イレギュラーズ
KOUMI
第1話 倉庫エリア通路
「……どこさここ!」
見知らぬ空間に仁王立ちして、第一声はそれだった。叫ぶようにして出た言葉はたったの五文字だったが、それこそが今の心境をもっとも表す言葉でありそれ以上に最適な言葉もなかった。
ただし声はむなしく響くだけで、返ってくる言葉は一つもない。
「おいおいおい……ちょっと待て、ちょっと待ってよ。わたしはいつの間に瞬間移動なんて面白技を覚えたんだ!?」
両手で頭をはさみこんで、立ったまま直前の記憶を振り返る。
「――って待て。そもそもわたし、何してたんだっけ? あれ、何これやばい思い出せない!? マジでわたし何してた!? えっと、えっと……」
一人で慌てて、うろたえる。
「あ、そうだ! 学校帰りに友達と寄り道したんだよ! 無性にクレープ食べたくなって! そんで……駅前のショッピングセンターの、クレープ専門店のろくじ屋までは行った。注文も……したね。お金も払った。で、クレープ受け取って……うん……、うん……?」
光が見えたと思った瞬間、行き詰った。呻くような低い声をこぼし、必死に脳みそを絞ってみたが、それ以上、その先はひとかけらだって浮かんでこない。記憶がぷっつり途切れている。クレープに口をつけた記憶もない。
「わ、わたしのクレープっ……!! ろくじ屋のクレープ、久しぶりだったのにぃ!!」
今ショック受けるべきなのそこじゃない。
「ぐすん。――てかここ目が痛い! 白い、白すぎる! 長時間いたら目が潰れんじゃないの!?」
ぽろりとこぼれた涙を拭うために目元にやった手で、目を覆い隠して保護。強いすぎる白い光に、周囲の壁もまた見事に光を反射しそうな白い壁。こんな劣悪な視界状況で目を覆わずにいられるか。そしてこんな劣悪な環境が用意されている場所に、わたしは覚えがない。
「そーだよ……ここどこだよ……何でろくじ屋の前にいたはずのわたしがこんなとこにいるんだよ……」
そう、それが問題だ。
「白い施設……白い施設……といえば、病院!?」
窓が見当たりませんでしたが。ていうか病院がこんな劣悪環境でどうする。
「……うん、ないよね。ないない。だいたい何でわたしが病院にいるんだよ。どっこも痛くないし」
何らかの偶発的事故みたいなそんなこんなが原因で、自分で気づかないうちに意識を失ってしまい、病院に運び込まれた、という可能性はゼロではない。が、やっぱりあり得ない。
「運び込まれたとしても、廊下に放置とか、ないよ! 普通!」
あり得ない、という気持ちをいっぱい込めて叫んでも、返事がなければむなしいだけだった。
ため息をついて、がっくりとうなだれる。自然足元が視界に映り、同時に見慣れた群青色の鞄を発見した。学校のお供、スクールバッグだ。
「……あ、そーだ!」
思いついて、しゃがみ込む。バッグを開けてごそごそ中を漁り、お目当ての物を発見。
「じゃっじゃーん! 折りたたみ傘ー! ……チッ、ゴロ悪いな」
舌打ちしながらどうでもいい事を呟いて、折りたたみ傘を手際よく開く。
突然雨に降られると泣けるから、比較的よく持ち歩いているものだ。……使った後はしばらく忘れたりもするのだが。
「よっと。――うん。やっぱまぶしいけど、ないよりはマシかな」
小さな持ち手あたりを軽く握りしめ、銀色の胴体を右肩に預ける。屋内で折りたたみ傘を差す変人のできあがりだ。しかし、周囲に人目はない。気にしないが勝ちだろう。
「普通の雨傘だけど……まあいいよね! 今の敵はお肌に悪いと評判の紫外線じゃなくて、目に悪そうな真っ白い光なんだし!」
まあ、紫外線なんて気にした事ないですけどね。
それはさておき。
「さあさあ現状把握といきましょうか。まず服装! 制服、よーし!」
何が「よし」なのかは不明。
「鞄、よーし! ……え、ホントによし? えーっと……お財布ある、手帳ある、筆記用具、テキストノート、あとハンカチちり紙っと……あ、ケータイ!」
バッグの内ポケットに放り込んであったスマートフォンタイプの携帯電話を引っ張りだす。ホームボタンを押すと、日付と時間が表示される。
「んーっと……日付は変わってないな、よし。時間も……あんま変わってない……? うな? どゆ事?」
そのまま画面と睨めっこしていると、大変な事に気がついた。
「ゲッ……! 圏外!? 今時そんな場所どんだけあんだよ!?」
一度機内モードに設定して、解除して、電波を再検索させてみる。しかし、結局また圏外表示に行き着いてしまった。
つまり、ネット検索どころかメールも電話もできない、という事だ。おまけに地図の現在地表示もできない事だろう。
「……泣いていいかな、泣いていいかな!」
しゃがみ込んだ姿勢のまま、がっくりうなだれながら言った。言葉と裏腹に、涙は出てこない。泣いたって事態はどうにもならないと、本能的に悟ってしまったのだ。
未練がましくケータイを睨みつけて数秒。ため息とともにバッグの中に放り込んだ。
「さて、っと……」
すっぱり切り替えて、立ち上がる。スクールバッグを持ち上げ、右肩にかける。軽く周辺を見回す。
「見覚えは……ないなあ、やっぱ。……うな?」
わたしがいたのは、通路のど真ん中付近。冷静に考えれば思い切り通行の邪魔をしているのだが、その通行人の姿が一切ないので気にしない事にして。前後に伸びる通路の左右。つまり壁。そこに、物体としては見慣れていても光景としてはまったく見慣れないものを発見した。
左側にあった壁に足を向ける。手を伸ばせば触れられるほど近づいて、確認する。
「……花?」
壁には幾筋もの溝があった。その中にも照明が取り付けられているのか、通路全体と変わらぬ白さを見せている。そして、溝には花が飾られていた。花瓶に飾ってあるんじゃない。プランターとかでもない。透明な筒の中に、花が一本植えてあり、それが視界の限り並んでいる。
「……ガラスかな、これは」
手を伸ばして、爪があたるとコツンと硬質な音がした、
壁から少し距離を取って、改めて眺めてみた。下から上まで。まぶしいので若干目を細めつつ。
「うっひゃあ……これ、もしかして、全部花!?」
壁の全ての溝に、筒に入れられて花が飾られていた。あまり上のほうは見えないが、たぶん、全部なのだろう。
さながらフラワーミュージアム、といった感じだ。
「むー……? 近所にこんな展示場は、なかったと思うんだけどなあ」
言いながら、一歩踏み出す。続けてまた一歩。目線より少し高い位置にある一筋の溝を見ながら、壁に沿って歩いていく。
真っ白すぎて遠近感に自信は持てないが、とにかく壁が続いているわけだから、どこかには通じているはずだ。そう信じて、左右の壁と前方を交互に見ながら、歩き続ける。
ローファーの底がコツン、コツンと音を鳴らす。床はタイル……というほど硬くもない。フローリング……いや、リノリウムあたりに似た材質だと思う。
途中、ちょっと足を止めて休憩。主に目の。傘からも手を放して、両手で両目をぐりぐりとマッサージするように揉む。それから改めて周囲を見回すと、少しだけ視界がクリアになったような気がした。実際、本当に回復したのかは知らないが。
「……人間、気の持ちようだ! 病は気からだ!」
病とは違う気がするが。
「細かい事は気にしない。よし、しゅっぱーつ!」
どうでもいいけどさっきから独り言多すぎて痛い子みたいだよ、わたし。
真面目に考えると悲しくなってきそうだったので打ち切り。わたしはただもくもくと、いくつもの花が飾られている壁に囲まれた通路を歩き続けた。
「……すっごいなー。花ってこんなに種類あったんだー……」
行く先にもずーっと広がっている花の列を眺めて、呟く。正確には、種類自体は同じものもあるようなのだが、同種で同じ色は並んでいないようだ。もしかしたらわたしが気づいていないだけであるのかもしれないが、とりあえずは分からない。
自分が望んで足を踏み入れたのなら、もっとゆっくり心ゆくまで鑑賞する事も考えるのだが。
いかんせん、わたしはここがどこなのか分からない、どころかどのようにしてやって来たのかも分からない、というよく分からない状況だ。分からないだらけで気が滅入ってくる……。
とにかく、現在地がどこなのか、それだけでも把握しなければ安心できない。
上下左右に壁がある事から、ここは間違いなく屋内。ただし窓はひとつも見当たらない。どこかにあるだろう出口を求めて、わたしはひたすら壁の流れに沿って足を動かす。
「……なんか、この通路、カーブしてませんの事?」
足を止めないまま、またも独り言。遠く続く通路をじっくり観察していると、どうもゆるやかに弧を描いているようだという事に気づいた。わたしの感覚が狂っているわけではないのなら、わたしが今いるここは円形の建物の中、という事になる。
「円形の建物とかオシャレだけどなー。うちの地元にゃそんなシャレたもんないですよー。ていうか活動範囲にすらないんだぜー」
これは大問題。つまりはここから外に出れたとしても、見知らぬ風景がただ広がるばかり、という可能性が非常に高い。
「外に出たら、ケータイの電波回復すっかなー」
してくれなきゃわたし、確実に迷子。方向感覚はそれほど悪くないと思うんだけど、初めての土地を地図なしで歩き回れるほどじゃない。
「ていうかマジでいつの間にこんなとこ来ちゃったんだよ、わたし……」
もう考えてもどうしようもないと理解しつつも、愚痴は止まらない。
「愚痴くらい言わなきゃやってらんねー!」
うがーっと叫んだところでそれも意味がない。次の瞬間には肩を落としてため息をついていた。その間にも足を止める事はしなかった。
ふいに、花の流れが途切れた。左手側の壁。本当に突然だった。
「……うな?」
足を止めて、瞬き三度。
「んー?」
壁に顔をぐぐっと近づけて、目を凝らす。そうしてようやく線の存在を視認し、その流れを辿る。床から私の頭よりずっと高い位置まで縦に伸びる直線。まぶしいのを我慢して見上げると、縦線はある地点で直角に曲がり、そのまましばらく横に這い、また直角に曲がって下に向かっている。
「うな?」
線を目で辿っている最中に、ものすごく場違いなものを見た気がして、下がりすぎた視線をもう少し上げる。だいたい私のお腹あたりの高さ。赤くて、丸いもの。
「……ボタン、ゲットだぜ?」
いや見つけただけで手に入れたわけじゃないから。
少し前進し、ボタンらしきものの前に立つ。
くりぬかれたようにくぼんだ壁の中に、赤いボタンがちょんと収まっている。
無意識に空いている手が伸びて、しかし指先がボタンにたどりつく前に透明な壁に阻まれた。それでハッと気づいて、手を自分の体へと引き戻す。
「うぉったー!? あぶなっ、あっぶなー! 何押そうとしちゃってのわたし! ダメだろ、これはダメだろ!? 何のボタンか分っかんないんだよ!? 何かのトラップで押した瞬間ドカーンとか嫌でしょ!? 嫌だよね!? だからこれは押しちゃダメ! ああでも押したい! ダメなの分かってんだけどそのプラスチックカバー壊して『ポチっとな♪』とか超やりてええぇぇぇ!!」
人間、やってはいけない事ほどやりたくなるのは何故だろうか。なんだかよく分からない衝動を、大して強くもない理性を総動員して抑え込む。傘を放した右手で左手を握り込み、数秒。
「……はふー。いやあ、手強い敵だった」
笑顔で、まだちょっとウズウズしている左手で額を拭う仕草をする。
気を取り直して、ボタンがある壁から少し離れる。
「うーん……。長方形を描く線。その横に赤いボタン。なんかドアっぽい気はするんだけど、なー」
試しに、長方形の中ほどをぐっと押してみた。びくともしない。探してみたけど、手を掛けられそうな個所も見当たらない。
「……あ、自動ドア?」
その答えに辿りつくのに、五秒要した。何せ、わたしの知っている自動ドアとはずいぶん雰囲気が違うもので。普通、自動ドアと設置されている壁は、その境界がもっと分かりやすい。例えば、段差があったりとか。しかも、真正面に立っていても何の反応もない。
「何こいつ自動ドア失格じゃん! ……あ、いや、待てよ……エレベータ、とかって可能性もあるのかな?」
エレベータも、ある意味自動ドアだ。けれど、あれは人間の呼び出しに応じて開くものだ。たとえば、上に行きたい時に上向きボタンを押す。エレベータは呼び出しがあったフロアに移動して、到着すると自動的にドアが開く。
ちろり、と赤いボタンを見る。
「……いや、いやいやいや、ダメ! ダメだってば! 何のボタンかまだ分かんないじゃん! 違うかもしれないじゃん!? だから行くなわたしの左手ー!!」
ボタンを押したい衝動に再度駆られたが、再度抑え込む。
「保留! このドアもどきは保留します! わたしは出口を探すのです!」
ドアとボタンから無理やり視線をはずし、気合を入れて元の進行方向を見る。ドアもどきとボタンのために途切れていたらしい花のラインは、ボタンの向こう側にも変わらず続いている。
もう一度歩き出すと、わたしの足音と、衣擦れの音だけが響く。というか、さっきから、わたしの歩く音と、衣擦れの音と、独り言しか響かない。
「うああーん……何で誰もいないんだよー! 誰かいたら『ここはどこですか?』って聞く事だってできるのに! たとえ『何こいつ頭おかしいんじゃね?』みたいな冷たい目で見られたってとにかく聞く事はできるのに!!」
もういっそ黙ろうかと思いもするが、それはそれで寂しい。不安になる。見知らぬ場所に、たった一人。ケータイも不通、電波なし。不安にならないわけがない。がーがーと意味のない独り言を喚き立てている間も、わたしの心臓は不安のせいでドックドックと大きく音を立てている。少々お馬鹿な事でもやってないと、精神的にきつい。
「うぅ……くっそー……そうだ、歌おう! 歌うよ!? 歌っちゃうよ!?」
そうしてわたしは、やけくそ気味に歌い出した。カラオケ以外で人前で歌うなんて経験、合唱コンクールくらいしかないのだが。だって恥ずかしいじゃないか、公衆の面前で歌うのって。鼻歌とかはまだしも。
「……これで近くに誰かいたら、わたし恥ずかしさで死ねるな……」
そうこう言いつつ、結局一曲を歌い終わったところで誰にも出会えなかった。喜ぶべきか落ち込むべきか、激しく複雑な心境。
「っ……ええい、くそ! やけくそ二曲目いっちゃうか!? ……うな?」
次なる曲を歌い出そうとしたまさにその時、右手側の壁に不自然な影の存在を発見した。
「……もしかして!」
自然、足の動きが早くなる。影まで駆けよって、はっきりとそこに空間が存在する事を確認した。
「やたー! 通路だー! ……って、違う違う。わたしが探してるの出口。分かれ道見つけたからって喜ぶとこ違うから」
ぶんぶんと首を振って、湧いてきた喜びを振りはらう。
「ま、ここまでずーっと一本道だったし? なんかここ円形のフロアっぽいし? 下手するとドーナツ状になってて階段とかもなくて一見して出口が分かんなかったりしてー、とかちょこーっと考えてたけど?」
リアル脱出ゲームか何それ怖い。
「とにかく、こうして通路があるんだから、恐怖のドーナツフロアな可能性は格段に下がるな。あー、一安心」
まだ完全に安心する事はできないだろうが。二重ドーナツフロアとかだったら泣く。
「……足止めてたって仕方ない! ゴー!」
新たに出現した通路に踏み込んで、左右を確認しながら歩く。
「……こっちにも大量の花の展示かあ。あっちもこっちも似たような感じで、そのうち自分の現在地すら見失いそうだなあ……」
というか、すでに最初に気がついた地点がどこかも分からないのだが。目印らしいものも周辺になかったし。
「迷子ですかっ! ……って今更だよねー。見知らぬ場所、地図なし。迷子以外のなんだってんですかー。――はああ……十六にもなって迷子とか……家族にも友達にも笑われるな、絶対」
想像しただけで深いため息が出る。あの人達は笑う。絶対、大口開けて、遠慮なんぞ欠片もなしに、豪快にわたしを馬鹿にするだろう。しかしそれも、ここを無事に出て、自宅に帰り着く事ができれば、の話だ。
「……いや、いやいやいや! なーに後ろ向きな事考えてんの!? ノーネガティブ! わたしは絶対お家に帰れます! 大丈夫、絶対です! ていうか帰るんだよゴルァ!」
ガラが悪い。乙女度マイナス十点。
「大丈夫、大丈夫、大丈夫っ……」
呪文のように唱えながら足を動かし続けると、ふいに左右の花のラインが途切れた。
「うなっ?」
驚いて足を止め、左右に視線を巡らせる。よく見れば、花のラインは途切れたわけではなく、進路を変えたのだという事が分かる。道が左右に開かれた、新たな通路へと出たのだ。そしてやはり、通路の壁は花のラインが埋め尽くしているらしい。数歩ほど新たな通路へと出て、今通ってきたばかりの道を振り返ると、その様子がよく見えた。
「……シャレじゃなく、たとえマップがあったって、自分がどこにいるのか分からなくなりそうだな……。うな?」
体の向きを変え、自分の背後は空間が大きく開けている事に気づく。第一の通路より、幅が広いらしい。少し離れたところに、また花のラインに埋め尽くされた壁を見つける事ができる。
「……カーブしてるな。はっきり分かるくらいって事は……この辺はそんなに大きな円形じゃないのかな?」
円の中に円を作れば、当然中の円は小さくなる。つまり、今通ってきた第二の通路の方面に向かえばより中心に近づくわけで。
「……よし!」
はっきりカーブした花のラインに覆われている壁へと近づく。目で見て分かると言っても、おそらくわたしが両手を広げたところでその半径に届かないだろう。とはいえ、ここまでの大げさなくらい余裕を持たせた構造を見ていると、さらに中に通路があるとは考えにくい。
では、この大きな円の中心には何があるのか。
「わたしの予想が当たってるなら……」
カーブに沿って歩く。変化を見逃さないよう、はやる気持ちを抑えて注意深く壁を眺めながら。
そして、それは思いの外すぐに姿を見せた。
花のラインがぶっつりと断たれ、ぽっかりと開いた口。第一の通路にあったドアもどきのように、線だけではない。四角く切り取られ、内部に入る事ができるようになっている。
一度深呼吸をしてから、そうっと円の内側を覗き込んだ。分厚い壁の向こうは、通路に比べると薄暗い。むしろちょうどいいくらいの明るさだ。きょろきょろと左右を見ながら内部に足を踏み入れ、必要無さそうな折りたたみ傘を閉じて、バッグにしまい直す。
「あー、やっと目が落ち着く。……おお、階段だ!」
左手側には上へと、または上から伸びる段の連なり。反対の右手側には、下へと、また下から伸びる段の連なりが見える。どちらも柱にそってカーブをしている。
「螺旋階段か。そんで……」
出入り口すぐに立っていても、わずかに聞こえるモーターの音。
真正面を見た。さらに小さな円の柱が立っており、床に接する形で二つの縦に長い長方形がわずかな隙間を挟んで並んでいる。
ごきゅっ、と喉が鳴った。
ゆっくり足を踏み出して、中央のそれに向かう。近づくほどに音は強くなり、目の前に立った頃には疑う余地もなくなっていた。
「……ビンゴーっ!! こういう建物なら円の中心にエレベータがあるんじゃないかって思ってたんだ!」
思わずガッツポーズ。とりあえず、外への第一歩を手に入れる事ができたらしい。
「さて、下に行くか、上に行くか……」
そのまましばらく悩んで、
「よし、上に行こう!」
割りとあっさり答えを出した。
「外に出るなら下の方がいいのかもしんないけど、まず現在地把握しなきゃね。高いところから外が見れれば、知ってる建物があるかもしれないし。屋上があればなおよし!」
屋上なし、最上階もこのフロア同様窓なしだった場合、その希望はへし折られるわけですが。
「その時はその時! 人生、なるようになるさー! ってわけでポチッと、……」
エレベータの呼び出しボタンを押すために、伸ばした腕。しかし、そこで私は重大な事に気がついてしまった。むしろ今まで気がつかなかった自分を全力で殴りたい。
宙に浮いた右腕がプルプルと震える。
「……ボ、ボタンねえっ!!」
腕を下ろして、目を大きく見開いて、エレベータ周辺を探す。
「どこにもねえ!?」
はい、ありません。左右どころかわたしでは到底届きそうもない上の方まで目を皿にして探しまくりましたがボタンらしきものは影も形もありません。
「なんっじゃそりゃー! なにこれエレベータ!? ホントにエレベータ!? お前なんかエレベータ失格だクソー!!」
べしり、とエレベータのドアを平手打ち。自分の手が痛いだけだった。
じーんとした痛みにしばらく耐えてから、思考を切り替える。
「……ああもう、しょーがない。階段使うか」
デジタルがだめならアナログだ。階段はすぐそこにあるし、わたしには二本の足がある。本来人間の移動手段はこの足だ。
「……ふ、ふっはっはっは……歩いてやろうじゃないですか! ここが何階でこの建物が何階まであるかは知らんがな!!」
まあ途中でしっかり休憩を挟んでいけば、たとえ上に十階分あったとしても、上り切る事はできるだろう。想像すると気は滅入るが。
「よし、いざ!」
気合を入れて、上り階段に足を掛けた。しかし、そこでぴたりと動きが止まる。
「……うな?」
音が聞こえた。カツカツカツ、ガシャガシャガシャ。少々騒々しさを伴う、足音だ。階段の上の方から聞こえてくる。それも一人分ではない。わずかなタイムラグでいくつもの音が重なり合って、重低音を奏でている。
「……人だ!!」
思わず笑顔が浮かぶ。
人がいるなら話は変わってくる。ここはどこなのか聞いて、出口を教えてもらい、あわよくば地元まで帰る方法だって分かるかもしれない。
そう考えた、五秒後――。
わたしは片頬を引き攣らせながらホールドアップしていた。
階段を降りてきた一団は、異様だった。まったく同じ白い服を着ていて、同じように髪の毛は短くて、目を覆う機械的なカバーを装着していて。揃いも揃って、その手の銃器類を私に向かって構えたのだ。
わたしは階段から足をどけ、両手を上げたままじりじりと後退した。エレベータの正面まで辿り着く頃、背後からも同じような足音が近づき、止まった。背筋が寒い気がするのは気のせいでしょうか。気のせいであってほしい。
ちらりと肩越しに振り向くと、願いむなしく銃口の群れ第二弾。
しまいにはエレベータがチーンとどこかで聞いたような電子音とともに開く音がし、そこからも銃器を握った真っ白団。やっぱり銃口の先にはわたし。
「……何がどうしてこうなった誰か教えてプリーズ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます