第5話 倉庫スペース203→螺旋階段
――今、何が起こった。
トウヤの背中を呆気にとられながら見送って、無機質な自動ドアがその光景すら遮っても、わたしはしばらく身動きが取れなかった。
壁に背中(いや、正確にはスクールバッグか)をもたれさせて、そのままずるずると床にしりもちをつく。閉まったドアを見つめたまま、わたしはついさっきの出来事を脳内でリピートしまくった。
「……いや、いやいやいや。何だ、何なんだ今のは!」
頭を抱え、叫ぶ。
「や、ちょ……落ち着け、冷静になるんだ、成海宝良。ビークール、ビークール……」
条件反射のように、ぽんっと脳内に登場したビーグルの子犬。何だか見慣れてしまった光景に、和むより先に妙に頭が冷えてくる。
「……よし、おさらいだ」
わたしはトウヤをこの倉庫エリアとやらに残して、もう一、二階分上のフロアに移動しようと考えた。どうも武装パーツさん達は歩く速度でしか追いかけて来ないようだし、上手く動き回ればこっちの事を見失ってくれるんじゃないかと思い立ったのだ。少なくとも、二手に分かれれば追っ手の数は分散されて確実に減る。トウヤの中には『逃げる』という行動について正しい認識がないような気がするが、追いかけて来る相手の数が減ればトウヤでも何とか逃げ切れるのではないか、とかちょこっと期待したわけだ。
ところがどっこい。逆にトウヤがわたしをこのエリアに残して、しかもご丁寧にカメラの死角に押し込んでくれて、行ってしまった。今のところ、『国の外へ行く』以外のはっきりした指針を持っていないはずのトウヤは、おそらくわたしが言ったように上の階へ移動しただろう。
急にどっと疲れを感じて、それを押し出すように息を吐く。
「……まっさかトウヤがこんな行動に出るなんて……意外だ、意外すぎる。絶対『思いやり』とか概念すらないと思ってたもんなー」
というか実際、知らないはずだと、今でも思う。
「なんたってパーツだもんね。……『いきもの』の概念は知ってても、自分達もそうだなんて考えもしてないんだもんな」
パーツとは、つまり部品だ。この場合、トウヤ達はこのルーデル・ポリスの機能を支えるための部品、と言える。通常、部品というのはそれぞれ最初から決まった役目があって、単純にそれを果たすものだ。本来は無機物だから、当然感情なんてない。自分で思考する事はないし、自発的な行動を取る事もない。必要ないという以前に、『モノに感情はない』なんて事は常識の範疇なのだ。
「……モノっつっても、ネジよりはレベル高そうだけどね。イメージとしてはどっちかっていうとそこの自動ドアとかに近いのかなあ」
自動ドアには自動ドアの機能があり、動作を制御するプログラムがあり、そのプログラムのコアあたりが開閉の命令を出して実際に動作する、のだと思う。専門家じゃないから詳しくは知らない。
トウヤ達の場合、このプログラムのコアにあたるのが、《マザー》と呼ばれる何かなのか。これはただの推測で、可能性で、確定ではない。だから、仮にそういう事だとする。
彼ら《パーツ》と呼ばれるこの国の住人は、《マザー》から与えられる指示命令に従って動作するだけの部品なのだ。
ふざけた話だとは思うし、普通に考えてあり得ないとは思うけれど、不可能だとは言えない。
「生まれた時からそう教え込まれてりゃ、そう信じるしかないし……最初から最後までぜーんぶ指示通りってんじゃ、思考力とか育たないわなそりゃ……」
だからトウヤは、カメラの設置場所は知っていても、それを避けて歩こうとは思わない。考えない。思い至らない。カメラはそこにある、という事実情報だけで終了してしまう。
しかし、本来人間とは生き物なのだ。生き物には、絶対に消えないものがある、とわたしは思っている。
いわゆる《本能》というものだ。
どんなに飼い殺されても、《本能》は消えない。ペットとか見ていると、必要がなくなればある程度退化する事は分かる。しかし、完全に消えるわけでもないと思う。
お腹が空けば、誰に「食事をしろ」と言われるまでもなく何かを食べようとするだろうし。眠くなれば勝手に寝る。命の危機に瀕すると、遺伝子を残そうとするのか性的欲求とやらが増す、という話も有名だ。
「うーん……思考しないっていうのは、案外難しい気がするな。『お腹が空いた』って感じたら無意識に『何か食べなきゃ』って考えるんだし。……つまり、パーツってのにはそういう機会すらないわけか。そんなところまで管理されちゃうとか、ないわー」
トウヤは疑問を覚える事で人間味が増してきているように思えるが、武装パーツあたりは怖くなるくらい無機質に見える。顔の半分を隠してしまう機械カバーのせいもあるかもしれないが。普段あまり意識しないところだが、目にも表情があり、また全体の表情を支える部分なのだと痛感する。
「……うん、トウヤは目が見えたから、こっちも警戒心薄れたしな。そういう意味でも大事だわ。よく覆面キャラとかって鼻から下隠すもんなー。顔半分見えないともうその人がどんな顔してるかなんて分かんなくなるんだな。勉強になった」
できれば一生知らずにいたかったけどな、そんな事。
「まあそれは今はどうでもいいや。とにかく、ここの住人……パーツっていうのは、基本的に《本能》がかんなりうっすいんだろうな」
欲求が存在すれば、必然的に思考も存在するのではないか。そう考えると、《思考する》という事は、人間の《本能》と言っても差し支えないのではないか。
残念ながらわたしは自分自身もそうであるはずの人間について詳しく知ってるわけではないのだけど。
普通に生きていれば、育つ環境で程度の差は生まれても、思考はわたしたちにとって当たり前の作業のような気がする。少なくともわたしの知る現代社会からしてみれば。
なら、いつから人間は思考する事を始めたのだろうか。
「……って、んなこと誰も知らないわなー」
歴史でも科学でも、そんな話は聞いた事がない。
しかし、大昔の人間達は道具を作り出し、使う事を覚えた。それを教えた誰かがいるのか。
「あ、神様なら知ってるか」
うん、かなりどうでもいい。
どういう経緯で道具を作り使うようになったかはともかく、それが必要なものであり、また便利なものであると判断したのは当時の人間達だ。
「そういうふるーいふるーい時代から、思考を続けてきたわけなんだよねー、人間って」
たぶん。きっと。
「そー考えると、思考する機会を完全に奪おうってのは無理ある気がするな……結構些細な事がきっかけになりそう。トウヤなんて、まさしくそれなんだろうし……」
だからこそ、この国には《イレギュラー》という存在が生まれてしまうんじゃないかな。
トウヤから聞かされた、廃棄処分にされたというイレギュラーだったひとの事を考える。男なのか女なのかも知らないけど。
「ていうかここって男女の概念あるのかな……なくてももう驚かないぞーふははは。……たぶん」
そのひとがどういった経緯でイレギュラーになったのかは、すでに闇の中だ。いつの事だかは知らないが、廃棄されてしまったらしいから。
とにかくそのひとは廃棄される事に気づき、泣いたのだという。
多分、この国には《死》という概念すらない。《廃棄》という言葉から、それは窺い知れる。必要なくなったモノは廃棄される。わたしにとっても当たり前の事だ。人間は必要ないものを簡単にごみ箱に放り込む。ごみはごみ処理場に運ばれて焼却されたり、またはリサイクルに回されたりする。
……トウヤは、廃棄後は養分として扱われるって言ってたから、ここではリサイクルな感じだなあ。
「……養分って、なんだろな」
深く考えちゃいけない気がぷんぷんする。
「――よし、忘れよう! はい、忘れた!」
パシン、と両手を打ち合わせて思考のフォーカスを廃棄されてしまったイレギュラーさんに戻す。
人間は普通、《死》という概念を知っていて、その先にある虚無の姿に恐怖を感じる(少なくともわたしはそう考えている)わけなのだが、トウヤ達にはそういったものはないはずだ。死に対する恐怖なんて、こういう言い方はしたくないが、パーツには必要ないものだから。
「生まれた時から、『不要なパーツは廃棄しますよ、そして養分になりますよ、そういうもなんですよ』って叩き込まりゃ、そういうものなんだと思って当たり前だよね。ある意味洗脳だわ。そんな中で、廃棄されるって泣くようなひと……パーツは、いないわなあ」
普通なら。
……それが、この国の《普通》なのだ。
イレギュラー。それはつまり、思考する事を知ってしまったひと。《本能》に目覚めてしまったひと。
そのひとは、感じ取ってしまったんだろう。《本能》の声を聞いてしまったんだろう。
《死》は、恐いものなのだと。
たぶん、だから泣いたんだ。本能的な恐怖から、本能的に涙が流れた。それはきっと、とても原始的な衝動。
そのひとの周りには《パーツ》しかいなかった。《人間》はいなかった。だから、自分の目から流れるものが涙というものだという事すら知らないまま……もしかしたら自分が感じた恐怖が《恐怖》というものであるという事すら分からないまま――、
「死んじゃったんだなあ……」
死んでしまった。終わってしまった。もしかしたら、『楽しい』も『嬉しい』も、『幸せ』も知らないまま。『恐怖』だけを抱えて。
そのひとは、《人間》として始まってすぐに、終わりを迎えてしまったんだ。
映像で見ていたトウヤの記憶に、その姿を焼きつけて。
――トウヤ。
トウヤがどうしてわたしをここに置いていくという選択をしたのかは分からない。
けれど、トウヤが何かしら思考した結果、自分が囮になったほうがいいという結論が出たのだ。囮なんて言葉、トウヤは知らないだろうけれど。
「でも何だってそんな結論になったんだ……?」
もちろん、この建物の構造についてはわたしよりトウヤの方が断然詳しい。それが分かっているから、「巻き込んじゃえ!」なんて馬鹿な事を考えたわけだし。
そういう点では、ルーデル・ポリスの事をほとんど知らないわたしより、ずっと囮に向いているのだけれど。
「……不安だ。すっげー不安だ。うっかりどっかで捕まっちゃってそうだよ? てゆーか、そもそもあいつ、どうやって武装パーツ撒けばいいか分かってんの……?」
……うん、普通に分からないはずだよね?
「そうだよトウヤに囮なんてできるわけないじゃん! 何こんなところで座り込んでんのわたし!? ていうか今の今まで走った経験すらなかったようなやつがどうやって武装パーツ撒くんだよ、馬鹿じゃないのか!? ――でそれほったらかしてるわたしはザル馬鹿だー!!」
すくいようのない馬鹿って意味です。
慌てて立ち上がり、バッグを肩から下ろしてその場に残し、ドアを目指す。捨てるわけじゃない。ただ、走り回るには重過ぎるから、とりあえず残していく事にした。
ドアの前へ行くと、自動的に横へスライドして消えた。一気に視界が真っ白になったけど、もうずっと見ているからか、異常なほどの眩しさに目が慣れるのも速くなった。
足を止めたのは一瞬で、すぐさま飛び出して階段へと駆け寄り、胸元の赤いリボンを乱暴にはずしてエレベーターホールの前に落とす。パッと見どこの階も似たような造りになっているから、迷わないための目印だ。白い世界に、赤いリボンはとても目立つ。
「……誰も拾いませんように!」
清掃パーツとかいそうだし、そういうのが通りがかったら捨てられそうで怖い。が、とにかく今はこれ以外に方法が思いつかない。じっくり考えている時間もない。
すう、と一息吸い込んでから、階段を駆け上り始めた。
(行ってどうなる)
そう思う私もいる。武器も何にも持ってないわたしが向かったところで、助けになんてなれないかもしれない。
(それでも、行かないでどうする!)
そう、別のわたしが叫ぶ。
トウヤはわたしが巻き込んだ。道連れにしてしまった。一方的な運命共同体。トウヤが死んでわたしが生き残るなんて、あっちゃいけない。それだけは、絶対にあっちゃいけない。
わたしはトウヤを連れて外へ行く。トウヤをこの国の常識から逃がす。それができないなら、一緒に死ぬ。
わたしがトウヤにしてあげられるのはそのくらいの事で、だからそうしようと自分に誓った。で、わたしは死にたくないからトウヤを死なせないよう、できる限りの事をすると決めたのだ。
「……ってゆーか、階段ツレーよッ、クソッ!」
早々に息が上がりだし、舌打ちしたい気分にすらなった。しかしそんな余裕もはるかかなただ。
エレベーターを使いたい欲求に駆られるが、あれはダメだ。呼び出すためのボタンがないし……多分、この国のメインシステムなんかが上下の移動を管理操作しているはずだ。そうでなかったとしても……例えばボタンが存在したとして、エレベーターに乗って目的の階にたどり着く事ができたとして。ドアが開いた目の前に武装パーツが展開していたら。逃げ場がなくなる。だから、とにかく階段を駆け上るしかない。階段だってカメラがあるはずだから結局監視されてるようなものだろうし、挟み撃ちにされたら危険だけど、エレベーターよりは断然マシだ。動き回る余地が残されているのだから。
ぜっ、と耳障りな音が喉奥から出る。動きが鈍くなった足を一旦止めて、滅多にない過負荷でギシギシ音がしそうな膝を手で押さえる。ぽたぽたと、足元に汗の玉が落ちていく。
「はっ……あー……水、欲しっ……」
そういえば、さっきの倉庫フロアの通路で目が覚めて以降、水分を一滴もとってない。それでこれだけ激しい運動しているのだから、喉が渇くのは必然だ。
水分は人体に不可欠な要素だ。補給なしではすぐに死んでしまう。スクールバッグの中に水の五百ミリペットボトルが入ってるはずだが……。
「あれじゃ、足りないだろう、なあ……!」
あれは朝、学校に行く前にコンビニで買ったもので。記憶が途切れた時点で学校から帰る途中だったわけだから、ペットボトルの中に水はそれほど残っていない。
さっきのフロアは倉庫フロアだと言うし、水とか食料とか貯蓄されていないだろうか……。うまく外に出られたとして、その後もどうなるか分からない。生きるためには、少なくとも水だけは十二分に確保しておく必要がある。
少し呼吸が落ち着いてきた。膝の鈍痛もさらに鈍くなって、どうにか走れそうだ。最後に一つ深呼吸。
「……っし! ファイトだ宝良!」
膝に喝を入れるようにバシンと叩き、丸くなっていた背筋を伸ばす。足を再度上げ、上の階を目指す。聞こえる足音は自分のものだけ。
「……変、だなっ……」
さっきからちっとも武装パーツと出くわさない。
追いかけて来ていた武装パーツの姿は見ていないけれど、聞こえた足音は間違いなく集団のそれだった。わたしを捕まえたときも集団だったし、イレギュラーの捕獲は基本的に集団なのだろうか。それにしたって……倉庫フロア周辺に誰もいないというのは、どういう事だろう。わたしが気づかなかっただけかもしれないけど。
「……まさか、全員トウヤ追ってったとか、……!?」
自分で言って、大変な事に気づいてしまった。
「つーか何で今まで気づかなかったかなわたしは馬鹿かええ馬鹿ですともっ!」
トウヤ達はパーツとして、国のメインシステムあたりに行動を管理されている。しかし、そのために必要な監視がカメラのみで行われているとは思えない。カメラは万能ではない。国内全部をあまさず監視できているとは思えない。さっきトウヤがわたしを押し込んだようなカメラの死角は、おそらく他にもあるはずだ。カメラだけではイレギュラーの判別も難しい気がする。
それでも、イレギュラーは発見されるし、トウヤ達は行動を管理されている。
――もしかしてもしかしなくても、トウヤ達はカメラとは別の何かしらの装置によって、位置情報とかそういう諸々のものをチェックされているのではないだろうか。
「……ヤッバ……!」
この推測が正しければ、トウヤは現在狙い撃ち状態だ。しかも位置情報をメインシステムに握られているなら、トウヤが現時点で捕まらずに逃げ続けられていたとしても、武装パーツを撒くなんて事は絶対に不可能だ。武装パーツや指示元がどのくらい臨機応変に動けるかは分からないが、リアルタイムな位置情報があるならそれを元に先回りする事だってできてしまう。
少しずつ次の踊り場が見えてきた。トウヤはこのフロアにいるだろうか。まだ、捕まっていないだろうか。
普段あまり激しい運動をしない脚の筋肉と骨が悲鳴をあげている。
「だぁクソ! もうちょっと普段から運動しときゃよかった!」
足が痛い。ものすごい苦しい。酸素が足りないのか、頭もガンガンしてきた。
「階段なんてっ、でぇっ嫌いだっ!」
それでも、足を止めるわけにはいかない。どうにか踊り場まで全力で駆け上がり、
――その勢いのまま、ふいに踊り場に入り込んできた何かに思いっきりぶつかった。
「のわぁ!?」
「っ!?」
わたしの奇声に食いつぶされそうなほど小さな悲鳴を、耳が拾った。
衝突で勢いは殺されたものの、階段を駆け上ってフラフラ状態なわたしが自分の体を支えられるわけもなく。また予想もしなかっただろう衝突の衝撃を受け止める体勢など相手方も取っていたわけがないので。
わたしはぶつかった何かも巻き込んで、一緒に床に倒れた。
「あいっ、たー!?」
どうにか床への顔面激突は回避したものの、代わりに下敷きにした右腕が痛い。二の腕が痛い。ぶつけた痛みももちろんあるが、何かが刺さったような鋭さが一点混じっている気がする。
「な、何……!?」
血みどろ覚悟で起き上がって、痛む個所を確認する。
「……うなー? 何もない……?」
右の二の腕部分は、きれいなものだった。ブレザーがほんの少し黒くなっているが、倒れた拍子に汚れただけだろう。
あとは、パチパチと爆ぜるような音が聞こえるくらい。
「……うな? 爆ぜる?」
音の発信源はわたしの腕じゃなくて床のほうだった。
ちらりと下を見やり、
「のわぁ!?」
パチパチと音を立てて踊り散る火花の存在を脳が認識した瞬間に、よく分からない悲鳴を上げて素手でその場から払いのけた。硬い感触とともに、火花に触れたのか一瞬の痛みに似た熱。払いのけたそれは軽く浮き上がり、硬質な音を立てながら床にぶつかり、機械っぽい残骸を撒き散らしながら転がっていく。
息を詰めて、数メートル先に移動したそれをじっと見つめる。少しでも距離を取ろうとして尻もちをついたまま後退するが、すぐに何かにぶつかってしまった。しかし固定されているものではなかったようなので、それごと更に数センチ離れる。
しばらく。
それはバチバチと火花を散らせ、しゅうしゅうと煙を上げはするものの、いつまで経ってもそれ以上の変化を見せない。
ぶはっ、と溜め込んだ息を吐き出すと、少しだけ肩から力が抜けた。
「ああぁー、びっくりしたー! マジで爆発するかと思ったわ!」
何事もなくてよかったよかった。
緊張感が一気に緩むと、次は自然に現状についての疑問がぽこぽこと頭を出してくる。
「何だろな、あれ……なんか、トウヤが耳にくっつけてたものに似てるような……潰れてたけど」
いや、わたしが潰したんですが。
腕に何かが刺さったような気がしたのは結局気のせいだったわけだけど、火花がパチパチしていたせいでそういう風に感じたのかもしれない。
「……よく考えると、火花出てるブツに素手で触るってすごく危険だよね! 下手したら火傷モンだよね! とっさの行動って怖いな、何も考えてないんだから! 友達が見てたら『馬鹿』って怒られるとこだわ!」
ちなみに、その友達は考えなしなわたしの行動を幾度となく怒ってくれている。前に、ノーコン男子が放ったノーコンボールから友達を庇ったときも怒られた。サッカーボールじゃなくて野球ボール。わたしの頭にクリーンヒットして、わたしはこぶを作った。そしたら当の友達に「馬鹿ー!!」って涙目で怒られた。「打ちどころが悪かったら死ぬんだよ、もっと考えて行動してよ!!」とマジギレだった。最初は「解せぬ」と思っていたわたしもさすがに納得し、自分が無茶をしがちであるという自覚を持つようになった。
……が、それがいい方向に働いているかは正直なところ分からない。そういう場合は大抵とっさの行動で、今のように、何にも考えていないのだから。
払いのけるのに使った右手を一応確認。アレが当たったのだろう箇所が若干赤くなっている。
「うあー……なんかヒリヒリしてきたかも……」
こういうのは、意識した途端に痛みがやってくる。人間って不思議。
まあ赤いのは思いっきりあの機械を叩き飛ばしたせいもあるかもしれないし。冷やさなきゃ、と思うほど痛くもない。
「ん、大した事はなさそうだね」
一安心。ほっと息を吐き出す。
そして、次なる疑問に首を傾げた。
「……そういえば、わたし何かにぶつかって倒れたんだよね。一体何にぶつかったんだ?」
くるり、と自分の背後を振り返った瞬間。
ひたり、と冷たく硬いものが鼻先に触れた。
「……へっ?」
目を丸くして、ぱちくりする。目の前には機械的目隠しをしている白っぽいひと。トウヤとは違って髪の毛が少しふわふわしている。輪郭はどことなく幼いような気もするがそれは今どうでもいい。ゴツゴツしていて殴られたら痛そうなグローブをはめた手は握り拳でも作るように丸められ、何かを握っている。右手の人差指だけが、拳から離れて浮いている。まるで銃のトリガーにでも指をかけているかのようだ。
焦点を徐々にずらしていき、鼻先にあるものを確認する。目の前のひとが握っているものは、やはり白い。それは拳の上で折れ曲がり、わたしに向かってすらりと伸びている。まるで銃身のような硬質なフォルム。
……『まるで』じゃない、『間違いなく』だ。
このひとの右手人差し指はトリガーにかかっていて、銃身がわたしに向かっているって事は銃口が突きつけられてるという事だ。
銃口を向けられるのは二度目だけど、一度目とは状況が違う。これはヤバイ、絶対ヤバイ!
マジで死んじゃう五秒前!? 撃たれる三秒前!?
わたしゴゥトゥヘヴンですかあああぁぁぁ――――――――っ!?
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