課金魔術のプロトコル
多数存在
魔式ダウンロードもタダじゃない
『黒き兵衛よ 悪しき弾丸にて千の鶴を撃たん
――クレイン・シューティング』
呪文詠唱。何もない空中にすっと走る切れ目。
オレの視界に二重写しに被さって光るデジタル数字が、恐ろしいまでの速さで跳ね上がっていく。
空中の亀裂が広がる。一戸建ての家やマンションの並ぶ、何の変哲もない夜の住宅街が真っ赤な口を開いて笑ったかのよう。
複雑な蒼い文字の列がそこからなだれ込む。日本語でも英語でもない、そして多分ロシア語でもスペイン語でもない、これが、いわゆる術字だ。
術字の帯はぐるりと円を描き、白く強く発光して消えた。
オーバーラッピング仮想モニターの数字も、カウントを止める。オレは確定した数字に目を向ける。
【▽150.352】
ため息をひとつ吐く。それからおそるおそる魔術発動のワードを口にした。
「インヴォーク」
数字が赤く発光する。
【▼150.352】
辺りに乱れに乱れ舞う無数の黒い鶴のシルエット。
これだけの派手な演出があっても、オレたちと敵以外にそれを見る人はいない。一見、普通の街並みをしていても、ここは魔法によって切り取り少しずらされたた空間――“区界”だからだ。
オレは右手の指で銃の形を作り、その人差し指で対象物に狙いを定める。
銃口を向けられたら対象物──オレの人の倍ほどの背丈を持つ一つ目の巨人は、特に警戒した素振りも見せず、ただ威嚇の唸り声をあげていた。
服も髪の毛もない、ぬめっと蒼く光る肌をした一つ目のこの異界体バグは、俗にキュクロープスと呼ばれている。
意識の引き金を引く。黒く輝く光弾が、一つ目怪物に向かって吸い込まれるように飛んだ。
――ボグッ
見事に命中。胸のあたりを撃たれた怪物が体を折って後ずさる。
続けてもう二発。
――ボグッ
――ボグッ
立て続けに放った魔法弾が、狙い違わず両の足に着弾し、敵はたまらず膝を折る。
「なにカッコつけてるんでつか!? 」
キュクロープスのダメージを見極めていたオレの耳元で突然の怒鳴り声。
がらがらのハスキーボイスだが、声の主は一応は女だ。
「るせぇ、この的確な狙撃に何のモンクがあるってんだ」
オレも反射的に怒鳴り返す。
「おみゃーバカでつか! 余裕ぶっこいてないでドンドン撃つんでつよ!」
「何をえらそ、うお!?」
声の主を睨んでやろうと動かした顔を、耳を摘まれて前に向きなおされた。
その目の先で、キュクロープスが何事もなかったように立ち上がっていた。
「ハヤく撃つでつ!」
「わかってるよ!」
再び指を構えて心のトリガーを引く。
ひとさし指の前の空間に漆黒の光弾が――
「撃てねえ!?」
「くぉのバカもんが、時間切れでつ!!」
見ると、辺りに乱れ舞う黒鶴のエフェクトも薄れ、ほとんど消えかかっていた。
「もう終わり!? 十五万があ……」
我ながら悲痛な声が出ていると思う。
「トロトロしてるモンが悪いんでつ、鶴撃ちはぶっこんだら千発まで撃てる魔法なんでつから」
「だってよ、こんなに時間切れが早いなんて思わねんだもん。詐欺じゃね?」
「泣いてないで早く次の魔式をダウンロードするでつ」
「んなコト言ったってよ……」
「ハヤクするでつ」
「金が無ぇ……」
返事が返ってこない。
振り返ると、この妙な喋り方の仲間のアゴがカクっと落ちていた。
喋り方も妙だし、とことんまでマヌケ面をしてるのにも関わらず、意外にも、そして納得のいかないことに、キツめの美人だったりする。
「お金がないって、おみゃー軍資金も用意せずにキュクロープスプスプスに戦い挑んだんでつか?」
いや、とりあえず巨人の愛称がムリヤリだから。
かえって長くなってるし。
「用意したさ、だからいま鶴撃ち使えたんだろ」
そう。
こまかい理屈はまたそのうち説明するから今はうっちゃっておくとして、魔法を使うにはお金がいる、のだ。
行使する魔法が強力であればあるほど、口座から引き落とされる額も大きくなる。
たった今使った【クレイン・シューティング】は魔弾系の中でもけっこう高位に分類される魔術で、それを使うためには15万が引き落とされた。
一介の高校生たるオレにとってその金額は安くはない……どころか、普通ならスカイツリーからとび降りるほどの覚悟が必要な金額だ。スカイツリー行ったことないけど。
だけど思い切ってそれを使ったのにはもちろんワケがある。
つまりは、異界体バグを駆除することで“カンパニー”からそれを上回る報酬が得られるからだ。
とは言ってもバグは、魔法が使えなければとても太刀打ちできるような相手ではない。
なら採れる手はひとつ――
「逃げるでつ!!」
「待て」
われ先に逃げようとするがらがら声の肩をオレは捕まえる。
掴まれた華奢な肩は抵抗することなく止まる。
「なんでつ」
「金、あ る だ ろ ?」
オレの言葉にうるっとした瞳が見返してきやがる。なんだよ、まるでオレがカツアゲしてるみたいじゃないか。
女捨ててるようなキャラのクセに、ちょっとキツめな顔立ちだけど美少女だったりするから、一瞬自分がとんでもなく悪者に思えてしまう。
「トゴでいいでつよ?」
実際にはコイツ――いつまでもコイツじゃ不便だからそろそろ名前で呼ぶことにするが――ウメノの方がガッツリと悪人なワケだが。
「闇金か!?」
十日で五割り……どこぞの帝王でもトイチだっつうの。
「もういい、お前には頼まん」
キュクロープスから逃げ出せば、報酬はゼロだ。さっきの15万がまるまるマイナスになってしまう。
もちろん逃げるという選択をする場合、カンパニーに連絡をすればすぐに代わりのハンターをよこすだろうから、一般市民に危害が及ぶようなことはないが。
オレは振り返って他のパーティーの面々を見渡す。
「ラン……」
栗色の縦ロールの巻き髪に、ロイヤルスマイルを浮かべたちょっと近寄りがたいような美貌。つか、こいつ本当に高校生か?
「特有財産のご融資は、譲渡所得の扱いになってしまいますわ。その際は譲渡税も発生いたしますので、とりあえず顧問弁護士をお呼びいたしますわね。ちなみに現在のわたくしの個人資産額である1,250,000…」
「いや、いい!」
雰囲気だけでなく、ランは本当に羽戸グループ総帥の令嬢だったりする。
下手に頷いたら、手続きとかがとんでもなく面倒なことになりそうだ。
「サクラ……」
呼び掛けると、赤っぽい髪をツインテールにしたちびっ子がびっくりしたように目をまん丸くする。いや、ちびっ子っつってもオレと同い年の高校生なんだけど。
ちびっ子は顔を真っ赤にしながらそそくさとオレのトコまで来ると、小声でごにょごにょ何やら耳打ちする。
照れてんのかなんか知らないけど、やたらと声が小さくてよく聴きとれない。
だけど――
「いや、いい」
なぜか不穏な空気を感じてオレは思わず耳打ちを遮っていた。
おもちゃだとか菊だとかって聴こえたような気がしたが、なんのことだったんだろう……?
サクラは趣味でびーえるとかいうジャンルのweb小説なんかを書いているらしい。オレにはよく分からないジャンルなんだけど、常々、取材協力をして欲しいようなことを言われている。オレはなんとなくそこに怖さを感じて、のらりくらりと断り続けているんだ。
最後の一人、こいつなら……
「……アヤメ、あのな」
艶やかな碧掛かった黒髪のボブ。思わず突っつきたくなるような柔らかそうなラインの頬でニッコリと笑う。
男なら誰でも守ってやりたくなるような女子だ。
「ユキトくんがわたしにお願いごと……なんか嬉しい」
「いや、いい……」
――に、金を貸してくれなんて、何だか自分がとんでもないロクデナシになってしまったような気になるじゃないか。
でもじゃあ、どうするか……。
「ボケッとするなでつ!!」
怒鳴り声と同時にふわっと舞うのはウメノ。
アスファルトの地面を蹴りつけて描かれた回し蹴りの弧がキュクロープスの顔面に向かう。
オレが金策に難儀しているうちに、敵がすぐ近くまで接近していたんだ。
「あちょーっ」
昭和エセチャイナな掛け声だが、その爪先は的確に自分の身長の倍以上の高さにある怪物の顔面を捉えていた。
――ゴスッ
鈍い音が響く。
捲れ上がる制服のスカートを気にもしないで、ウメノは立て続けに後ろ回し蹴りを叩き込む。
――ガゴン
二撃目はアゴを捉えた。
肉体強化魔法で人間離れした攻撃力を付与された蹴りに、さすがの巨人もよろめき後退する。
体重を感じさせない身のこなしで、ウメノは着地する。
思わず見とれていたオレは慌てて目を逸らす。露出した太腿を見てたなんて知れたらまたお金を要求されるに決まってる。
「早く魔式呼ぶでつ!」
ほっ。
どうやら気付かれてはなかったようだ。
仕方ない……新しいPC買うつもりで取っておいたお金だが、このバグを倒せばどのみち元はとれるんだ。
『極北の女王よ その息吹で熱無き波を起こせ
――ナッシングネス・ウェイブ』
押しも押されぬ氷雪系魔法の最高位魔術。先のクレイン・シューティングとコレを使うことができるのがオレの自慢だったりする。この二つを使えるヤツなんて、大人の魔術士でもめったにいないからな。
夜だというのに長袖のブレザーが暑くなってたトコだったんだ。これで涼んで一石二鳥ってもんだ。いや、少しでも元とらないと……。
空間に切れ目が入り文字式がこちらの世界に入ってくる。
【▽270.304】
たぶん足りるハズ……。もはやオレは数字を見ないように努力する。
だけど、この魔法なら間違いなく一発で仕留められるハズだ。
意を決して、オレは発動の言葉を口にする。
「インヴォーク」
【▼270.304】
数字が赤光する。蒼い魔式文字列は白く輝いて消える。
かわりに、ギリシャ彫像のような美貌を持ったプラチナブロンドの女の巨大な顔が、夜空に投影される。
住宅街を見下ろした女神は、ぞっとするようなアルカイックスマイルを浮かべていた。どこまでも無機質で美しい微笑。
微笑を僅かに崩したかと思うと、彼女はほうっと冷気を吐いた。オレは彼女の吐息に意識を同調させる。熱と形無き寒波に、意志の働きで指向性を持たせる。
「あの怪物を凍てつかせろ」
キラキラとダイヤモンドダストの輝く絶対零度の風。
体勢を立て直しつつあった一つ目巨人は、呑み込まれてその動きを止める。
「カッチカチに凍りやがれ」
一撃必殺の魔法だ。
見る見るうちに、キュクロープスの身体に霜が這っていく。
「寒波とわまた、思い切りまつたね」
霜に蹂躙されたキュクロープスが完全に活動を止めると、そこに氷の彫像ができあがった。
「ウメノ、頼む」
「分かってまつ」
答えるとウメノは、軽いステップで巨人との距離を詰める。
ナッシングネス・ウェイブは、ほとんど一撃必殺のような魔法だが、異界体バグはその身体をバラバラに破壊してようやくハント完了なんだ。最後はトドメとなる物理攻撃が必要になる。
「あちょー!」
だが、気合とともにウメノが軸足を踏み切りかけたその時――
『僧侶の秘せし銃弾よ、我が敵を砕け
プリースト・ビーン』
聞いたことのない声の呪文の詠唱が響き渡った。
バラバラバラバラ――
魔弾による突然の銃撃。
一方向ではない。瞬時のことなので正確なところは分からないが少なくとも三方以上からの狙撃だ。
ウメノが弾かれたように飛び退って戻ってくる。
無数の豆粒大の魔弾が散弾のようにキュクロープスを討ち抜く。
銃弾が止まった後、一瞬真っ白に染まる氷の彫像。
直後にそれは原形を留めることを辞め。
ピキッピキッピキッピキッ――
グワッシャーン――
盛大な音とともに飴細工のように砕け散る。
「きゃあっ」
可愛らしい悲鳴はアヤメ。
「なんだあ!?」
「誰でつか!?」
オレとウメノは声をあげ
ランは魔力の余波動を感知しようと目を閉じ、サクラは周囲に警戒の眼差しを向けている。
「魔法の発動点は三つ、ですが……」
「そこかしこの建物の陰にたくさんの人が隠れてますね。やだ、ユキトくんがマワされちゃうの……?」
回転寿司か何かと勘違いしているのであろうチビっ子の呟きは無視することにして、とりあえずオレは声を張り上げる。
「いるのは分かってんだ、出てきやがれ」
人も車もいない通り。
一戸建てやマンション、コンビニに至るまで、なにひとつ生命の気配はない。
区界を作り出すランの区界魔法によって、この辺り一帯が生体の活動が制限される結界になっているからだ。
バグハントを行う際には、この区界魔法を使用し、一般人との干渉を防ぐことが義務付けられている。
つまり、ここにオレたち以外の人間がいるはずなんてない……それが一般人であれば、だが。
今の魔法を見ても、隠れているのが魔術士であるということは分かりきっている。他のパーティーの獲物を横取りするなんて、マトモな奴らじゃねえ。
そう、横取りされたのだ。オレの愛しのキュクロープスプスプスは。
バグの討伐報酬はとどめを刺した魔術師の口座に振り込まれることになっている。
オレたちのパーティーの場合だと攻撃魔法を使うオレか、直接打撃でとどめを刺すことのあるウメノの口座に報酬が振り込まれることが多い。それを後で皆に分配するんだ。
だから今の場合は、とどめを刺した扱いになる豆鉄砲を撃ったヤツが討伐報酬を持って行っちまうことになる。とても許されるもんじゃねえ。
「とっ捕まえて締め上げてやる」
オレが足を踏み出し掛けた時
――くすくすくすくすくすくす
気色の悪い笑い声。路地から。建物の影から。路上駐車の車の後から。
真っ黒い恰好をした奴らが姿を現した。
二十人以上はいる。全員がこの季節に長い丈の黒いコート姿。身長の高い低いはあるが、体型を隠してしまう服装のため、性別の区別はつかない。
頭にも、ハットやニットキャップ、バンダナなどその種類は様々だが黒い物を被り、どいつも一様に顔を隠すかのように大きなサングラスを掛けている。
「いつから……」
ランが緊張した声で呟く。
「てめえら、何セコイことやってくれてんだよっ」
どいつがリーダーか分からないので、オレは一番近くにいたヤツの方にズカズカと歩いていく。
『僧侶の秘せし銃弾よ、我が敵を砕け――』
詠唱が聞こえた。やべえ!!
具現化される古めかしいリボルバー銃のエフェクト。
本来は弾を撃ち出す側の機械であるその銃が、そのもの魔弾へと変化する。
そして一斉に撃ち出される。散弾のように。
――バラバラバラバラバラバラ
「げ」
オレは慌てて逃げる。元いた所の地面が蜂の巣のようになる。
コイツらマジだ。人間に向けて魔法撃ちやがった。
「ひどい、なんてことを!」
アヤメが憤慨する。
――くすくすくすくすくすくす
特に号令などがあったわけじゃないが、黒ずくめどもは笑い声とともに一斉に踵を返す。
「待ちやがれっ」
呼び掛けはするが、魔法が飛んでくるかと思うと足が竦んで前へは出れない。
ヤツらが現れた時と同じように、すっと物陰に消えていくのを、オレはただ見送ることしかできなかった。
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