第8話
アルビオン軍所属のスループ艦HMS-L2502034ブルーベル34号はトリビューン星系の小惑星に向けての攻撃準備を開始した。
その小惑星は、アルビオン軍に“AZ-258877”と名付けられ、その色彩、形状からブルーベルの兵には“ローストピーナッツ”と呼ばれているが、内部にはスループ艦デイジー27号を破壊した通商破壊艦の支援拠点がある。
<アルビオン軍スループ艦HMS-L2502034ブルーベル34号・戦闘指揮所内>
〇五三〇
艦長のエルマー・マイヤーズ少佐は攻撃開始三十分前に戦闘配備を命じていた。
「総員に告ぐ。本艦はこれより三十分後の〇六〇〇に
そして、〇五四〇に第一級戦闘配備に移行する旨の艦内放送が流れると、艦内は一気に騒然となる。
副長のグレシャム大尉は自らの城、
「最外殻ブロック閉鎖。閉鎖確認後、五十キロパスカルまで減圧……
彼女の命令を
マニュアルに従い、すべてのチェック項目の確認が終わると、副長は
「CIC、こちらERC。
マイヤーズ艦長はメインスクリーンに表示されるEMのチェック項目がすべて緑色に点灯したのを確認した上で、「CIC、了解」と短く答え、他の部署からの報告を待つ。
「CIC、こちらMAB。主砲各コイル電圧安定、カロネードへの
艦長が同じように了解と言った直後、
「CIC、こちら
〇五五〇
すべての準備が終わり、ブルーベル34号は“彼らの家”から“戦闘艦”に姿を変えた。
〇六〇〇
AZ-258877との距離が五光秒に近づいた。
マイヤーズ艦長は低く、そしてゆっくりとした口調で「攻撃開始」というと、CICにいる戦術士のオルガ・ロートン大尉が「ランダムパターン
戦闘時には敵の攻撃を回避するため、ランダムに軌道を変更する。
攻撃開始から十秒後、
その数秒後、カロネードより発射された金属製の散弾が小惑星の表面に幾つもの白い靄を作っていく。
「クイン中尉、小惑星表面の解析を頼む。次の攻撃で敵のスクリーンを攻撃する予定だ。敵スクリーンの性能、範囲の解析も合わせて頼む」と艦長はスクリーンを見ながら、情報士のクイン中尉に命じていく。
「
ブルーベルが小惑星に攻撃をかけた直後、敵が反撃してきた。
「後方より
ロートン大尉のやや緊迫した声が響くと、CICに緊張が走る。
更に大尉の声が続く。
「……対宙レーザーによる迎撃開始……接近残数五基、四、三、二……一基……全数破壊。発射地点は前方の小惑星、三ヶ所より発射されたものと推定。艦長、指示願います」
彼女の冷静な声だけがCIC内に響き、CIC要員の息を吐く音が重なる。
ユリン級ミサイルは、ステルス性を持たせた全長三十mほどの対艦ミサイルであり、アルビオンのファントム級のコピー兵器ながら比較的近距離から超遠距離まで攻撃できる汎用性の高い対艦兵器である。
加速性能が二十kGと高機動の戦闘艦の三倍以上あるが、〇・二光速に達するのに五分分近く掛かるため、通常はある程度の相対速度を持った状態、すなわち艦同士が接近する状態で使われることが多い。基地など固定された場所から発射する場合は遠距離攻撃を掛ける必要があるが、今回は近距離からの攻撃となり、発見されやすい最大加速での使用となったと考えられる。
マイヤーズ艦長は、「攻撃の第二波は?」と確認すると、「第二波接近中」という回答がすぐに入った。
再び、CICに緊張が走り、ロートン大尉の声が響いていく。
「高速飛翔体二十基接近中……対宙レーザーによる迎撃開始……二基が迎撃ラインを突破する可能性あり。十五秒後の被弾確率八十五%。
大尉の感情を排した声が続くが、マイヤーズ艦長の緊迫した声がそれに被る。
「総員、対ショック体勢を取れ!
艦長のカウントダウンと共に艦内にガーンという衝撃が走り、赤みがかった非常用照明に切り替わると共に“ウォーン・ウォーン”という緊急アラームが鳴り響く。
艦内各所の下士官、兵たちは訓練では無いこの状況に一気に浮き足立つ。それには一切構わず、
「F3R1ブロック減圧。内圧〇キロパスカル。Fデッキ右舷
「
「こちら、RCR。機関及び伝送系オールグリーン。PP出力安定中……」
「こちら、MAB。各兵装オールグリーン」
機関長と掌砲長の声が被りながら、CICに響いた。
マイヤーズ艦長は、「ロートン大尉、ミサイル発射地点へのカロネードによる攻撃は可能か?」と確認すると、「可能です」という回答がすぐに入る。
艦長はすぐにカロネードによる攻撃を命じる。
敵のミサイルは第二波で打ち止めだったのか、攻撃は止み、ミサイル発射台はすべてカロネードにより破壊された。
「当艦の損害は軽微。各員は直属の責任者の指示に従い、冷静に行動せよ。
アラームが止み、艦長の平板な声が艦内を巡ると乗組員たちの顔に余裕が出てきた。
ミサイルは結局命中せず、ギリギリのところで迎撃できたようだ。だが、艦の近傍で爆発したため、艦が損傷した。衝撃の割には艦の損傷は軽微だったのは、損害を受けた箇所がFデッキの格納庫付近であったことと、相対速度が小さかったことが幸いしたようだ。
ユリンミサイルの攻撃を受けた後、ブルーベル34号は敵ベースの正面側、恒星の反対側に回りこんだ。
予想通りベースの入口らしきものがあり、前面には強力な防御スクリーンが展開されていた。
「ここまできても敵ベースからの攻撃はない。恐らく防御兵器の設置は先ほどのミサイルしか間に合わなかったのだろう」と艦長はロートン大尉に囁くようにそう言った。
「
「クイン中尉、解析結果はまだ出ないか?」
「小惑星表面の結果はあと五分ほどお待ち下さい。防御スクリーンの能力については、
その言葉を聞き、「やはりゾンファか……」と艦長は小さく呟いたあと、
「攻撃は予定通り、〇七〇〇まで周辺を含む全体を、それ以降は別働隊に被害が出ないようベースのドック出入口付近に集中させる」とCICの全員に命じた。
〇六二五
マイヤーズ艦長は、クイン中尉より小惑星表面の解析が完了したとの報告を受け、その結果をアウル1に転送するよう命じた。
<ゾンファ軍クーロンベース司令部・主制御室内>
〇五五〇
ブルーベル34号が攻撃した小惑星の中にある通商破壊艦=P-331用拠点である“クーロンベース”の
〇六〇〇
突如、メインスクリーンに警報表示が現れ、警報メッセージが響く。
「小型戦闘艦より攻撃を受けつつあり。防御スクリーン外縁部を含む広範囲にエネルギー兵器及び質量兵器の反応あり。繰り返す……」
男たちは慌てて、損害状況を確認すると共に、当直責任者はクーロンベースの司令カオ・ルーリンに緊急連絡を入れる。
「こちらMCR! 現在、攻撃を受けつつあり! カオ司令、至急連絡願います……」
当直責任者の緊迫した声に「どうした! 状況を説明せよ!」と不機嫌そうな若い男の声が反応した。
当直責任者は逃げ出したと思っていたアルビオンのスループ艦らしき小型戦闘艦から攻撃を受けていることを報告する。
それに対し、カオは、「小型のスループ如きにうろたえるな! ユリンで沈めてしまえ!」と煩わしそうに命令する。
「了解しました。司令」と応えたあと、彼はMCRの攻撃担当にミサイル使用の指示を出した。
五分後、責任者から「全基発射。一基が命中若しくは至近弾となり敵に損傷を与えた模様」と報告が上がる。
「敵の損傷程度は?」という司令の問いに対し、
「艦体に破損箇所が見られるものの損傷は軽微な模様」と申し訳無さそうに報告する。
「チッ!」という舌打ちの後、「すぐに上がる。敵の行動を監視すると共に、P-331のワン・リーに情報を流してやれ」と言って通信を切った。
連絡を受けたワン・リー艦長は、「了解した」と一言言った後、船内の部下たちに戦闘準備をさせる。
そして、彼は苦い顔をしながら、「ミサイルを使い切る奴があるか」と小さく司令を罵倒した後、敵に関する情報を集め始めた。
時は二日前、十月二十一日に遡る。
ヤシマ船籍の神戸丸に偽装した通商破壊艦P-331がアルビオン軍のスループ艦デイジー27号を沈めた後、T方面作戦司令部を置くベース“クーロン”では逃げ去っていくもう一隻のスループ艦について、激論が交わされていた。
主な対立点は、スループ艦が本星系から撤退するか否かと言う点であった。
スループ艦が撤退するのであれば、本星系での喫緊の脅威はなくなるので、すぐにP-331をベースに入れて本格的な整備と補給を行うことができる。整備と補給に三週間程度が見込まれるが、敵が戻ってくるのは早くて四週間後、充分に余裕がある。
一方、スループ艦が欺瞞行動を取り、小惑星帯に戻ってくるのなら、防御スクリーン以外の防御手段を持たないベースにP-331を入れてしまうのは、唯一の機動戦力を自ら封殺してしまうことになり、対応が後手に回る懸念がある。
前者を主張するのが、カオ・ルーリン司令の参謀たちで、後者を主張するのが、P-331のワン・リー艦長であった。
両者の激論は数時間に及ぶが、スループ艦は星系内巡航速度の〇・二光速でジャンプポイントに向かっていくだけで、何らアクションを起こす兆しが無い。
最終的に参謀たちの意見を採用したカオ司令は、P-331をベースに入れることを決めるが、ワン艦長の意見も取り入れ、敵が超光速航行に入る四十時間を越えるまでベースに入れないことにした。
ワン艦長は、それではあまり意味が無いと思ったが、若いカオがこちらの顔を立てたことに配慮し、ベースに入ることを渋々了承した。
P-331の艦長ワン・リーは後方霍乱作戦のベテランである。
第三次対アルビオン戦争時にはキャメロット星系に近いアテナ星系で十数隻の輸送艦を沈めるなど、単独作戦行動をさせれば必ず戦果を上げてきた。
その彼はアルビオンのスループ艦は必ず戻ってくると確信していた。
(
彼の考えでは、P-331は一週間程度この辺りの宙域で待機する。燃料に余裕が無いので、可能な限り慣性航行で移動し、敵のリアクションを待つ。
P-331のセンサー類は優秀とは言いがたいが、さすがに射程距離程度まで近づけば敵を探知できる。ここは我慢比べになるが、老練な狩人である彼にとって、我慢比べなら負ける気はしない。
だが、若い司令は参謀本部勤務が長く、実戦経験が少ない。有効であると言うことは理解できても自分が行うとなると、このような気の長い作戦をどうしても忌避してしまうのだろう。
カオ司令は軍中枢部の派閥争いに破れ、この
出世街道に返り咲くためには、ここで大きな花火を上げなければならないと考えているのだろう。
それにはスループ艦がキャメロットに戻り、小艦隊を引き連れてきてもらう必要がある。小艦隊が現れたところで、ゾンファ軍の司令として堂々と交渉し、舌戦で我が軍を勝利に導くつもりなのだろう。
(頭は悪くないのだろうが、現場を知らない典型的な参謀だからな……そもそも軍は“クーロン”を含め、俺たち全員を生贄にするつもりだということに気付いていないのか……)
敵が小艦隊を率いてくるようなら、交渉の余地などなく、
彼はどちらにしても自分はここで死ぬしかないのではないかと思っていた。いつも部下には死ぬと思ったらそこで死ぬぞと脅しているはずなのだが……
<ゾンファ軍クーロンベース司令部・主制御室内>
十月二十三日 標準時間〇六時二〇分
〇六二〇
クーロンの
更に防御スクリーンを開けずにできる唯一の反撃手段を失ったことにも後悔していた。
(早まったな。もう少し様子を見るべきだったか……何にせよスループ如きの火力でこのクーロンは落ちない。無駄なエネルギーを使わせるだけだ)
彼はワン艦長への対抗心により、軽率な命令を出したと思ったが、すぐに楽観的な考えに戻っていく。
(どちらにせよ、敵の増援が来るのは一ヶ月以上先だ。それまでスループ艦が攻撃を掛け続けられるわけがない。こちらは敵が疲れ、尻尾を巻いて逃げていくのを待てばいいだけだ……)
彼の判断はある意味非常に常識的なものだ。
スループ艦の攻撃力はアルビオン、ゾンファでそれほど大きな違いは無い。
更に敵の艦型がフラワー級と判明している以上、このクーロンベースを破壊できる手段を持ち合わせていないことは明らかだった。
一時は自分の判断が間違っていたと不機嫌そうな顔でMCRの司令席に座っていたが、今では余裕の笑みを浮かべられるようになっていた。
その時、P-331から通信が入ったと連絡があった。
「ワン・リーです。司令のお考えをお聞かせいただきたいのですが」とワンがいつものように無表情な顔で聞いてきた。
彼は「この男には、愛想というものがないのか」と頭の片隅で考えるが、彼は余裕の笑みを浮かべたまま、
「敵はこちらの防御体勢が整っていないことに賭けたのだろう。敵は既に手詰まりだ。我々はゆっくりと奴らが疲れるのを見物してやればいい」
「敵はベースへの潜入作戦を仕掛けてくるのでは?」とワンがボソリと呟くように言う。
「艦長は心配性だな。敵のスループはフラワー級だ。乗員は七十名程度で陸戦隊を乗せることはまず無い。確か搭載艇が一艇あったはずだが、最大定員三十名くらいだったはずだ。こちらの保安要員は二十名だが、君のP-331に百名近い兵たちがいる。何も心配はいらないよ」
カオ司令は饒舌にそう語るが、ワン艦長の顔が晴れないのを見て、大げさに手を上げた後、「分かったよ、艦長。警戒レベルを上げておこう。そちらからも応援を貰ってもいいかな」と付け加える。
「念のため、三十名そちらに回します。このベースが未完成だということをお忘れなく」と言って敬礼する。
カオもぎこちない答礼を返し、通信を切った。
(歴戦の勇者か何かは知らないが、勘だけで戦術を語られるのは我慢ならないな。戦争は理論だ。勘などというあやふやな物が入り込む余地は無い……)
彼は不機嫌そうにスクリーンを一瞥した後、保安レベルを上げるよう指示を出した。
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