第16話 ベルトがいいです!

「けど、そうなると装備を整えなければいけないわね」


 さんざんステータスについて盛り上がったところで、シオンとルリには戦闘パーティに参加する許可が出された。


「ああ。そして装備を買うにしてもクラスを決めなければな」


 シオンとルリはその言葉に心当たりがあった。C.C.Cのことである。

 盗賊、ヤルス、そしてジェットとサツキ。

 彼らがC.C.Cと呼ばれるクリスタルを装備した瞬間、戦闘力が大幅に上がったように見えていた。

 ステータスにもクラスの表記があり、シオンは今のところ「なし」になっている。


 ジェットが≪魔法収納≫から大粒の水晶を取り出す。


「これがC.C.Cシースリー、つまりクラスチェンジクリスタルとは、自分の才能を引き出してクラスへと昇華させる力をもつ魔石だ。――ルリは獣人だから知っているかもしれないが、C.C.Cシースリーが発明される以前までは、クラスチェンジとはエルフ、ドワーフ、獣人、魔人の専売特許のようなものだった。人間にも一応可能ではあったが、人間の中でも、特に才能を持つ者が不断の努力をしてはじめて至れる境地だったのだ。しかも人間に可能なのは「僧侶」のクラスだけといっても過言ではなかった。……だが、このC.C.Cシースリーが発明されてからは誰もが基本六種のクラスに転向できるようになったんだ」


C.C.Cシースリーが発明されてからまだ百年に満たない時間しか流れていないの。それまでの人間はモンスターを相手にする力が圧倒的に不足していたのよ」、とサツキ。


「基本六種というのは、戦士、騎士、格闘家、狩人、僧侶、魔術師のことだ。基本的に人族――エルフ、ドワーフ、獣人、魔人、人間――ならば六つのうち、一人三つの適正を持っている。……私は出来損ないで、適正が騎士と僧侶の二つしかないのだがな」


「そう自分を卑下するものではないわ。ジェットの騎士としての能力の高さを考えれば、適正の数なんて関係ないわよ。私だって、戦士の他に騎士と格闘家を持っているけれど、その二つは持ち腐れているだけだし」


「それでも俺は騎士としてもドワーフには劣るさ……でも、まあ、ありがとう」


 サツキはやや不満顔ではあったが、それでよしとしたようだ。


 ドワーフは騎士としての適正が高いのだろうか、とシオンが考えていると、それを読まれたらしく、ジェットが説明を付け加えてくる。


「ドワーフはもともとC.C.Cシースリー無しでも、『騎士、戦士、格闘家』にクラスチェンジできた種族だ。相当な才能と訓練が必要だったらしいけれどね。エルフは『狩人、魔術師、僧侶』。獣人は『戦士、格闘家』。魔人は『魔術師、僧侶』だ。……つまりC.C.Cシースリーが適正を示すのも大概がこれに当てはまるらしい。もちろん例外はあるけれど」


 要するに種族ごとの得意科目・・・・ということらしかった。



「さて、話を戻そう。……シオン、ルリ、一人ずつこのC.C.Cシースリーを手にとって念じてごらん。それで自分の適正クラスがわかるだろう」


「ど、ドキドキするです」


「うん」


 シオンとルリはおそるおそる水晶を手に取ったのだった。




 シオンとルリは水晶を手ににぎり、目をつぶった。

 すると、自分の身体の中にある器のようなものが見えた気がした。

 それはシオンがこの世界に来たときに感じた『MPの泉』であり、ルリにとっては産まれたときから当たり前にあるもの。

 その器のふちから六本の細い道が下に向かって伸びていく感覚。

 そこに新たな器が形成されていった。


 ルリは自分の中に、六つの道のうち三つの新たな器が出来たことを知るとともに、水晶の中に小さな三つの灯りが順にともるのを感じ取った。

 それは頭の中にクラスチェンジのための呪文ワードを教えてくれた。


「私は、魔術師、僧侶、格闘家のようです」


「ふむ、獣人だから格闘家の適正があったのだろうが、ルリのステータスなら前衛は厳しいから、後衛がいいだろうね。私たちのパーティとしても魔術師はありがたい」


「ええ、そうね。基本は魔術で援護、誰かがケガをしたらクラスチェンジして回復という感じかしらね。……シオンの方はどうかしら」




 シオンは始めは戸惑い、そして次第にそれは歓喜に変わっていった。


 シオンだってマンガやゲームが好きな普通の子供だった。そして、こんなシチュエーションにあこがれだって抱いていた。

 そう、自分にだけの特別な何かが起こることを。


 シオンの中に形成された新たな器は六つ!

 人が三つの適正を持つというのなら、シオンが、……実質二枚分が合成されたステータスを持つシオンが、六つの適正を持つというのはなんら不思議ではない。


 なぜならクラスもステータスの一部なのだから。



 シオンの手ににぎられた水晶の中には順に六つの灯りが燈っていった。

 それを見た三人は驚きの声をあげた。


「す、すごいわ、シオン。六つの適正を持つ者なんて、史上初よ!」


「あ、ああ。以前、二重人格の者が、それぞれの人格で異なる三つの適正を示したことはあったと聞くが、それとは明らかに異なるな。これは驚いた」


「すごいです! さすがシオン君です」


「そ、そうですか? えへへ、嬉しいなー。これでお姉さまとご主人様のお力になれますね!」


 はにかむ笑顔を見てサツキが思わずシオンを抱きしめたのは致し方ないことであった。




「それで、シオンにはどのクラスをさせるかだが」


「それなんだけど、シオンは敏捷と器用さが高いわよね。その二つが命中に大きく関ってくる狩人がいいと思うわ。ジェットが騎士で私が戦士、前衛はこの二人。シオンが狩人でルリが魔術師、この二人が後衛という感じね」


「ああ、基本はそれでいいだろう。だがシオンには姫……サツキを護るためにいつでも前・中衛に転向できるようになってもらいたい」


「はい! かしこまりました」


「もう、ジェットは心配症ね」


「となると、シオンには狩人用と近接用の装備、ルリには魔術師用と僧侶用の装備が必要だな」


「それにC.C.Cが一つ足りないわね」


 実は、先日倒した盗賊からC.C.Cは回収している。ヤルスも、それは倒した者のものだ、と認めてくれた。


「このC.C.Dクラスチェンジドライバーは腕輪型だから、身体の小さなルリにも使えるだろう。シオンには街で新しいC.C.CとC.C.Dを買ってやろう」


「ありがとうございます! あ、あの、できればボクもご主人様と同じ、ベルトがいいです!」


 実は、シオンはあの変身・・にあこがれていたのだった。


「ああ、もちろんいいさ」


 シオンはなんだか親に物をねだるような感覚を覚え、幸せを感じていた。


 一行はまもなくレッテンにたどり着く。

 そこには新たな生活と、はじまりの迷宮が待っている。




 先ほどのシオンの発言は、奴隷としては失格かもしれない。あの奴隷商にいた頃なら調教人から折檻を受けるような行為であっただろう。

 しかし、シオンはもうすでにこのご主人様の優しさを理解していたし、何よりご主人様のために自分ができることを見つけた喜びが、シオンの精神を満たしていた。


 サツキとジェットも、シオンの小さな自己主張やわがままを喜んで受け入れた。

 元来、二人は世話好きであるし、シオンがようやく精神をつなぎとめたばかりだと知っているからだ。


 実際、サツキとジェットはシオンを奴隷から解放しようとしたこともあったが、その時シオンはふたたび不安定になり泣き叫んだ。まるで幼い子供・・・・のように。


 そのためサツキとジェットはシオンを奴隷のまま、しかし扱いは義妹や義弟のように扱うと決めていたのであった。


 シオンは、サツキとジェットをご主人様であると同時に、兄姉であると半分・・錯覚している。

 そのように二人が仕向けた結果であった。


 今はそれで良いのではないだろうか。

 シオンがいずれ乗り越えたとき、そのときも変わらず接してやればいいだけのことだ。


 それはサツキとジェットにとっても幸せなことであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る