第19話 少し休憩していきましょう

「あそこは安全地帯のようね、少し休憩していきましょう」


 サツキが指した場所は他の部屋とは異なっていた。

 それなりに広く、湧き水が小さな泉を作っており、岩は苔生し、清浄な空気が充満していた。

 火をおこした形跡などの、人がいた痕跡が至る所にあった。

 ここまでに幾度か他の冒険者ともすれ違ったが、現在はここには丁度誰もいない。




 初陣を終えてから遭遇したベルトレントは、シオンという狩人を抱えるこのパーティの苦ではなかった。


 近づくと枝で遅い振りかぶりか、たまに速い≪スイング≫を打ってくるのみである木の魔物は、遠距離攻撃で完封できる。

 ルリの呪力すら勿体なく、矢や投擲ダガーで幾度か撃てば倒すことができた。

 なお、その際も矢はトレントに突き刺さることはめったになかった。


 ベルトレントに対して、もし近距離職しかいないパーティではヒットアンドアウェイ戦法を取るのが基本であろう。

 攻撃に夢中になりすぎたり、壁際に追い詰められでもしない限りは攻撃をもらうことはない。

 が、そういうことは往々にしてあるものなのだが。


 もっとも危険なのはボアと同時に出現するパターンだろう。

 その場合、トレントとてきちんとした対処法をとらなければ厄介な敵になりうる。




「ふう」


 泉の部屋につくなり、サツキとジェットはC.C.Cを外して一息ついた。

 ここまで一時間半から二時間ほどか。

 それほど疲労がたまっているわけではないが、休息場所はありがたかった。


 その二人の行為にシオンは疑問を覚えた。


「ご主人様、クラスチェンジを一々解除するのはどうしてでしょうか」


 その疑問にはサツキが答えた。


「それは簡単なことね。そうしないと、『戦力』や『呪力』など、それぞれのクラスの『力』は自然回復しないからよ。……私たちは、常にHPとMPが時間とともに少量だけれど回復し続けているわ。でもクラスチェンジしている間は、MPの回復が止まるの。おそらく、クラスの維持に少量の力を消費しているのね。その消費速度と回復速度がつり合っているから、回復が止まるのではないかと思うわ。つまり『戦力』や『呪力』を回復させるにはクラスチェンジを解いて休憩するしかないのよ。休憩している間は回復力も上がるしね」


 なるほど、と納得してシオンとルリはC.C.Cを外してクラスチェンジを解除した。


 自分の中にある『MPの器』。

 そこからあふれ出たものが『力』に変わってクラスの器を満たす。

 それならばMPとは全ての力の根源であり、その器が満ち、溢れ出さなければ力は回復しないのが道理であった。


「シオンは照明の魔法でMPが減っているでしょうからしっかり休んでおきなさい」


 言われてシオンはそれほどMPが減っていないことに気づいた。


「ボクあまりMP減っていませんね。もともと『二人分の能力ダブルスタッツ』によってMPも多いですし、回復力も二倍なのかもしれません」


「知れば知るほどすごいわねぇ。……でも、シオンにはそれが当然のことなのだから、遠慮なんかせずに堂々としていなさいね」


「はい、ありがとうございます。お姉さま」




「しっかり水分補給をしておけよ。魔法収納に余裕があるならここで水を補給しておきなさい。途中で足りなくなったら大変だし、余ったら捨てればいいだけだからな」


 休憩中、ジェットの言葉にまたもや疑問が浮かぶ。

 疑問というのは尽きないものだ。


「魔術師のクラスなら火、水、土、風の魔法が使えますよね。水は出せるんじゃないのですか?」


「ふむ、いい質問だ。では今度は俺が答えよう。――魔術というのは、空気中の魔素マナと呼ばれるものを『呪力』によって変換して起こす現象とされている。つまり、魔術で出したものは役目を終えたら――正確には消費した呪力が切れたら、マナへと再変換されるのだ。つまり魔術で出した水を飲んでもしばらくするとマナへと再変換されてしまい、むしろ脱水症状などを起こして危険というわけだ。だが、体を洗ったりなど、汚れを落とすことはできるし、乾きもよいから重宝されるな。どうしても手元に水がなく、あと少しで水場へたどり着ける、というときには飲料水として飲んでもいいかもしれないがね」


「そうなのですね! ありがとうございます、ご主人様」


 その後、シオンたちはゆっくりと休息をとって再び一階層の攻略に乗り出したのだった。

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