第322話 拓也を待ち続ける嫁達 ~ハルの場合~
前田拓也の帰りを待つ嫁達の中で、最も心配性なのが、ユキと並んで最年少のハルだった。
他の嫁達が、双子で同い年のユキを含めて、全員が拓也の無事を信じ込み、動じないようなそぶりを見せる中、時折だが、最悪の事態を思い浮かべてしまっていた。
危険な場所にいる拓也のことを心配しすぎて、眠れない日もあった。
自分以外の女性達は、みんな平気そうにしているのを見て、皆、強いなあ、と思った。
それだけ彼のことを信じているのかもしれないが、自分はどうしても、万が一、を心配してしまう。
と、ここでふっと、ある可能性が頭に浮かんだ。
ひょっとして、自分が一番、「ご主人様」のことを愛しているのではないか……。
私は、彼のことが好きだ。
どうしようもないぐらいに、想い続けている。
この気持ちは、他のみんなと比べても、絶対に負けていないと自信を持っている。
もちろん、だからといって、自分が一番愛されているわけではない。
それでも、交代で巡ってくる「嫁の日」には、ちゃんと自分のことを嫁として慈しんでくれる。
彼のことが好きでたまらない自分にとっては、夢のような時間だ。
しかし、それでも、つい気になってしまう……自分は、彼にとって何番目に愛されているのだろうか、と。
たぶん、彼が一番愛しているのは、優さんだ。
二人の間には子供もいるし、一緒にいる時間も一番長い。
他の女性達も、彼女は特別と分かっている。
では、二番目はどうだろうか。
自分以外の女の子は、みんな平等に愛されているように思う。
でも私は、ご主人様と結ばれたのは、一番最後だった――。
けれど、私には彼と二人だけの「秘密」がある。
ご主人様と一番最初に「口づけ」をしたのは、私だ。
「前田邸」の抜け穴に誤って落ちてしまい、途方に暮れ、恐怖に震えているときに、必死に助けに来てくれたのがご主人様だった。
彼の声が聞こえてきたときに、どれほど安堵し、嬉しかったことか。
暗闇から抱き上げられ、救い出されたそのときに、私は思わず、口づけしてしまった。
ご主人様は、そんな自分を受け入れてくれた。
そして時々、あのときのことを話しては、
「仙界では、初めて口づけした相手には、特別な意味があるんだよ。それがハルで良かったと思ってる」
と言ってくれる。
それだけで、すごく嬉しかった。
――そんな甘い思いを持っていたが、奥宇奈谷から二人の女性がやってきて、考えが変わった。
彼女たちは、好きな男性と結ばれることすらかなわない。
村の掟に従って、子を宿す相手が選ばれてしまうのだという。
その話を聞いて、自分が一番好きだとか、何番目に愛されているとか、そんなことを考えている自分が恥ずかしくなった。
そもそも、自分は身売りされるはずだった。
それを必死に駆けずり回って、救い出してくれたのもまた、ご主人様なのだ。
好きという感情以前に、どれほどの恩を受けていたのだろうか……。
そして、他のみんなが、ご主人様が一晩だけ如月さんと共にしても良いのではないか、という意見にも賛同できた。
自分たちは、あまりに恵まれすぎている――。
そう考えると、涙が出てきた。
そして、彼が今、必死に戦っているのは、そんな彼女……いや、奥宇奈谷の全女性達の為でもあるのだ。
もちろん、心配ではある。
しかし、私は嫁としてもっと強くなり、そんな彼の事を支えなければいけないのだ……。
そう考えて、ふと、他のみんなのことが理解できたような気がした。
みんな、彼が危険な場所に行っていることが平気なのではない。
平気なフリをしているだけなのだ……彼や、周囲の人に心配をかけまいと。
ようやく、自分が如何に子供じみた考えだったかに気づいた。
そして誓った……ご主人様に頼られる嫁の一人になるんだ、と――。
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※ハルはユキと双子で、数え年で十七歳ですが、満年齢だと十六歳です。
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