第3話

 トリビューン星系はアルビオン王国の支配星系であるキャメロット星系と自由星系国家連合のヤシマとの航路上にある星系で、キャメロットからは十一パーセク(約三六光年)の距離にある。この星系の主星は、M3Ⅴ型赤色矮星であり、惑星は六個、うち一つが木星型のガスジャイアントである。

 M3Ⅴ型であるため、星系内は暗く、最も近い惑星ですら温度はかなり低い。このため、テラフォーミング化の候補にも挙がらず、完全な無人星系として長らく放置されていた。

 アルビオンとヤシマが接触した時、両政府はこの星系を中立宙域とすることで合意したため、アルビオン及び自由星系国家連合の合意がなければ大型戦闘艦の通行は許可されない。

 以前は緊急用の退避施設ベースを両政府で建設しようという案もあったが、比較的近いジェンツェン星系に進出したゾンファ共和国からの横槍で実現することは無かった。


 アルビオン側のスパルタン星系のジャンプポイントJPとヤシマ側のレインボー星系のJPを繋ぐ最短ラインに小惑星帯が存在し、通常は黄道面に対して上か下を通過することにより、経済ルートを決めている。

 アルビオン-ヤシマ間の貿易は近年増加の傾向にあるが、それでも元々単一星系内で完結する経済システムを築いているため、贅沢品などと人員の輸送程度しかなく、日に一隻程度の運行しかない。



 クリフォード・C・コリングウッド候補生は、六日間の超空間航行FTLを終え、通常空間に戻る瞬間を戦闘指揮所CICで迎えていた。

 指揮官席にはエルマー・マイヤーズ艦長が座り、航法士席には航法長のブランドン・デンゼル大尉が、戦術士席には情報士のフィラーナ・クイン中尉が、操縦士席には操舵長コクスンのアメリア・アンヴィル兵曹長が座っている。

 クリフォードは航法士補席に座り、航法長と戦術士のサポートを行うことになるが、実際には特にすることも無く、二人の仕事を眺めているだけだった。


 ジャンプアウトと共に目の前にあるメインスクリーンに星系図と僚艦デイジー27号の情報が映し出され、その横ではパッシブセンサーによる索敵情報が刻一刻と変化していく。

 彼は自分のコンソールで索敵情報を検索し、AIが添付する推定情報に異常が無いかチェックしていた。


(平和そのものの星系なんだけど、三隻の商船、百二十人近い人が行方不明になっているんだ……)


 直径五十億キロメートル、四・六光時の中から、たった三隻の船を見つけ出すことは不可能だと思えてくる。

 超空間航行中のブリーフィングでは、小惑星帯を中心に捜索を行い、脱出用ポッドや船の残骸を探すとのことだった。

 主星から小惑星帯までの距離は十五億キロメートル。全周は百億キロメートルにも達する。

 軌道計算を行えば、範囲はかなり絞り込めるが、それでも相当広い範囲の捜索が必要になってくる。

 また、士官だけで行われたミーティングでは、遭難の可能性は低く、私掠船か通商破壊艦の可能性が高いことが話し合われていた。


(三隻の商船が遭難した時期が二ヶ月くらいにわたっているのが気になる)


 私掠船、通商破壊艦のいずれにしても二ヶ月間もの長期間に亘り、単一の星系で行動することは考えにくい。唯一補給体制が整っている場合はその限りではないが。


(いくら日に一隻程度しか通過しないとは言え、〇・一光速で進めば、星系横断に二日程度掛かる。補給艦が行動すれば商船に発見されると思うんだけど……)


 敵がいるとしても補給体制をどうしているのかが、気になっていた。


(補給船が定期的に来ることはない。商船から奪うという手もあるけど、それを気にしながら襲うことはかなり難しいと思うんだが……)


 この点は士官たちも気にしていた。

 小惑星の中で公転周期の遅いものは千年近い周期を持つ。主星の質量が小さいため、全体に公転周期が長く、質量のある小惑星は必然的に長周期になるためだ。この小惑星帯のどこかに補給船を隠すことができれば、更に言えば、補給船ごと拠点化してしまえば、長期にわたって作戦が行える体制になる。


 士官たちの結論は仮に小惑星に拠点を作ったとして、今回のようにすぐに捜索の手が伸びれば、投資した分が無駄になり、数回使用するために拠点化することはコストの面から割に合わないだろうということだった。

 そして、拠点ではなく、ステルス性の高い補給船を小惑星帯に隠し、定期的に通商破壊艦が交替していると考えるのが妥当だろうという結論に達した。


(数が多ければ隠れ、少なければ全滅させる。ありそうな気がするな……まあ、艦長たちも可能性をすべて否定したわけではないから、問題ないんだろうけど……)


 彼が物思いに耽っていると、後ろの指揮官席から声が掛かった。


「ミスター・コリングウッド、考え事をしているところ済まないが、デイジー27に回線を繋いでもらえないかな。君の考え事が重要で無いならな」


 艦長からの一声で彼はすぐに正気に戻り、「了解しました、艦長アイ・アイ・サー、直ちにデイジー27との回線を開きます」と冷や汗混じりに通信コンソールを操作し始めた。


「こちらHMS-L2502034、ブルーベル34。HMS-L2504027、デイジー27、マイヤーズ艦長が貴指揮官との通信を希望しております。こちら……」


 すぐに回線は繋がり、デイジー27の艦長ジュディス・ホーカー少佐がメインスクリーンに現れた。

 ホーカー艦長は三十歳を少し過ぎたくらいの女性士官で、鋭い目付きから“ホークアイ・ジュディ”という渾名がついている。性格的にはファイアータイプの士官で積極果敢な行動により少佐に昇進し、スループ艦の艦長になった。

 今回の任務でもマイヤーズ少佐より先任ということで全体の指揮を任されている。


「ジュディ、忙しいところ済まない。これからの行動方針を話し合っておこうと思ってね」


「構わないわ、エルマー。そちらの提案を先に聞くわよ」


 マイヤーズ艦長は、捜索範囲の設定と自分たちの連携体制、緊急時の処置について、ホーカー艦長に提案していく。

 連携体制については、ブルーベル34が小惑星帯に先行し、相対速度を〇・〇〇一光速まで落として捜索を行う。デイジー27は速度を〇・一光速程度に保ったまま小惑星帯の上方を通過し、捜索を実施するというものだった。

 敵発見時は二隻で対処するものとし、不用意に攻撃は仕掛けない。更に敵の規模が判明したら、一隻はキャメロットに戻って通報。もう一隻が敵を牽制しつつ、増援が来る一ヶ月程度、敵を釘付けにするという作戦を提案した。


「妥当なところね。判ったわ。但し、小惑星帯に入るのはデイジーよ。上をタラタラ飛ぶのなんて性に合わないから」


 マイヤーズ艦長はある程度こうなることは予想していたが、「君が指揮官なんだ。指揮官自らが飛び込んでどうする」と再考を促す。だが、ホーカー艦長は、「駄目よ、エルマー。ごめんなさいね」と笑顔で返した後、「正式な命令書を送っておくわ」と取り付く島が無かった。


 マイヤーズ艦長は首を横に振るが、指揮系統の混乱を防ぐため、特にそれ以上は何も言わず、「了解しました。戦隊指揮官コモドー殿」と笑いながらそう言って通信を切った。

 コモドーは准将のことを指すが、戦隊司令という意味もあるので、厳密には間違いではない。だが、この場合、戦隊指揮を任された佐官が調子に乗っていることを皮肉る言葉として、仲がいい者同士で使われるジョークに近い。

 クリフォードは今のやりとりを聞き、自分は十年後にこんな孤独な星系で全責任を負うような地位につけるのだろうか、二隻合わせて百五十人近い人の命を預かれるのかと不安を感じていた。



 デンゼル航法長は隣の席で緊張しているらしい候補生を見て、若いなとほほえましく思っていた。

 考え込む性格にやや危惧を覚えるものの、この歳で慎重になれる思慮深さは貴重だと考えていた。

 そして、「ミスター・コリングウッド、君ならどこを探る?」と、悩む若者を見て、何となくそんな話を振ってみた。

 クリフォードは、突然振られたことに驚きながら、抑え気味の声で素直に答えていく。


「自分ですか? えっと、自分なら三ヶ月前から一年後までの期間、航路上を通過する小惑星を中心に調査します。できれば高速で通過しながら」


 艦長の方針と違うことを平然と言う彼に少し驚きながら、「救助が前提ではないのかい?」と確認する。

 彼は艦長たちの方針に反していることに気付かず、そのまま自分の考えを口にしていった。


「はい、既に最後の商船が行方不明になってから一ヶ月。ここを通過した商船の数は十隻を超えています。いくらなんでも救難信号が出ていれば分かるはずです。それに……」


 口篭った彼に「それに?」と続きを促す。


 彼はどう説明していいものかと考えながら、「はい、救命艇で脱出した場合、救難信号が出せる健全な状態で一ヶ月が限界ですから、既に全員死亡していると考えるべきかと……」と答えるが、最後の方は自信なさげに小さな声になっていった。


 デンゼルが「だが、商船の通信機能では小惑星帯のような条件の悪い場所で完全に機能するとは言えないんじゃないか?」と彼を試すように問い掛けると、

「確かにそうなんですが、十隻すべてが数光秒以内の救難信号を拾い損なうというのは考えにくいと思いますが……」と、彼は根拠を述べていった。

 面白くなってきたデンゼルは、「高速で通過を繰り返すのはなぜだい?」と最初に感じた疑問を口にする。


 こちらの質問は答えやすいのか、少し自信を持った口調で、「もし、大型の通商破壊艦であればスループ二隻ではかなり荷が重いと思います」と答えた。

「こちらの利点は機動性ですから、できるだけ機動力を生かせる方法で敵にこっちが見ているんだぞと見せ付けてやるんです」と少し声が上ずるような感じで根拠を述べていく。

 デンゼルが何も言わないため、更に相手の心理状態の考察まで付け加えた。


「二隻のスループが互いにカバーできる範囲で機動を繰り返せば、通商破壊艦は隠れ続けるか、こちらに姿を見せるかの選択を迫られます。向こうにはこちらの索敵能力は判りませんから、数日間索敵を繰り返せば、そのうち焦れて出てくるはずです」


 少し興奮気味に続ける候補生を見て、デンゼルは少し彼を見直していた。だが、自分の指揮官の案に反対していることを気付かせるため、艦長の考えを教えていく。


「なるほど。だが、我々は救助の可能性がある限り、自国民を見捨てることはできない。だから、その作戦は採用できないんだ」


 デンゼルは彼の肩をポーンと叩き、笑顔でそう言ってから、艦長に向き合う。


「艦長。コリングウッド候補生の案にみるべきところがあると思いますが、いかがですか? 実習を兼ねて作戦案を提出させたいと思いますが」


 マイヤーズ艦長も今のやりとりを聞いており、「ブランドン、君が責任を持つなら構わんよ。候補生、本日二〇〇〇までに作戦案を提出するように」と言って、CICから立ち去っていった。



 クリフォードは焦っていた。

 艦長に作戦案を提出するまであと四時間。その前にデンゼル大尉に目を通してもらう必要があるため、実際には残り三時間程度しかない。

 作戦案は一応頭の中にあったが、数字をまとめる必要があり、AIと音声による意思疎通をしながら数字をはめ込んでいく。


「小惑星帯の索敵範囲を幅三光秒(九十万キロメートル)×五十光秒(一五〇〇万キロメートル)を最小単位として……」


 三時間後、彼はようやく作戦案を完成させた。

 そして、デンゼル大尉に会いに士官集会室ワードルームに向かった。


 デンゼル大尉はワードルームで読書をしていた。

 彼はクリフォードの声を聞き、読書を中断すると、「ミスター・コリングウッド、座りたまえ。で、作戦案は?」と笑みを浮かべながら尋ねる。

 クリフォードは「大尉のPDAに転送します」といって、作戦案を転送し、デンゼル大尉は自分のPDAを眺め始める。

 最初は余裕を持って読み始めたが、徐々にその表情が硬くなって行く。

 彼は作戦案を読み終わると、すぐに立ち上がり、「候補生、すぐに艦長に会いに行くぞ! 今ならまだ間に合う」と口調を任務中と同じに戻し、上着を肩にかけて士官室のラウンジを出て行く。

 クリフォードは自分の作戦案が悲観的であることは理解していたが、航法長がそこまで急ぐ理由が理解できなかった。


(確かに僕の作戦案には小惑星帯での危険について考察があるけど、そこまで悲観的な状況ではないと思うんだけど……)


 彼は上官を待たせるわけにもいかず、必死に艦長室に向かうデンゼル大尉の後を追いかけていった。



 デンゼル大尉はクリフォードの作戦案を見て、我々士官全員がある事実を見落としていたことに気付く。

 彼らは一隻目のリバプールワンの積荷を気にしていなかった。正確には零細企業の儲けの少ない積荷だな程度の認識しかなかったのだ。

 そして三隻すべてが遭難したと思い込んでいた。

 クリフォードが指摘したのは、リバプールワンの積荷がヤシマから輸入するには珍しい工作機械と動力炉の部品であること、そして、リバプールワンが通商破壊艦の運用側に雇われた又は乗っ取られた可能性があることを指摘していた。

 更に、リバプールワンが囮となれば、見知った船からの救援であるため、大手の商船会社としても無視できない可能性があることも指摘していた。そして、次に救難信号を受信する時は第四の船である可能性が高く、その船が通商破壊艦である可能性が高いとも書かれていた。


 クリフォードの作戦案は上記の推測に基づき、もし救難信号を受けても艦で接近せず、ランチを派遣することとし、二隻のスループは小惑星帯の外で警戒しつつ、ランチで対応できない場合のみ一隻が急行するという案であった。

 この案ではランチの加速性能では救助に時間が掛かることが問題となるが、既に一ヶ月以上経っていることから、数時間の遅れが致命的になる可能性は低い。

 更にランチで周辺をスクリーニングすれば、通商破壊艦や支援ベースなどを発見する可能性も高くなる。

 敵から見れば、小物であるランチに手を出して、本命の哨戒艦に対し奇襲できる機会を失うリスクを犯すべきか悩み、ランチを乗っ取りに掛かるか、ランチを攻撃した上で哨戒艦に勝負を賭けるかの決断を迫ることになる。ランチの乗員を危険に晒すことになるが、艦本体を危険に晒すよりは安全な策と言える。


 彼の案の索敵方法は、スループによる捜索範囲を最も通商破壊活動に適するであろう宙域に設定し、その範囲から螺旋状に捜索範囲を広げていく案となっていた。

 この方法では二隻を支援できる距離において捜索を進めるため、捜索期間が長くなることが問題となるが、敵が潜む場合は焦らす効果も期待できるとしていた。


 デンゼル大尉は既に小惑星帯に入ったデイジー27とその前方を〇・一光速で進む自艦の位置を頭の中で思い浮かべていた。

 クリフォードの予測でいう最も通商破壊に適した宙域に入っており、デイジー27とは二十光秒以上距離が開いている。

 現状では減速してデイジー27の位置に接近するまで、最大加速で減速しても四十分程度の減速・再加速が必要で、更に接近時の減速でも二十五分程度必要になる。移動時間を含めると最短でも一時間以上掛かる計算だ。


 彼は艦長室の前に着くと、クリフォードが着いてきていることを確認し、扉を叩いた。

 中に入り、マイヤーズ艦長が口を開く前に危機が迫っていることを切り出した。


「デイジー27に危機が迫っている可能性があります。コリングウッド候補生の作戦案をまずご覧下さい」


 彼は自分のPDAからマイヤーズのPDAにクリフォードの作戦案を転送した。

 マイヤーズはそれを一瞥してから、「確かに候補生の考察には見るべきものがある」と口にするが、それ以上のコメントはない。


「艦長。直ちにホーカー艦長に罠の可能性を連絡すべきでは無いでしょうか?」


 マイヤーズ艦長は首を横に振り、「候補生の提案で現行の作戦を放棄しろと?」と呟き、更に言葉を続けていく。


「ホーカー艦長にもデイジー27の士官たちにもプライドがある。明らかに証拠があるなら別だが、何の証拠も無い現状では無理があるな」


 彼は更に食い下がり、「ですが、危険があるのなら……」と言ったところでマイヤーズ艦長に遮られる。

 そして、艦長は彼の肩を叩きながら、「ブランドン。言いたいことは判るよ」と言ってから、「だが、作戦変更は無理だ。念のため、ホーカー艦長には可能性として話をしておこう」と言って、話を打ちきる姿勢を見せた。


 彼もここまで言われれば引き下がらずを得ないと諦めた。

 艦長はクリフォードに向かって、「ミスター・コリングウッド。今回の作戦案は評価に値する。通常勤務に戻れ」と言って二人を退出させた。



 エルマー・マイヤーズはクリフォードの作戦案を見て、自らの視野の狭さを恥じていた。


(一隻目は比較的楽な零細企業の商船を狙ったものだと思い込んでいた。確かにすべてではないが、積荷におかしな物があった……)


 彼は直ちに戦闘指揮所CICに連絡し、デイジー27への回線を開くよう指示を出した。


「マイヤーズだ。アナベラ、至急デイジー27に回線を繋いでくれ」


 アナベラ・グレシャム副長は「了解しました、艦長」と答えた後、通信員に命令を出していく。そして、「どうしたんですか。緊急事態でも?」と彼に尋ねてきた。


「いや、少し気になることがあってね。ホーカー艦長に伝えておこうと……」


 彼がグレシャム副長に説明していた時、「艦長。デイジー27との回線を繋ぎました。二十三秒のタイムラグがあります」と通信員が割り込んできた。


 彼はクリフォードの考えた可能性をホーカー艦長宛に送信し、返事が返ってくる四十六秒をじれったい思いをしながら待っていた。


 長い四十六秒が過ぎた後、笑顔のホーカー艦長から「了解したよ、エルマー。だが、そこまで悲観的なことはないだろうね。まあ、気にしておくよ」という返信が届いた。

 彼は一旦デイジー27に接近しておこうと考え、「ブルーベルは一旦そちらに接近する。もう一度……」と言ったところで、「どうやら救難信号を拾ったようだよ。ちょっと忙しくなるから、一旦切るぞ」というホーカー艦長からの声が被る。


 マイヤーズは回線が切れる前に「ジュディ。気をつけろよ。こちらも現場に向かう」と口に出したが、タイムラグの関係でこの声が届かないことに気付いていた。

 彼は「CIC。デイジーが救難信号を拾った。すぐに現場に向かうぞ」と指示を出した後、CICに向けて駆け出していった。

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