第312話 月下の美少女

 いきなり衣を脱ぎ始めるという如月の大胆な行動に、俺は慌てて後ろを向いた。

 すると、クスクスという小さな笑い声が聞こえた……如月と皐月の二人だ。


「やっぱり、拓也さんは思ったとおり、すごく真面目な方なのですね……」


「えっと、いや、真面目って言うか、驚いたって言うか……」


 如月の、ちょっとからかうような、それでいて褒めるような、そんな声に少し戸惑いながらそう返した。


「『殿方に初めて裸を見せるときは、衣を脱ぐのはその方のすぐ目の前で』……そんな古いしきたり、作法があるのです……でも、たぶん拓也さんなら、今のように目を逸らすような気はしていましたけど」


 ……彼女は、心を読むだけじゃなく、その人の人格まで把握できるんだなと驚嘆してしまう。そして俺の行動を把握した上で、そのしきたりにも背かないようにしたのだ。


 そしてそんな俺たちの様子は、先に温泉に入っている女性達も見ていた。

 彼女たちが、「如月がしきたりを守った」という証人になるわけだ……いや、まあ、そこまで厳格なものではなく、彼女たちなりのコミュニケーションの一環なのかもしれないが。


 その証拠に、温泉の中の女性達から、少し冷やかすような声が聞こえてきたし。

 こうなると、俺も半分ヤケになって、着ている服を脱ぎ、小さな手ぬぐいだけになってその温泉に入っていった。

 女性陣はキャアキャアと騒いでいたが、笑っていたから、まあ大丈夫だろう。

 俺だって、複数の女性との混浴は初めてじゃあないんだ。


  ……とまあ、最初はそんな感じでドタバタだったが、少し落ち着いて慣れてしまえば、その天然の露天風呂は実に風情があるものだった。


 それなりに深さもあるので、入ってしまえば、女性達も肩から上しか外に出ていない。

 月夜とはいえ、昼間のように明るいわけではないし、水面はゆらゆらと波打っているので、胸より下が見えてしまう心配もないのだ。


 お湯はややぬるめで、ゆっくりと浸かることができる。

 如月は、すぐ近く……お互いが手を伸ばせば届きそうなところまで近づいて来た。

 ちょっと俺がドギマギすると、さすがにそれ以上は接近してこない。


「……お湯加減はどうですか?」


 如月は、わずかに顔を赤らめながら聞いてきた。


「ああ、すごく気持ちいいよ。川だから、ちょっと流れがあるのも新鮮で気持ちいい」


「でしたら、良かったです……湯温の調整、水かさによって石の積み方で変えているので、結構難しいのですよ」


「……なるほど、源泉からの湯と、川の水の流れを上手いこと混ぜ合わせているんだな」


「はい。でも、湯元の方もそんなに熱くないので、川の水の方は少ししか混ざっていないのですけどね……ここのお湯、昔っから万病に効くって、村内でも利用している人は多いんです」


「そうだろうな……でも、その割には、今日は若い女性しか入っていないように見えるけど……」


 周囲を見渡すと、二十代前半以下ぐらいの女性が、如月と皐月を入れて十人ぐらいいるだけだ。如月以外は皆、やや遠巻きにこちらを注目している。


「そうですね。実は先ほどもお話ししたとおり、男女別で入っているのですが、特に若い女性だけは、主に月夜にこうやってみんなで入っているのです。もっと年配の女性ならば夕方とかに入るのですが、どうも若い女性がその時間帯に入ると、男の人が覗きに来ることがあるようなので……男の人って、そういうものなんですよね?」


 その説明を聞いて、なるほどと納得がいった。

 阿東藩でも、江戸の湯屋でも、基本的に男女混浴だったが、建物の中は薄暗く、ようやく顔の判別ができるぐらい、という場合が多かった。

 しかし、この露天風呂なら、特に昼間はバッチリ裸が見えてしまう。

 そこで、若い女性はこうやって夜間に入浴をしてしまおう、ということらしい。


「たしかに……男は、そういう生き物だな……女の子にはなかなか理解してもらえないだろうけど」


「そうですね……裸を見たがっているな、っていうのはなんとなく分かるんですけど……どうしてそういう気分になるのかは理解できないです」


 いたずらっぽくそう笑う如月に、思わずドキリとさせられてしまう。

 彼女、こんな小悪魔な一面もあるんだな……。


 俺たちの会話が楽しそうに見えたのだろうか、如月の後ろで待機していた、皐月を含む女性達が、


「ねえ如月、もう私たちもそっち行っていい?」


 と、色っぽい声を投げかけてくるではないか!

 一瞬戸惑ったのだが、そんな俺を見て、如月が困ったような表情をする。

 多分、俺がそれを断ると、彼女の立場的に「独占した」と取られかねないのだろう……そう判断した俺は、


「えっと、俺は別に構わないけど……」


 と呟くように言った。

 すると、如月の表情がぱっと一瞬、明るくなると同時に、今まで待機していた七、八人の女性達がキャアキャア言いながら迫ってきた。


 慌てる俺だったが、幸か不幸か直接触られるようなことはなく、そのかわりに間近でいろいろ質問攻めに遭ってしまった。


 みんな、若くて可愛い……肩までとはいえ、肌が見えてしまっているので、ちょっとクラクラするような、のぼせるような感覚に陥ってしまった。


 すると、そんな俺の困った様子に天が味方してくれたのか、薄雲が出て、月を隠してしまう。あたりは、今までよりかなり暗くなってしまった。

 そのことに不満を漏らす女性陣。


 如月は後に退いていたのだが、周囲の視界が悪くなったのを確認して、彼女自身少しのぼせていたのか、立ち上がって河原の方で腰を下ろし、一休みし始めた。


 その様子はぼんやりと輪郭が見える程度だったのだが……しばらくすると、また月の女神のいたずらなのか、今度はかかっていた薄雲が切れてしまった。


 そこに浮かび上がったのは、月光に照らされながら休憩している、全裸の美少女の姿だ。

 如月は、あたりがいきなり明るくなったことと、俺が見ていたことに、はっとした表情だったが、隠すのも今更だと思ったのか、苦笑を浮かべてそのままの体勢でいた。


 それはとても美しく、幻想的な光景だった。

 いやらしい気持ちになることはなく、ただ、その姿を見つめていたいと、素直に思った。


 そしてそんな俺の心中を、如月も感じ取っていたのだろう。

 質問攻めしてくる女性達には生返事をしながら、しばらく、如月の美しい裸体に見入ってしまっていた――。

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