに置いてきてしまっている。情報を求めるのは良いが、慌てては得られる物も得られなくなるというもの。軽はずみな行動は慎むのだ」
「そこまでお考えで……申し訳ありませんアインズ様。少々事を急いていたようです。しかしそうなるとこの牢屋のような場所でどうされるのですか? アインズ様の御身を休めるにしても少々汚らしいですし……」
「ま、まあ少しの辛抱だ。私のことは置いておいてまずはこの部屋の調査をしよう。先ほどは偶発的に飛ばされた可能性を示唆したが、召喚者がいるという可能性も捨てきれないからな」
「かしこまりました! ではアインズ様は御休みいただきまして、まずこのパンドラズ・アクターがこの部屋一帯の調査を行わせていただきます!」
「うむ。とりあえず30分ほど調査したら私のところへ戻るように」
「はっ!」
軍服に似つかわしい綺麗な敬礼を行うと、パンドラはきびきびした動作で隣の部屋へと赴く。
そして部屋のドアが閉まったのを確認するとアインズはふぅと溜め息を吐いた。
「あー、疲れた。というか自分んちの家探しを部下に任せるとかどうなんだよ」
パンドラに家探しさせることに若干嫌な予感を覚えるがあの流れでは止めようもない。
アインズは疲れないはずの身体を軽くほぐしながら寝台に腰掛け、懐かしい天井を見上げる。
ユグドラシルに行くときには何度も見た天井だった。
手を掲げてみるが、相変わらず真っ白すぎるガイコツの手があるだけ。
「ログアウトしたのかと思ったらユグドラシルでのキャラのまま。アンデットだから眠らないけど夢である方がまだリアリティがあるよ……」
自分の死体は見たくないが、それすらない。
パンドラでなくとも先が見通せない現状に不安も積もってくる。
今はただ元に戻る手段があるはずと強く信じるしかないのだった――
――――――
そんなアインズが現状について嘆いている頃、とある部屋の一室にて。
「ん……んんん? ここは、どこでありんすぇ? それに何やら懐かしい香りが……あたっ!? 何よこんなところに――って、これは絵でありんしょうか?」
ごちゃごちゃと何やら平べったい箱が積まれ、外見はカラフルな少女達が描かれている。そんな奇天烈な部屋の一室で目を覚ます一人の少女。
暗い部屋の一室にて紅く光る瞳が細められる。
どこかの部屋もまた別の物語が始まろうとしていた――
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