第313話 二百年の前倒し
露天風呂を満喫した俺は、仲良くなった巫女さん達をはじめとする女性達に別れを告げて、如月、皐月と共に長老の屋敷へと帰った。
道中、月明かりに照らされた如月の美しい全裸を思い出し、少し顔が熱くなったのだが、そんな俺を見て、如月も顔を赤くしていた。
如月は、ある程度俺の心を読めるんだった……。
けど、それでも構わないと思った。
いつの間にか、それほど如月とは心から打ち解けていたのだ。
そんな様子に、皐月は
「うらやましい……私も早く大人になりたい」
と、冷やかし混じりに言葉をかけてきて、如月に
「そんなこと言ったら、拓也さんに失礼だから」
と、苦笑交じりに叱られていた。
屋敷に着くと、案の定、長老には、是非とも如月と一夜を共に、と笑いながら勧められたのだが、今回もそれは固辞した。
ただ、少しだけグラリと心が揺れかけたが……優達の顔を思い出し、すぐに正気に? 戻った。
長老や如月、皐月たちから、ご馳走の接待だけ受けて (これは是非に、ということだったので言葉に甘えた)、俺は一旦、現代へと帰ってきた。
その夜、前々から考えていたある大きな疑問が浮かんだ。
ネットで再度調べようかとも思ったのだが、そう簡単に見つかる物でもなく、また、かなりいろんなことがあってヘトヘトに疲れた一日だったので、そのまま眠ってしまった。
翌日。
前夜の疑問がどうしても頭から離れず、俺は現代の奥宇奈谷の歴史資料館を訪れていた。
望み薄なのだが、ひょっとしたら、例の崖崩れについて、何か歴史資料に記述があるかもしれない、と考えたのだ。
過去の世界において、俺が現地にたどり着くまで、塩をはじめとした生活必需品が極端に不足していた奥宇奈谷。一体、どうやってこの局面を乗り切ったのだろうと、それをずっと疑問に考えていた。
すると、その古い記述は見つかった。
やはり、この村にとっては一大事だったようで、きちんと資料として残されていたのだ。
そこに書かれていた驚きの事実。
例の崖崩れは、あの半年ほど後に、大雨による再度の崩落が発生し、上手い具合に積み重なっていた土砂が、ほとんど流れてしまったという。
これで再整備がしやすくなって、さらに数ヶ月かけてようやく復旧したとのことだった。
しかし、山を一つぐるりと迂回、それも断崖絶壁にわずかに突き出るようにかろうじて存在するこの小道はとても危険で、結局それからも奥宇奈谷はずっと「陸の孤島」状態だったらしい。
さらに、現代までの奥宇奈谷の歴史を調べていくと、それが根本的に解消されたのは、明治になってからなのだという。
その方法に、驚かされた。
「危険な迂回ルートを回避するために、
こんな荒技を、明治時代にすでに完成させていたのだ。
それも、ツルハシやノミ、ショベルなどを利用した手堀りだったのだとか。
長さは約、八十メートル。全て人力でそれらをやりきったというのだから、当時の人々の執念には恐れ入る。
ここでふと、俺の頭の中で、何かが電流のように走った。
明治時代に、人力でトンネルを掘ることができるのなら、現代の便利な道具を使ったならば、もっと簡単に山を穿つ隧道を完成させることができるのではないか――。
そこでネットでいろいろ調べてみると、小型の発電機やコンプレッサー、アタッチメントで先端の形状を変化させられる削岩機など、様々な便利道具が俺でも購入できることが判明した。
加えて、この地方の岩盤はそれほど堅いものではなく、そのために手掘りで隧道を掘ることができたと、資料には書かれていた。
これらを総合的に勘案して、俺が出した結論。
二百年前倒しで、奥宇奈谷への隧道を完成させる――。
それほど規模は大きくなくても良い。人一人が、荷物を背負って通行できるぐらいのもので十分なのだから。
まずは、村の長老たちと話し合い、俺の計画への賛同を得るところから始めよう――。
このときの俺は、新たな希望に満ちていた。
こうして、奥宇奈谷を孤立から解放するための一大プロジェクトが始まった。
そしてこのことが、如月、皐月、村を離れている弥生、睦月たち狩人衆、さらには奥宇奈谷全体の運命を、大きく変えていくことになるのだった――。
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