第17話
<ゾンファ軍クーロンベース司令部・主制御室内>
一一二〇
ゾンファ軍クーロンベースの
その中で司令のカオ・ルーリン准将は、まだ指示を求める少数の部下たちの声を無視し、ただ一人司令用コンソールを操作していた。
彼はクーロンベースの
一一二五
突然、MCR内に
「最終警告。対消滅炉自爆シーケンスを開始します。停止する場合は六十秒以内に司令官権限キーと非常停止スイッチの同時操作を行って下さい。最終警告。対消滅炉自爆シーケンスを開始します。停止する場合は五十秒以内に……」
このメッセージにMCRのオペレータたちは顔色を失い、カオ司令に詰め寄っていく。
「し、司令、何をするんですか! 自爆処置は総員退避完了後とマニュアルに定められています! すぐにキーを渡して下さい!」
「うるさい、うるさい、うるさい! 私が司令だ! 私の命令に従っていれば良いんだ! 私はやり直す、一度リセットして……」
彼の目から理性が失われ、口からはよだれが零れている。
部下たちは時間がないと、司令に飛び掛りキーを奪おうとするが、カオ司令は腰のブラスターを引抜き、味方に向け発砲し始めた。
「貴様ら敵の工作員だな! そうか、だから失敗したんだ! 私は敵の工作員に嵌められたんだぁ!」
錯乱した彼は、ブラスターを四方八方に向けて滅茶苦茶に発砲し、数人の部下が凶弾に倒れていた。
部下たちも自分の命を的に踏み込むことに躊躇するが、すぐにAIの警告が耳に入り、司令に決死のタックルを決め、遂にキーを奪うことに成功した。
しかし、その時、既にカウントダウンは終了していた。
「対消滅炉自爆シーケンススタート。
AIの淡々とした声が静まり返ったMCRの中に流れていく。
一瞬の間の後にオペレータたちは慌てふためくが、逃げるすべが無いと諦め座り込む者、元凶となったカオ司令に殴りかかる者など完全にパニックになっていた。
汎用艇の存在を思い出したオペレータは自らが助かるため、静かにMCRを出て汎用艇格納庫に向かう。
だが、減圧対策で緊急閉止されたシャッターが立ちはだかり、格納庫に向かうことができず、その場に膝から崩れ落ちていく。
汎用艇の操縦士は自爆シーケンス開始を知り、すぐに発進を決意するが、MCRのオペレータは何度呼んでも応答してくれない。徐々に失われる時間にパニックに陥った操縦士は発進口のゲートを無理やり開くため、ミサイルを放った。
彼の思惑通り、ミサイルはゲートを破壊し、宇宙空間が彼の前に広がっていく。彼は助かったと喜ぶが、その目の前には破壊されたゲートが迫ってきていた。三秒後、汎用艇の操縦席は完全に破壊され、操縦士も艇と運命を共にした。
ゾンファ軍の拠点クーロンベースは、多くの作業員を道連れに自爆の道を突き進んでいく。
一一三〇
AIのカウントダウンが二分を切った。
「リアクターオーバーロード予想時間一分四十秒……」
MCRではすべての警報は停止し、オペレータや作業員たちのすすり泣く声が聞こえるだけだ。既に数人のオペレータがブラスターで自殺しており、血や焼けた肉の臭いなどがするが、誰も気にしない。
元凶であるカオ司令はMCR要員たちに殴られたり蹴られたりした後、ブラスターで撃ち殺されていた。その顔には満足そうな笑顔が見え、それがオペレータたちの怒りを更に掻き立てていた。
そして、カウントダウンがゼロになると、対消滅炉は炉構造体の安全限度を遥かにオーバーする定常出力の千倍以上のエネルギーを一気に解放し、爆発した。
ベース内はMCR、ドック、通路を問わず、一瞬にして白く強い光に包まれ、すべての物が消え去っていく。
アルビオン軍にAZ-258877と名付けられた小惑星はそのピーナッツ状の膨らんだ部分が更に膨らみ、真っ白な光が弾ける。そして、小惑星を構成していた岩石が無数の礫となって宇宙空間に飛んでいった。
ゾンファ軍によって造られたクーロンベースは、多数の人員と共に一切の痕跡を残さず消滅した。
<アルビオン軍スループ艦ブルーベル34号・戦闘指揮所内>
一一三〇
アルビオン軍スループ艦ブルーベル34号は敵通商破壊艦に向けて加速を続けていた。
そして敵への最接近まで、一分を切っていた。
戦術士のオルガ・ロートン大尉から、「カロネードによる攻撃準備完了」との報告が上がる。
エルマー・マイヤーズ艦長は、「了解、カウントダウンを開始せよ」と攻撃を承認した。
三十秒後、すべてのカロネード砲から金属製の散弾が射出された。
「全砲射出良好。散弾の到達時間、約三十秒後。
「了解、主砲による攻撃を開始せよ」
艦長の命令が復唱され、主砲が撃ち出される。
攻撃前に
ロートン大尉の立案した攻撃パターンに従い、主砲が発射されていく。
ブルーベルの主砲が撃ち出された直後、CICの床が微かに振動し、メインスクリーンには敵の攻撃が開始されたという表示が出ていた。どうやら敵通商破壊艦も同じタイミングで攻撃を開始したようだ。
「防御スクリーン負荷九十%。現状では問題ありませんが、最接近時には安全限界を百五十%を超える見込みです」
すぐに情報士のクイン中尉が報告する。
ブルーベルは〇・一光速まで加速しているため、敵との距離は一気に縮まり、既に二光秒を切っていた。
「散弾到達まで十秒、九、八……」
カロネードから撃ちだされた散弾が闇を切り裂いていく。算段の到達するカウントダウンが開始された直後、メインスクリーンでは敵ベースが大きく膨れ上がる姿が映し出された。
「敵ベースで爆発! 対消滅炉の暴走と思われ……」
クイン中尉の報告に索敵担当下士官の声が被さる。
「高速飛翔体四基、いえ、八基接近中! ユリン級ミサイルです!」
敵との交戦が始まった瞬間、敵ベースで爆発が起こり、同じタイミングでユリンミサイルが多数飛来してきた。マイヤーズ艦長はCIC内の動揺を抑えるため、命令を叫ぶ。
「ミサイルを迎撃! 敵ベースはとりあえず無視せよ! 敵艦の動きに集中するんだ!」
マイヤーズ艦長の叫び声が響く中、各担当者は自らの任務に集中していた。
「対宙レーザーによる迎撃開始。第一陣全数撃破、第二陣……ミサイル二基が抜けてきます!」
「総員、対ショック体勢を取れ!
カウントダウンの終了と共に斜め下から突き上げる衝撃が走る。その衝撃により、体が急激に浮き上がり、それを抑えるためシートのハーネスが体に食い込んでいく。
その衝撃と同時にゴーンという低い爆発音が響き渡り、一瞬、CIC内の照明がすべて消え、すぐに赤みがかった非常用照明に切り替わった。
数瞬の間をおき、艦内の人工重力が停止、固定いていない小物類が宙に浮かびあがっていく。CIC要員たちは周りを見渡すが、すぐに自らのディスプレイを確認し、マニュアルに従った操作を行っていく。
CIC以外の艦内の各所でも、緊急アラームが鳴り響く。
「CIC、こちらRCR。リアクター及びMECに損傷なし! 主兵装エネルギー伝送ラインに異常あり! このままでは主砲は撃てんぞ!……」
「了解、予備回路に切り替える……予備回路切替え不能。チーフ、そちらで切替えを頼む」
CICから了解と予備回路切替え不能の連絡が来ると、すぐに「こっちで予備回路に切り替える。ダンパー――先任機関士トーマス・ダンパー兵曹長――、手動切替えを頼む!」
「了解! 主兵装伝送ライン予備ラインに切替えます!」
その間にも機関長は主機の状態を確認し、必要な処置を次々と行っていった。
四
「最外殻ブロックはすべて放棄! 生命維持システムと対宙レーザーの復旧を優先しなさい! 火災発生区画は強制減圧! 区画隔離状態を再確認しなさい!」
副長のアナベラ・グレシャム大尉は
指示を出し終わったところでCICに報告を入れた。
「CIC、こちらERC。艦内損傷大! EPGに従い対応中! 艦長、優先復旧箇所を指示願います!」
「対宙レーザーを最優先してくれ! 生命維持システムは後回しでいい!」
「
「敵の攻撃は止んでいる。理由は不明だが、敵のベースが爆発した影響かもしれない。すぐに敵の攻撃が再開するかもしれない……」
艦長が手短に状況を説明するが、CICで何かが報告されたようですぐに会話が途切れる。
彼女は通信を切り、ERCでダメージコントロールの指揮に専念し始めた。
CICでは
攻撃から数十秒後、ようやく
「こちらMAB、主砲補機エリアに直撃した模様。
「了解した。MACCSの復旧を急いでくれ! 復旧見込みが判明次第報告を頼む」
グレン掌砲長からの了解の声を聞いたマイヤーズ艦長は愛艦の損傷の大きさに内心動揺していた。
(クソッ! 損害が大きすぎる……あと二発で仕留められるのか……しかし、なぜ攻撃が止まった? 散弾が命中したのか?)
「クイン中尉、敵の状況を確認してくれ。大至急頼む」
情報士のフィラーナ・クイン中尉に指示を出すと、メインスクリーンに映る敵ベースの無残な姿が目に入ってきた。
(敵ベースに何が起こっている? アウルは無事か? どうしたらいいんだ……)
彼は心の中で苦悩しているが、部下たちの士気を考え、多大な努力を払い無表情を貫いている。だが、彼を含めCICにいる者たちは、すぐに来るであろう敵からの致命的な攻撃を考え、成すすべが無い自分たちに腹立たしい思いを抱いていた。そして、その思いはすぐに無力感に変わっていく。
乗組員たちの思いとは別にブルーベルは敵艦を通り過ぎ、急速に敵との距離が開いていく。懸念した敵艦からの攻撃は無く、こちらも打つ手が無い。
CICに無力感とは無縁のトンプソン機関長の力強い声が響いてきた。
「CIC、こちらRCR。主兵装伝送ライン予備ラインに切替え完了! いつでも使えるぞ!」
「了解した。チーフ、ご苦労だった」
マイヤーズ艦長は機関長にそう答えると、
「ロートン大尉、MACCSの復旧見込みはまだか?」
「まだです。
「了解。二人を呼び戻してくれ。主砲を使う」
驚くロートン大尉に構わず、「敵も多大な損害を負っている筈だ。主砲で止めを刺す。その後、アウルを迎えに行くぞ! みんな、グズグズするな!」という力強い声にCICは蘇り、「
<ゾンファ軍通商破壊艦P-331・戦闘指揮所内>
一一三〇
ゾンファ軍通商破壊艦P-331の戦闘指揮所では艦長代行のグァン・フェンが敵スループ艦を沈めるため、攻撃のタイミングを計っていた。
彼は相対速度が最も上がり、かつ迎撃時間の短いタイミングで残っているミサイルをすべて撃ち出し、敵を破壊することを考えていた。そして、その前に敵の注意を引き付けるためと回避運動の幅を制限するため、主砲を撃ち続けるつもりだ。
指揮所内の誰もがまだかと気が焦る中、最接近までの時間が一分を切った時、グァン艦長が
「
彼の言葉にユリンミサイル八基が発射され、主砲も再び火を吹き始めた。
主砲による攻撃は敵の防御スクリーンで防がれているものの、八基のミサイルのうち二基が迎撃ラインを突破しそうだという報告が上がってきた。
彼が喜びの声を上げようとした時、「ク、クーロンベースが! クーロンで強大なエネルギー反応あり! リアクターをオーバーロ……」とそこで情報担当士官の声が突然途切れた。だが、誰も気にしなかった。自分たちの目の前にあるメインスクリーンに、クーロンベースの爆発する映像が映し出されていたためだ。
戦闘指揮所内に「艦内放射線量異常高。遮へいエリア以外の線量は最大十キロシーベルトパーセカンド、レンジオーバー。戦闘指揮所及び緊急対策所からの退出は不可……」というAIの声が響く。
グァン・フェンは状況を掴めず、「何が起こった!」と叫ぶと、
「クーロンベースの対消滅炉が暴走し、その放射線が本艦に到達した模様! 右舷側をベースに向けていたため、防御スクリーンで遮へいできなかったと推定!」
グァン・フェンはこの状況に驚愕するが、すぐに「被害状況を報告せよ! 攻撃が可能なら敵艦への攻撃を継続! チャン・ウェンテェン! 甲板長! 無事か!」という彼の必死な問いに答えは帰ってこなかった。
チャン甲板長は緊急対策班を率い、右舷防御スクリーンの復旧作業を行っていたため、高放射線をもろに浴びて即死した。宇宙服の遮へいでは数秒しかもたなかったのだ。
グァン・フェンはこの状況を把握できずにいた。
(クーロンはどうしたんだ? さっきの攻撃でリアクターが暴走したのか? まさか自爆……まだ自爆するタイミングではないだろう……)
自爆シーケンス開始時点で、クーロンベースのMCRは全く機能しておらず、P-331に連絡を入れてくるものはいなかった。
P-331もクーロン側の状況はあまり気にしておらず、対消滅炉が暴走したエネルギーを検知するまで気付かなかったのだ。
艦内の状況が次々と報告されていく。
「緊急対策所は健在、副甲板長が指揮を執っています。兵装区画、機関室は沈黙。生存者なし、センサー類も死んでいます……」
「敵スループ艦にユリンミサイル二基命中、中破以上の損害を与えた模様。現在加速を停止し慣性で航行中。敵からの攻撃も途絶しております」
「敵搭載艇を見失いました。クーロンの爆発に巻き込まれたと思われます」
グァン・フェンは「了解した」と答えた後、状況を整理し始めた。
(理由はともかくクーロンは無くなった。これで燃料を確保するすべはもうない。現状の残量では最小出力に絞ったとしても二十日はもたないだろう。そもそもリアクターの状況もよく判らない。……敵の状況は更に判らんが、かなりのダメージを与えられたようだな。止めを刺すべきだが、こちらの武器は艦尾砲しか無い。右舷の防御スクリーンも使えない。敵はこのまま慣性で抜けていけば逃げられる。この状況で敵に止めを刺すには……使えるかどうか判らない主砲を使うしかないな……)
彼は主砲使うことを決め、部下たちに「敵は逃がさん! 主砲が壊れるまで撃ち続けるぞ! グズグズするな!」と力強く命じた。
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