第13話 髪は命

 異世界生活も4日目、といってもほとんどが牢屋暮らしだけども。

 素敵イベントもあったし気分が良い。

 錬金術のお陰で先の見通しも明るい。

 朝食にはふかし芋があったが異常に美味しいというわけでもなく普通の芋だった。

 味覚障害は早く治療してもらいたいが、自分の髪の毛を触媒にして錬金術で作った塩をかけたらどんな料理も美味しく食べられる。

 単純な味になってしまうのですぐに飽きてしまいそうだが、その時は他の調味料を作れないか試してみればいい。


 もう記憶なんてこれ以上思い出せなくてもいいかなと思えてくる。

 いや、名前だけは早く思い出したいな、みんな特に笑うでもなく普通にコンテナと呼ぶものだから受け入れていまっているが何時までもコンテナと呼ばれてるのも変な感じだ。


 ☆ ☆ ☆


 10時ごろに治療師の人が来た。

 治療師はヨボヨボのお爺さんで、孫娘だろう女の子が左から支えるような形で歩いているが、女の子の身長が低いせいでどうもバランスが悪く見える。

 反対側ではデシアーナさんが支えていたが、こちらの方が安定している。

 支えが無くなると倒れてしまいそうだが大丈夫なのだろうか?


「ふがふがふが」

「お爺ちゃん、入れ歯」

「ワシは治療師のコーズじゃ、お前さんがコンテナでよかったかの」

「ええ、もうそれでいいです」

「うむ」


 女の子が入れ歯をお爺さんに渡すのを見た時、入れ歯を直接手で持っていたので少し汚いと思ってしまった。

 治療師という医者のような職業にある人間の衛生観念が緩いのはちょっと辛い。

 そのせいというわけではないが、返答が投げやりになってしまったものの、お爺さんは気にした様子も無い。


「では早速始めようかの、動かんでくれよ、イザーメ」


 イザーメとかいうのがスキルなのだろう。

 お爺さんの右手中指の中心部がぼんやりと光り、その光でもって俺の頭から下へなぞっていく。


「終わりじゃ」


 ものの数十秒で終わってしまった、早いな。

 手抜きじゃないよな? ヤブじゃないかと不安だ。


「色んなところがズタボロで生きているのが不思議なくらいじゃの」

「えっ? そんなに酷いんですか、治ります?」


 味覚障害ぐらいしか自覚症状は無いんだが、生きてるのが不思議だとか嘘だろとしか思えない。

 おまり深刻な気分になれないのは、お爺さんの口調が軽いせいだ、ちょっと驚いたぐらいの言い方である。

 簡単に治せる方法があるんだろう。


「治せん」


 一言で匙を投げられた。

 チャーハンを食べてる最中に匙を奪われて頭に思いっきりぶつけられたような気分になった。


「えええー」

「ほっときゃ治る」

「ええ? えー?」

「ハゲないようには気をつけるんじゃ、髪の毛が半分以上無くなったら危ない、完全に無くなったら間違いなく死ぬからの」

「えええ? ええー?」


 あんまりな診断結果に「え」しか発音できなくなってしまった。

 髪が無くなったら死ぬとか言われても、笑えばいいのか嘆けばいいのか。

 ちなみにお爺さんはツルツルである。


「あの、もう少し詳しく教えてもらえませんか? 髪が無くなったら死ぬとか意味不明すぎて何が何やら」


「うむ、お前さんの体は死にそうなほどボロボロになっておるが、髪の毛が生命を維持する役割を果たしておる、こんなのはワシも初めて見たが治療魔法で診断した結果じゃ、間違いはないじゃろう。

 それに回復には向かっておると出た、髪の毛さえ失わずにおれば、そうじゃのう……1か月も経てば治るじゃろう、髪の毛を失えば失うほど回復にも時間がかかるだろうし大切にする事じゃ」


 1か月か、ちょっと長いが普通に生活してるだけなら髪の毛を半分以上失うような事はないだろう。

 あるとすれば火事にでも巻き込まれるとかだが、火事に巻き込まれたら髪の毛以外も危ない。

 髪の毛を触媒にするのは止めておこう。


「何でそんな事に」

「それ以上は分からんよ、お前さんも心当たりは無いのかの」

「記憶喪失もあるんですがそれも時間が経てば治ります?」

「記憶喪失? すまんが治療魔法の対象外じゃ」

「それは残念です」


 正直言えばあまり残念では無い。


「数日後に往診にくるでな」

「お兄ちゃん、お大事にー」


 コーズさんと少女はそう言って二人で帰って行った。

 デシアーナさんの支えは無くても大丈夫そうだ、意外と少女の力が強いのかもしれない。

 その後、デシアーナさんに気になった事を聞いてみた。


「コーズさんが使っていた魔法というのはスキルとはまた別のものなんですか?」

「治療魔法は治療魔法スキルを習得すれば使えるようになる魔法ですね」

「僕も使えるようになったりします?」

「スキルを1人で2つ以上覚えられる人は滅多にいませんし、2つ以上覚えられる人も初めてスキルに覚醒した時点で全てのスキルを覚えていて、時間が経ってから増えたという話は聞いたことがありません」


 デシアーナさんは、そこまで話したところで胸の前で両手をパチンと合わせると、笑みを深めて思い出したように話題を変えた。


「そうだ、治療師への報酬は硬貨ではなく食糧でお願いしたいと言われたので芋でお支払いしました、喜んでいましたよ、コンテナさんのお陰です」


 それって貨幣経済が崩壊しかかってるんじゃ?

 貨幣よりも食糧の方が通貨として信用され有り難がられるというのは転移前の世界でもあったが、大抵は政府の信用が酷い事になっていた。

 食糧不足が前提としてあるとはいえ、辺境伯領あるいは王国への信用も揺らいでいるのだろうか?

 どこかの国でお菓子が貨幣の代わりとして使われているという話で他人事のように笑った記憶を思い出したが、芋本位制とか身近になると乾いた笑いしか出てこない。


「僕が芋を生産して出回ってしまったら値崩れおこすんじゃないですか? 大丈夫なんですか?」


 心配になってデシアーナさんに聞いてみたら。


「そうですね、しかし事前に情報を漏らしてしまうわけにはいきません、市場を監視操作しながら流通させないと酷い事になってしまいます。

 今回の件でしたら実際に値崩れがおきてしまった後でなら差額の支払いに応じる事もできますし、恨みをかうような事にはならないでしょう」


 納得のいく答えが返ってきた。

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