眠らぬ中京

九紫かえで

午後六時




 あなたに私の覚悟なんてわかりっこない。




 昼過ぎから降り始めた冷たい雨は夜になって勢いを増したようであった。

 天気予報によると名古屋では明日の昼前まで雨が降り続けるのだという。

 そうはいっても金曜日の夜。金の時計の前に多くの人が待ち合わせ、出会い、そして消えていく。その横を髙島屋へと出入りする人々の流れが途切れることなく続いていく。

「なんだかなぁ……」

 誰へというわけでもなく、私はひとりつぶやいた。

 花金の街を歩く人々の顔はどこか明るい。

 こんな顔を彼の隣を歩く私はできているのかな。ふと、暗い表情を見せていないかな。

 そんな余計なことをどうしても考えてしまう。

「おや、早いですね」

 答えの出ない思考はあっさりと打ち切られた。

「カオル君?」

「そうです、カオル君ですよ」

 黒色のスーツケース、黒いコート。黒いズボンに、黒い靴下、黒い靴。

 サラリーマンってどうしてこんなに無味乾燥な色合いなのかしら。

「昨日はいつも通りの時間でっていってたのに」

「それはこちらの台詞です。一華かずかさんこそ一時間も早いじゃないですか」

「たまたまだよ。雨が本降りになる前に家を出ただけ」

 こんなところだけ、変なめぐりあわせがあるんだから。

「それよりも、カオル君。いい加減待ち合わせ場所変えようよ。新幹線で来るなら向こうのほうが便利でしょう?」

「そうですけど、ここの髙島屋の前の金の時計を見ると、名古屋に来たんだなって感じがするんですよ」

「人が多いから苦手なんだけどなー」

 明るい表情で満ちたこの場所に、私達は似つかわしくないんじゃないかって。そう思っちゃう。

「……なんだか、今日の一華さんはテンション低めですね」

「そう? いつもと変わらないよ」

 この話はここまでといわんばかりに、私は彼の手を取った。

「行きましょう? ただでさえ夜は短いんだからね」

「はい」

 数少ないデートの日さえも雨で祟られてしまう。彼が週末に東京へ出張するときだけのチャンスだというのに。

 些細なことだねと二人で笑える日は、いつか来るのだろうか。

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