第18話 モンスターだ
はじまりの迷宮第一層。
そこはルドンボアとベルトレントの巣窟である。
ルドンボアはイノシシを一回り大きくしたようなモンスターで、ベルトレントは動く木のモンスターだ。
基本的に猪突猛進しかしないルドンボアは捌きやすく、ベルトレントはたまにスイングという振りの速いスキルに注意していればあとはとにかく
はっきり言ってこいつらに負けているようでは冒険者として話にならない。
だが、それでも多くの脱落者が出る理由は、攻撃力不足がもっとも大きな原因だろう。
モンスターはタフだ。
ボアの突進は避けられる。
が、避けた後に満足な攻撃ができるか。そして有効打が与えられるか。
なんとか倒せるとして、冒険者として生活していくためには
装備品の消耗、日々の生活、より上等な装備、そしてC.C.C。
効率良く狩れなければそれは生活にも攻略にも繋がらない。
少しでもプラス収支を出し続けなければ早晩冒険者は破綻する。
経験値の少ないボアやトレントをいくら狩ってもレベルは三~四以上はほとんど上がらないのだから、冒険者は自らの才覚が試されることになる。
シオンは、サツキたちと共に、ふたたびこの地へとやってきた。
転移者へのメッセージが書かれた入り口の壁を見やる。
少しは感慨深いものはあるが、今のシオンにとってあまり重要なことではなかった。
「さあ、行きましょう!」
シオンはパーティに声をかけた。
洞窟の奥は迷路であった。
迷宮と言うからには当然なのであろう。
ごつごつした岩の壁が続く通路を進むと広めの部屋があり、モンスターがいる。
部屋はフットサルのコートくらいのものから体育館くらいのものまで様々だ。
その部屋から何本かの通路がのびており、どれか一つを選択して進む、といった感じだ。
当然だが、通路にもモンスターはいる可能性はある。
「≪
シオンは魔法の光球を生み出し、暗い迷宮を照らした。
この魔法はクラスによるものではなく、魔法収納などと同じく一般的な生活魔法である。
出現させている間、MPを消費しつづけるので、松明などの灯りを持つ者も多いが、片手がふさがるのを嫌うものもいる。
初めての部屋にはモンスターはいなかった。
先に来た、あるいは帰還した冒険者に倒されたのだろう。
もっとも、時間が経てばモンスターは壁や地面から涌き出るので、前の人が通ってからさほど時間が経っていないのだとわかる。
「マッピングはおまかせくださいです」
ルリは紙と筆記用具を取り出し、器用に地図を書き出した。
「ルリちゃんはマッピングをやったことがあるの?」
「ううん、でも私は集落を追われてからずっと一人で
「……そっか。すごいね、ボクなんか山に入ったらすぐに遭難する自信があるよ」
ルリの生存能力は驚嘆に値するものがある。
「それじゃあお願いするわね」
「たのむ」
「わかったです」
そう言って一行は一つの道を選んで進んだ。
通路がひらけた瞬間、先頭を歩くジェットが警鐘を鳴らす。
「モンスターだ!」
小さく鋭いその声に後続は瞬時に戦闘態勢へと移った。
「我に眠る力よ、守り耐える『胆力』となれ。クラスチェンジ、『騎士』!」
パーティの盾としてジェットが騎士にクラスチェンジする。
「我に眠る力よ、敵を討つ『戦力』となれ。クラスチェンジ、『戦士』!」
サツキは槍使いの戦士だ。
「我に眠る力よ、事象を操る『呪力』となれ。クラスチェンジ、『魔術師』!」
ルリは後衛から魔術で支援をする役だ。
シオンは練習どおりにできるか、いささか緊張しつつも、ベルトのバックルを左手でカシュンッとスライドさせる。
そして
頭の中に浮かぶ
「我に眠る力よ、鎧を貫く『火力』となれ。クラスチェンジ、『狩人』!」
ガシンとC.C.Cをバックルにはめ込む。
とたんに全身から力が溢れ出した。
――――――――――――――――――――
鷲獅子紫苑
人間 16歳 男/女 レベル: 1
クラス/狩人 ジョブ/ 奴隷/女奴隷
HP: 17/17
火力: 20/20
攻撃: 18
防御: 15
魔法防御: 18
敏捷: 25
器用さ: 31
――――――――――――――――――――
知性: 15
運: 12
――――――――――――――――――――
狩人クラスにより器用さ20%上昇
――――――――――――――――――――
奴隷ジョブにより攻撃10%上昇
女奴隷ジョブにより器用さ10%上昇
――――――――――――――――――――
クラスチェンジを行うと、MPはそのクラスが使う「力」に変わる。
正確には「力」とは違うものもあるのだが。
この迷宮に入る前、全員で≪
パーティを組むとメンバー全員に入手した経験値が均等に配分され、お互いのHPバーが視認できるようになる。
他にもメリットはあるが、今はあまり関係がない。
パーティの上限は六人までとされているが、その分経験値が分散してしまうので上限まで組むパーティは必ずしも多くはない。
全員のクラスチェンジが済んだ瞬間、ジェットは部屋へと走りこんでいった。
部屋にはルドンボアが一匹、待ち構えていた。
シオンは≪魔法収納≫から弓矢をすばやく取り出すと、矢を番えて狙いを定めた。
初心者用のスタンダードなショートボウ、矢尻は鉄製である。
敵がこちらに気づいていなければ当然、気づいていなくともある程度の距離がある場合は、最も射程の長い狩人であるシオンがファーストアタックを叩き込むのがセオリーである。
シオンは弓矢に気を通し、ボアの顔めがけて矢を放った。
ガンッ、と矢はボアの肩の部分に当たり
シオンは矢が弾かれたことにがっかりする気持ちを抑えられなかった。
だがその直後、
「よし、よくやった」
ジェットが言いつつ走る。
ボアは突進に移ろうとしていたところに肩に矢を受け、一瞬ひるんだが、走りこんでくるジェットに対して無理矢理突進を敢行した。
ゴンッ
と鈍い音がして跳ね飛ばされたのはボアの方であった。
ジェットの堅さと技術を持ってすれば一階層のボアなどに遅れは取らない。
「≪アトラクトブロウ≫!」
カイトシールドで殴られトーントを受けたボアが、ブゴオオオ、とジェットに釘付けになった。
「ルリ!」
サツキの指示に応えるようにルリが詠唱を開始する。
「ツァイロ ハフト フィン クエリタ ハフト フィン ソール フィン グロスト ヴァイ……こげこげになれ、≪ファイアボール≫!」
ルリの持つ杖の先からサッカーボール大の火球が飛び出し、すばやいスピードで、ジェットによって向きを変えられ横っ腹を晒しているボアへとぶち当たった。
ドゴオン
ボアはたまらず「ブアアア」、と
そこへサツキが槍を突き入れ、ようやくボアは息絶えた。
「ふむ、上出来だな」
「ええ、初めてにしては二人とも落ち着いていたし、きちんと役割もこなせていたわよ」
二人から称賛される。
ルリは、むふー、と満足気だ。
だがシオンは少し釈然としないものが残った。
「どうしたです、シオン君?」
ルリの言葉にシオンは返す。
「ボクの攻撃、あんまり効いてなかったな、って」
「そんなことないわよ、先制攻撃としていい一撃だったわ。ちゃんとダメージを与えていたわよ。……ルリの魔術は派手だけどレベルの低いうちは呪力がすぐ底をついてしまうし、詠唱にも時間がかかるわ。シオンだって『火力』を使えば強力な一撃も撃てるようになるわよ」
シオンはサツキの言葉に納得することにした。
実際、シオンの一撃はダメージをきちんと
その理由はもう少し後で判明することになる。
戦闘が終わって、シオンは落ちている矢を回収した。
狩人が気を通した矢はかなり頑丈なので再利用ができる場合が多い。
「それで、このボアはどうするんですか?」
「体内の魔石を回収したら、あとは置いておこう。魔石はギルドで売って換金するのが一般的だ。冒険者がギルドに所属する理由の半分はこのためと言っていい。……あとの革などの素材は剥ぎ取ってもいいし、肉も食えるが、一階層のボアの素材などはあまり金にはならないだろう。置いておけば
そう言ってジェットはボアの腹に剣を突き入れ、魔石を取り出す。
一階層のモンスターらしく、小指の先ほどの小さな魔石であった。
この世界においては魔石は重要な燃料資源である。これでも集めれば街灯や部屋の明かりとして使えるのであった。ギルドはそれを買い取ってくれる仲介業者といった側面がある。そして魔石が必要な商人や市民は、ギルドに買いに来る、といった構図であった。
もちろん、冒険者はギルドを通さず入手したアイテムを売ってもよいし、そのほうが高く売れるかもしれないが、商売人としての伝手、時間、才能が必要になってくるだろう。
そんな暇があるのならもっと迷宮に潜ってアイテムを集めた方が良い、と考える冒険者とギルドは需要と供給のバランスが取れていると言えた。
「さあ、要領が掴めたらどんどん行くわよ。一階層や二階層なんて私たちにとっては楽勝でしょうからね」
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