第279話 茂吉の証言①
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その日の午前、茂吉はまた慌てた様子で前田美海店に駆け込んできた。
「……あら、茂吉さん。どうかしましたか? まだお店は準備中ですよ……って、多分昨日のことでしょうね……」
彼は、お里――数え年で19歳、満年齢で18歳――が開店準備をしているのを見ても、冷静さを取り戻すことができなかった。
前回は自分が慌てている様子を見られたくないと思ったのだが、今回はそんな余裕もなかった。
「あ、ああ、その通りだ……いや、飯はあとで食うつもりだけど、それよりも、えらいもんを見ちまった……前田の旦那は……いねえみたいだな……」
「ええ、拓也さんは忙しいから、多分今日も来ないと思いますけど……居た方が良かったですか?」
「いや……いねえ方がいいかもしれない。本気で怒ったあの人は、とてつもなく恐ろしい……そのことを、忠告しに来たんだ」
「恐ろしい? ……昨日、一体何があったんですか? 茂吉さんは、何を見たんですか?」
「ああ、それを説明しようと思ったんだが……お里、おめえはどこまで知っている?」
「どこまでって……昨日のお昼ぐらいに、海のほうで黒い煙が沢山上がっているのが見えて、何があったのかなって、みんなで噂してましたけど……多分、拓也さんが関わっているだろうっていうのは想像してましたけど……ナツさんが、心配ないって言ってくれましたから」
「そ、そうか……お夏さんが居るんだったな……」
と、彼は店の奥を見つめた。
するとその声を聞きつけたナツが、厨房から出て来た。
「相変わらずおおきな声だね……まあ、あんたが生業とする海で、あれだけの騒ぎになるようなことがあったんだ。その気持ちもわかるけどね……私にも聞かせてもらっていいかい?」
「えっ……けど、お夏さんは、旦那に直接聞けばいいんじゃないか?」
「いや、あの人は今回みたいに派手に動いたときは、あんまり自分が何をやったかは教えてくれないんだ。だから聞いておきたい」
「なるほど……前田の旦那らしいな……けど、俺が喋ったって言わないでくれよ?」
「ああ、もちろんだ。約束は守る」
海で見たことを、わざわざ前田美海店まで来て詳細に話す人物など茂吉の他にいないので、誰が喋ったかなど特定できてしまうのだが、そこは暗黙の了解だった。
「……あの……私もそれ、聞いていいですか?」
おずおずと、ナツと一緒に厨房から出て来た、割烹着を着たまだ十代半ばに見える、小柄な少女。
「……この子は……あんまり見かけねえ顔だな……」
「ああ、最近……っていうか、今日からこの店を手伝ってくれることになった薰だ。可愛い顔をしているが、少し男勝りで気性が荒いときがある。変にちょっかいを出したら大声出されたりするから、気を付けなよ」
ナツが笑いながらそう紹介した。
薰は、それに対して少し顔を赤らめた。
「へえ……確かに、可愛いな……」
思わず彼女を見つめて、そう呟いてしまった茂吉の手の甲を、お里が軽くつねる。
「痛てっ……ちょ、ちょっと褒めただけじゃねえか。おめえだって可愛いって!」
それを聞いて、今度はお里が赤くなる。
「……それより、お話、してもらえますか? 開店の準備もしないといけないですし……」
「あ、ああ、そうだな……いいか、今から俺が話す内容は、実際に俺がこの目で見た事だ。誰かからの又聞きとかじゃねえ。だから全部本当の事だ……前田の旦那が仙人、って言うことは、俺も前から知っていた。だが、あそこまで恐ろしい大仙術を使いこなせるとは思っていなかった……あの人は、たった数人の従者と共に海に出て、この辺りにたむろしていた百艘以上の大海賊団の船を焼き尽くしたんだ……」
緊迫した語り口に、全員息を飲んだ。
茂吉による、かなり大げさに誇張された前田拓也の武勇伝が、語られはじめた――。
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