第19話

 アルビオン軍スループ艦HMS-L2502034ブルーベル34号は現在、トリビューン星系からスパルタン星系に向かう超空間にあった。


 五日前の十月二十三日一五時、搭載艇アウル1に乗った潜入部隊員たちを無事回収し、帰還の途についたのだ。

 ランデブーしたアウル1だが、その損傷は激しく、更に格納庫であるFデッキの損傷が激しいため、トリビューン星系で放棄された。

 潜入部隊の損害も大きかった。戦死者九名、重傷者六名、軽傷者四名。損害率七十五%以上という作戦が成功したとは思えないほどの犠牲を払っていた。

 一方のブルーベルも通商破壊艦との戦闘で、戦死者五名、負傷者十五名を出している。艦の損傷も主砲が使用不能、二トン級レールキャノン、通称カロネードが全基損傷、対宙レーザーが十基中九基損傷、生命維持システム及び重力制御システムの半数が使用不能となっていた。


 重傷を負った艦長のエルマー・マイヤーズ少佐は、翌日には意識を回復し、トリビューン星系を出るまでの間、病床から指揮を執り続けていた。

 潜入部隊の指揮官、航法長のブランドン・デンゼル大尉は意識を回復したものの、内臓を深く傷付けられたため、ブルーベルの医療設備では対応できなかった。そのため、彼の本格的な治療は帰還後となり、今は病室で横になっている。


 艦の左舷側が損傷したため、女性兵員用区画が使用不能になり、右舷側に移っていた。そのため右舷側がいつもより華やいだ雰囲気になっていた。士官室は損傷を受けなかったものの、左舷側の線量が高く、女性士官たちも右舷側に移っている。



 クリフォード・コリングウッド候補生は無事に帰って来られたことが未だ信じられないでいた。

 そもそも自分の提案が発端だが、ここまで酷い状況になるとは思っていなかった。

 彼は自分のせいでブルーベルの仲間たちが、戦死したり、ケガをしたりしたことに自責の念に駆られ続けていた。そのことが胸に蟠ったまま、デンゼル大尉の見舞いに来ていた。

 デンゼルは痛み止めにより落ち着いた表情になっているが、時折苦しそうな表情も見せている。

 クリフォードは彼に見舞いの言葉を掛けた後、「今回のことは申し訳ありませんでした。私が提案しなければ大尉は……」と言いかけたが、デンゼルはその言葉を途中で遮った。


「コリングウッド候補生、君は何か勘違いしていないか。君は一候補生であって士官ではない。指揮官はマイヤーズ艦長であり、この作戦を決めたのは艦長だ。そして、潜入部隊の指揮官は私だ。すべての責任は我々にある。士官候補生が今の言葉を口にするのは不遜だぞ」


 デンゼルが静かにそして厳しい口調でそう言った後、彼の目を真っ直ぐに見詰めて話を続けていく。


「いいか、クリフ。君には才能がある。これは私だけでなく、艦長もそしてブルーベルうちの士官たちも皆思っていることだ。だが、これだけは覚えておいて欲しい。指揮を執る者は責任を逃れることはできない。すべての責任は指揮を執る者にあるという事を」


 クリフォードは黙って彼の話を聞いていた。彼の体調が気になり、話をやめさせたかったが、彼にはそうさせない雰囲気があった。

 そしてデンゼルは、苦しそうな顔を一瞬見せた後、更に話を続けていく。


「君は来年には少尉に任官しているだろう。その時、君にも部下が付く。その部下たちに対する責任は君にあるんだ。彼らを殺す判断を下さなければならないこともあるだろう。今回、私はナディア――ナディア・ニコール中尉――を見殺しにする判断を下すつもりだった。君の提案が無ければそうしていただろうし、誰にも責任を押し付けるつもりは無かった……ただ後悔はしただろうが……士官とはそういうものだと覚えておいて欲しい……」


 クリフォードはデンゼル大尉の話を静かに聞き、何度も頷いていた。デンゼルに疲れた様子に見えたため、彼は礼を言って病室を出ていった。


(そうだよな。まだ士官学校を出たての候補生が何様のつもりだったんだろう。提案した策を採用してもらっただけで増長していたのかもしれないな……それにしても来年には少尉に任官って大尉の買いかぶりだよな)


 彼はそのまま士官次室ガンルームに戻っていった。

 ガンルームではサミュエル・ラングフォード候補生が操舵長コクスンのアメリア・アンヴィル兵曹長と話をしていた。

 彼が何を話しているのか聞いてみると、アンヴィルが、「ミスター・ラングフォードに敵の小型艇との格闘戦ドッグファイトについて聞いていたんですよ。ミスター・コリングウッドの必殺技について聞いておこうと思って」とニヤリと笑う。


「必殺技って……コクスン、人が悪いですよ、からかわないで下さい」


 彼が顔を赤く染めて、彼女に抗議すると、


「小型艇の戦闘なんてほとんど起きないですからね。今回の戦闘も操縦士養成コースで良好事例として教材になると思いますよ。そんな面白い話、折角、当人たちがいるのに聞かないわけにはいかないでしょ?」


 彼女が悪戯っぽく言うと、サミュエルが真面目な表情でアンヴィルに話しかけた。


「コクスン、操縦については説明済みだ。後はミスター・コリングウッドの射撃について聞いてみてはどうかな」と言って自室に戻っていく。


 どうやら彼は、天才操縦士と名高いアンヴィル兵曹長に捕まり、辟易していたようだ。


 彼女の言うとおり、前の戦争でも小型艇同士の格闘戦はほとんど発生していない。

 小型艇が単独で行動することは稀で、通常、母艦なり基地なりが近くに存在しており、小型艇が戦闘に加わる前に母艦などからの攻撃が加えられる。数百年前には小型戦闘艇という兵種が存在したが、現在では生還率の著しく劣る小型艇の攻撃部隊は存在しない。

 彼女のような天才肌の操縦士は大昔のパイロットのような格闘戦を夢見ているため、根掘り葉掘り聞かれたようだった。


(ああ、これは次のシフトまで逃げ出せないかな。それにしても、准士官は変わった人が多い……)


 彼は諦めてアンヴィル兵曹長の質問攻めに付き合うことにした。



 サミュエル・ラングフォード候補生はコクスンの質問攻めから逃げ出せ、安堵の息を吐きだす。


(クリフには悪いが、これも後輩の務めと諦めてもらおう)


 彼は小さく笑ってそう考えた後、ブルーベルに帰還したときのことを不意に思い出していた。


 アウルを操縦していた彼は、徐々に接近してくるブルーベルの姿に声が出なかった。

 艦首から左舷側が融かされ、奥には、気密服なしで歩いていた最外殻ブロックの通路が見えていた。通路も滅茶苦茶に破壊され、千切れたケーブルが所々に見え、動物の腹からはみ出た内臓のように思えた。


 ブルーベルに入ると更に驚いた。人工重力が効いておらず、無重力状態だったのだ。そして、負傷者を病室に運び込むとそこには緊急生命維持装置――密閉されたタンク内に治療用の液体を充てんした治療器具――が数台並べられ、ベッドにも治療用ジェルが塗りつけられた負傷者が溢れていた。

 潜入部隊の負傷者は銃創か低酸素症であるため、見た目には酷いケガに見えない。

 だが、艦内の負傷者は急性放射線障害と火傷、飛散物による骨折であり、より酷いように見えた。

 彼自身、これほどの負傷者たちを見たことはなかった。もちろん、彼以外でも先の戦争を知らない世代は、精々訓練中のけが人くらいしか見たことがない者の方が多かったのだが。


(あの時、これが戦争なんだと思った……これから俺はこういうことに慣れていかないといけないんだなと。でも、慣れることができるのかとも……)


 彼は少年の頃からの夢が、如何にきれいごとであったのかと、今更ながらに思い知らされた。人の死について、ただ何となく悲しく思うかなという程度の認識しかなかったのだが、目の前で直前まで元気に話していた兵たちが死んで行くのを目の当たりにし、人の死が現実になった。

 それでも若者の特権と言うのだろうか、彼は今回の経験を自分のものとし、人の死についても割り切れるようになっていた。

 割り切れるようになったというのは間違いかもしれない。彼らの死を意味あるものにするために、自分に何ができるかを考えられるようになったと言った方が正しいのかもしれない。

 彼はクリフォードのことを再び思い出し、この状況を共に乗り越えていく友人を得られたことが、とてもうれしかった。


 そして、その友人、クリフォードのことに驚いたことを思い出す。

 ブルーベルに帰還した後、彼ときちんと語り合いたいと思い、超空間に入った比較的余裕のあるタイミングで、今までの疎遠だった関係を解消するかのようにたっぷりと話し合った。

 自分が小惑星上で告白した内容のうち、彼が嫉妬されていたということに驚いたこと、彼も自分の父親に対し劣等感を抱いていたことなどを聞き、如何に自分の嫉妬が子供じみていたかを改めて思い知らされた。


(そうは言っても、あの冷静さや指揮の的確さは天才の名にふさわしいと俺は思う。まあ、ニコール中尉が言った“崖っぷちクリフエッジ”にならないと力を出さないっていう言葉には、なるほどと笑ってしまったけど……)


 彼はそんなことを思いながら、もう少ししたらコクスンから救出に行ってやろうと考えていた。


 三ヶ月後、彼は少尉任官試験に見事合格し、ブルーベルを去って行く。

 この先、クリフォードとどのように関わることになるのか、楽しみにしながら。



 エルマー・マイヤーズ艦長は病床で指揮を執っていたが、超空間に入り、業務が減ったことから、副長のアナベラ・グレシャム大尉に指揮を任せていた。

 彼は出血による体力の消耗を回復させるため、療養に専念していた。


 ベッドに寝ていると、十名以上の戦死者を出し、僚艦であるデイジー27号を失った、この結果に自分の判断に誤りがあったのではないかと考えてしまう。


(デイジーのホーカー艦長を諌めることだできたのは私だけだ。コリングウッドが指摘したことを思いつくべきだった……如何に優秀な若者とはいえ、候補生が気付けるようなことを見抜けなかったのは、自分の力が足りないせいだ……)


 彼はこんなことを考えても死者が蘇るわけではないし、建設的ではないと頭では理解しているが、どうしてもその考えから抜け出せない。

 少しでも気持ちを切り替えるため、今回の報告書の草案を考えることにした。

 そして、今回の作戦で勲章を受けられるよう推薦状を書くことも考えている。


(ブランドンとナディア、ジェンキンズ――ヘーゼル・ジェンキンズ三等兵曹――、そしてコリングウッドが候補だな。候補生が叙勲対象というのは違和感があるのだろうが、コリングウッドは外せないだろう。ブランドン、ナディア、コリングウッドには殊勲十字章の推薦、ジェンキンズには殊勲章か……)


 そして、また戦死者、負傷者のことに考えがいく。


(戦死者と負傷者は名誉戦傷章パープルハートが贈られるのだろうが、彼らにはそれだけでしか残らないのか……)


 そこでふとふねの名を思い出す。


(ブルーベルの花言葉は“追憶”だったな。彼らのことはふねが憶えておいてくれるのかもしれない……)


 彼は我ながら感傷的すぎるなと思いながらも、その考えを否定する気にはなれなかった。




 ブルーベル34号は無事、キャメロット星系に帰還した。


 今回の戦闘のニュースが伝えられると、アルビオン王国では、ゾンファ共和国への非難の声が高まっていった。

 ブルーベルが持ち帰った情報から、遭難した三隻の商船の内、リバプールトランコのリバプールワンは、ゾンファに乗っ取られ、物資の輸送に使われていたことが判明した。

 残り二隻、スターライナー社のハーレー12、ギャラクティックトランスポーター社のギャラクティック・スワンの消息は依然不明だったが、物資を奪われた後、恒星に突入させられたのではないかという結論に達した。


 アルビオン王国は直ちにゾンファ共和国に抗議と賠償を求めたが、ゾンファ側は一切の関与を否定し、証拠を捏造したとアルビオン側を逆に非難した。

 ヤシマ政府とアルビオン政府はゾンファ共和国の関与を立証するため、共同でトリビューン星系を調査したが、ゾンファ共和国の関与を明確に示す証拠を見付けることはできなかった。

 結局、最終的には非難合戦の末、更に両国間の関係が悪化しただけに留まった。



 ブルーベル34号の活躍はアルビオン王国で大きく報道された。

 エルマー・マイヤーズ少佐、ブランドン・デンゼル大尉、ナディア・ニコール中尉は殊勲十字章(ディスティングイッシュサービスクロス:DSC)を受け、ヘーゼル・ジェンキンズ三等兵曹が殊勲章(ディスティングイッシュサービスメダル:DSM)を受章した。

 クリフォード・コリングウッド候補生については、マイヤーズ少佐、デンゼル大尉の強い推薦があり、殊勲十字章を受章するという話が出たが、士官ではない候補生が殊勲十字章を受けることに対し、伝統を重んじる守旧派からの反対の声が大きく、彼の処遇については軍上層部で紛糾していた。

 そのことがマスコミにリークし大きく報道されると、軍に対する抗議の声が出始めた。王室からも問い合わせがあり、軍上層部は更に対応に苦慮する。

 たかが士官候補生一人の処遇であるが、この際、来るべき対ゾンファ戦争を意識し、戦意高揚を図ることを企図した。そして、彼の功績を陸上戦闘でのものに限ることで、武功十字章(ミリタリークロス:MC)を贈ることで決着が付けた。


 受勲対象者五名に対する盛大な式典が行われ、その中でも最年少のクリフォードは最も注目を浴びていた。

 彼の逸話が多く報道されると、士官学校時代のあだ名――苦手な科目をいつもギリギリの成績でクリアするところから名付けられた――とニコール中尉の発言――土壇場=崖っぷちクリフエッジになると強みを発揮するクリフォード――から、“クリフエッジ”という名前が彼の代名詞になった。


 彼はブルーベルの修理が完了するまでの二ヶ月間、マスコミに追い回されたが、戦闘から約三ヶ月後の宇宙暦SE四五一三年一月三十日にブルーベルが出港すると、ようやく落ち着いた生活が戻ってきた。


 親友となったサミュエル・ラングフォードはその十日前に少尉任官試験に見事合格し、ブルーベルを去っており、彼は親友の成功を心から喜んだが、その一方で寂しさも感じていた。


 そして、彼自身、その四ヶ月後の六月五日に少尉任官試験を受験することが決まる。

 彼は期待と不安を胸にキャメロット星系第三惑星の衛星軌道上にある要塞衛星アロンダイトに降り立った。


第一部完

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