第324話 奥宇奈谷大戦 瓦版 その1

 阿東藩、城下町にて、この時代における新聞ようなものである『瓦版』が、売り手の流れるような口上と共に発売され、その興味を引く内容に、飛ぶように売れていった。


 そのタイトルは、


「松丸藩の大山賊団『山黒爺』を、阿東藩の大仙人・前田拓也が成敗に乗り出す」


 というものだった。

 どこから情報が流出したかは不明だが、その題目の固有名詞は正確だった。

 そしてそこに書かれた内容は、以下のようなものであった。


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 松丸藩の山奥のさらに奥、その名も『奥宇奈谷』に通ずる道に、数百人が属するという大山賊団「山黒爺」あり。


 その残虐さはまさに鬼畜の所業であり、女子供を攫い、男は皆殺しにし、村の家々には火をかけ、あらゆる物品を略奪する外道の集まりなり。


 松丸藩主が兵を送るも、その者どもの逃げる速さは風の如くであり、誰一人として捉えることができぬ有様。


 業を煮やした松丸藩主、我らが阿東藩の大仙人、前田拓也に成敗を依頼する。

 以前阿東藩沖の大海賊団をたった一人立ち向かい、天空より火炎を召喚してその敵船を焼き尽くした大仙人、前田拓也の手にかかれば、たとえ大山賊団といえどもたちまちのうちに壊滅させられるものであると皆、期待を寄せる。


 しかしながら山地での火炎召喚は山火事に繋がるために容易にはできず。

 また、海と異なり山賊達の隠れる場所があちこちに存在するため、如何に前田拓也といえども大苦戦を強いられる。


 あちらに行けばこちらに出没、こちらを叩けばまたあちらで悪行を働く山賊達に、前田拓也も手を焼き続ける。


 そうこうしているうちに、ついに山賊達は奥宇奈谷に侵攻を開始。

 攻め手を分断されし前田拓也とその仲間達は遅れを取り、その侵攻を止めきれず。


 奥宇奈谷には美しき巫女、『奥菜姫』あり。

 奥宇奈谷の頭領、奥菜姫を事前に前田拓也に託し、老いの身でありながらその戦いに参加するも、あえなく負傷退陣。


 新しく頭領の名を継いだ男、その名を「ハグレ」という若武者なり。

 ハグレ、山黒爺の猛者ども相手に獅子奮迅の活躍なれど、その侵攻を止めきれず、大怪我を負う。


 そこに颯爽と現れしは、百里を瞬時に飛び越える御業を持つ我らが大仙人、前田拓也なり。

 かの者がその宝剣を天にかざせば、たちどころに雷雲立ちこめ、その雷にて山賊達を撃退せり。


 かくして、奥宇奈谷につかの間の安泰の刻が戻るも、気がかりは奥菜姫の恋心。

 窮地を助けられ、すっかり前田拓也に心酔せし奥奈姫なれど、前田拓也にはすでに妻子在りし為、泣く泣くその身を引かん。


 また、退治せしめる山賊達は、山黒爺のほんの一部の者達なり。

 前田拓也、また新たな討伐の旅に出立せん。


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 前田邸に集まった前田拓也の妻達は、この瓦版を見て、一様に深刻な表情を浮かべた。


「……こういう他藩の出来事を扱った瓦版、でたらめな内容が多いものだが、なんか拓也殿が前に戻ったときに話してくれた内容とよく似ていて、気味が悪いな……」


 ナツが心配そうにそう話した。


「所々、名前なんかが正確に登場していて、怖くなります……『奥奈姫』は完全な間違いですけど……」


 ハルも少々涙声になっていた。


「ひょっとしたら、話の出所は阿東藩の役人の誰かかもしれないわね……拓也殿が戦況を話したのを、そのまま瓦版に流したと考えるのが自然だから」


 凜が冷静に分析した。


「そうだね……タクは、女の子の名前なんかお役人に言わないから……」


 ユキも冷静だ……しかし、その口調には彼を心配する様が感じられた。


「戦況は一進一退、あまり芳しくなさそうですね……いずれにしても、私たちはただ、拓也さんを信じて待つしかないですから……それと、同じ仙術を使う優さんのご無事を祈りましょう……」


 涼は心配そうにそう口にした。


 前田拓也にとって最初の妻であり、彼の補佐のためこの場を離れている優のことも、皆で気遣っていたのだった。

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