第12話 いい名前ね
「え?」
全員がシオンを振り返った。
シオンは鳥獣人の娘をしっかりと見て言った。
「オオルリっていう鳥がいるの。羽が綺麗な青色で、小さくってかわいくて、とっても美しい声で鳴くの。……お姉ちゃんに、ぴったり」
その発言は、散文的ではあったが、
「いい名前ね。この子が前にいた世界の鳥なんでしょうね。……あなたが良ければ、これからあなたのことを『ルリ』って呼んでもいいかしら」
サツキがそう同調すると、ルリは、自分は名前を付けてもらえたのだと実感できた。
ルリは、湧き上がる喜びに打ち震えた。
「ルリ――私の、名前……。あ、ありがとう。シオン君、私、嬉しい!」
ルリは自然とボロボロと涙をこぼしていた。
今まで誰にも必要とされてこなかった。
両親に捨てられ、故郷を追われ、流れ流れてここまできた。
そして魔物と怖れられ、しかし、殺されないために無害であることを証明しつづけた。
ある種、生き残る才能がずば抜けていたのだろう。
だが、生まれてきた理由は見つけられなかった。
ルリはそれでも、死のうだとか、死んでもいいなどとは考えたことはなかった。
生きる意味がなければ、生きていてはいけないのか。
自分に価値がなければ、生きていてはいけないのか。
壮絶な人生の中で、聡明な少女は自分の哲学を構築した。
生きていくのに価値や理由など必要ない――
そう、考えていたのだが……。
名前をもらって、生まれてはじめて、自分というものが確立されたような気分だったのだ。
いや、いまでも彼女の考えは変わってはいない。
生きていくのに価値や理由などやはり必要ない。しかし、もしそれを見出せたのなら、それを大切にしよう。
そう、決めたのだった。
もし、ふたたび失ったとしても、いつか、また
シオンはルリに微笑んだ。
ルリは、シオンの胸に顔をうずめて泣いた。
「おー、よちよち」
シオンはよくわかっていなかったが、ルリを慰め続けた。
ヤルスはだんだんと危機感を覚えはじめていた。
ヤルスは奴隷商人であり、このようなお涙頂戴のシーンなどいくらでも見てきた。
よってまあ、よかったね、くらいの感覚ではあったのだが。
ヤルスは根っからの商人であるがゆえに、心配するのは金であった。
こいつらは、値切るつもりもなく値切ってくるのだ。
このままシオンが金一枚以下で買われてしまえば赤字となる。
いや、盗賊の襲撃によってすでに大赤字を出したばかりではあるが。
だからこそ少しでも新たな商売を始める資金を稼いでおきたかった。
「で、ではシオンの方はお買い上げ頂けるのでしょうか」
ヤルスは切り出した。
「ええ、そのつもりよ」
サツキが即答する。
「待つんだ、サツキ」
と、再びそこに割り込んだのはまたもやジェットであった。
ヤルスは、またか、と、今度はなんだ、といった感情が混ざり合った複雑な表情をした。
が、その心配は杞憂であることが次の言葉でわかった。
「私も出そう。君と私で金一枚ずつを払えば、あちらも少しは立つ瀬があろう。――それでも本来の金額よりは少ないが、良しとしてはくれないか」
その提案にはヤルスも一も二もなく飛びついた。
「あ、ありがとうございます。……ええ、こちらは命を救っていただいた身。もとより儲けなど気にしてはおりません。お買い上げありがとうございます」
そこからの手続きは素早かった。
せっかく多めに払ってくれるというのだ、気が変わってもいけない。
ヤルスは奴隷紋をシオンの首輪に刻みつけ、証文のほうをジェットに渡した。
ちなみに奴隷紋とは、持ち主を証明し、定められた対価を払い終えるまで消えない魔法刻印である。
これがあるうちは首輪は外すことはできない。
「主人となる方はどちらになさいますか?」
問うヤルスに、サツキは少し考えて、両方でいいと返答した。
奴隷を家族や店といった単位で持つこともある。そのこと自体は不思議なことではなかった。
この何気ない選択はシオンの人生に大きな変化をもたらすのだが、今は誰もそれを知る由もない。
正直、ヤルスは内心で舌を巻いていた。
はっきり言ってヤルスは、相手を量っている面もあった。
結果としては器の大きさを見せつけられたと言っていい。
しかし、結果で言えば、ヤルスの方にも分はあった。
助けに入られて礼をしなければならない状況で、商売をし、利益を出したのだ。
二人合わせて売上げが金二枚となれば実は破格の値段。
持ち出した店の蓄えと合わせれば、新天地で新たな商売を始めるのに十分すぎる資金を得たのだった。
このヤルスという商人が、この先どのような結末を迎えるのか、とくに語られることはないだろう。
彼の出番はここで終わりだ。
これはシオンという少年、あるいは少女の物語。
ようやくその人生の
彼、あるいは彼女の人生はこれからも波乱に満ちたものとなる。
だが、今までとは違う。
これからはシオンは自ら選択してそれらに立ち向かっていくのだ。
であるならば、そこには後悔などないはずなのだから――。
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