第278話 蛇竜海賊団壊滅
阿東藩の巡回艇によると、海賊団は依然、足羽島群島付近に多数潜伏しているらしい。
騒ぎがあった翌日だったが、すぐに大きな動きはないようだ。
「いや……阿東藩自体がなめられているっていうこともある。この藩の沿岸警備は手薄だ。今までこれほど多数の海賊は出没しなかった。米の他は、木材ぐらいしか有益な運搬品はなく、あまり海賊側にも利はなかった。最近になって、金鉱石や絹の反物といった高価な物資が増えて来たので、狙われだしたのだろうが……藩の巡回艇の足は遅く、せいぜい弓や槍で装備した藩士が、かなり接近、または乗り込んで制圧しようとするだけだ。鉄砲もあるにはあるが、数が多くないし、海上で波に揺られながらの訓練など、したこともないだろう。数にものを言わせて乗り込んだとしても、損害はこちらの方が大きくなり、しかも逃げられる」
三郎さんの冷静な分析だ。
これは阿東藩主と俺が以前に話をした中でも言われていたことだ。
船外機を使った船を多数揃えることも話してはいたが、それはこの時代ではオーバースペックだ。
そもそも、船外機自体が、滅多に使用してはならない、秘密の装置なのだ。
こんなものを多数揃えたとあっては、それこそ幕府に目を付けられてしまう。
「ふむ……ならば、我らが『黒鯱』で一気に殲滅させたいところだが、厄介な場所に集結していやがるからな……」
海留さんも思案顔だ。
前にも話が出ていたが、足羽島群島付近は浅瀬や岩礁が多い。
大型船である『黒鯱』では、迂闊に近づけば座礁の可能性がある。
「……けど、それじゃあ、ほうっておくんですか? 俺……いえ、私、聞いたんです……今まで、どれだけの娘達が私のように攫われて、酷い目に遭ったか……」
薰は、怯えた表情を見せながら、海賊達から聞かされた話を語った。
それは、俺が想像していたより、ずっと酷い仕打ちだった。
薰を怖がらせるためにあえて大げさに話したのかもしれないが……海賊達は、『大頭』が薰に手を出すまでは自分達が何もできない分、せめて彼女が恐怖におののく様子を楽しんでいたようなのだ。
若い娘にとって、地獄のような日々が何日、何十日も続く。
薰も、自分もそんな毎日になるのだと、人生を諦めていたのだという。
これは、由々しき時代だ。
もしも、自分達の嫁の、誰か一人でもそんな目に遭ってしまったなら……。
嫁でなくても、女子寮の娘達でも……いや、阿東藩の全ての娘達、誰一人として、そんな目に遭わすわけにはいかないのだ。
今までは、俺が扱っている商品である絹織物が奪われるかどうか、ぐらいでしか、海賊達のことは考えられていなかった。
しかし、その考えは甘かった。
奴等は、絶対にのさばらせておいてはいけない存在だった。
「……分かりました。現実に、薰が攫われた以上、他の娘が攫われないという保証はない……皆が言うとおり、俺は、腰抜けだったんだ……」
その一言に、皆の視線が集まった。
「蛇竜海賊団を、潰します。そのための策を、俺は考えています」
「……蛇竜を、潰すだと? だが、仙界には、そんな大層な武器は無いって言ってたんじゃあなかったのか?」
海留さんの疑問はもっともだ。
「はい、確かにそう言いました。そしてそれは本当です……ただ、武器でないものでも、組み合わせれば強力な兵器となり得る……まあ、もっとも、それを考えついたのはほんのついさっきなのですが……準備には、一日もかからないと思います」
俺は、淡々とそう口にする。
相当危険な兵器を、新たに創り出すことになる。
おそらく、使用された方は、死者が出るほどではないだろうか、かなり重度のケガを負う可能性がある。
それでも、俺はその行動を実践しなければならない。
俺は、覚悟を決めた。
――翌日の昼前、俺と三郎さんは、『仙廻船』に乗って足羽島の近くまで進んでいた。
登さん、徹さん親子も乗っている。
既に十隻ほどの船が、足羽島側から近づいてきていた。
パーン、という乾いた音が聞こえる。
まだ火縄銃の射程からは相当離れているが、向こうは、
「これ以上近づいてきたら、確実に殺す」
という威嚇をしてきたのだ。
だから、俺達は、それ以上進むのをやめた。
向こうも、それ以上近づいてこない。
俺達が乗る『仙廻船』の船足は知っているはずだ。
必要以上に追っても無駄だと、理解しているのだ。
ただ一つ、向こうの認識が甘かったとすれば、それはこちら側が何の遠距離武器も持っていないとタカをくくっていたことだ。
そんな海賊船の一隻、四,五人ほど乗っている小型船の船首付近に、上空から何かが落ちた。
次の瞬間、パッと赤い炎が沸き上がった。
一瞬、海賊達は何が起こったのか分からない様子だったが、数秒後、なぜか突然船が燃え始めた事に気付いて、あわてて海水を柄杓のようなもので組み上げて、火を消そうとした。
しかし、引火したガソリンがその程度で消えることはない。
そうこうしているうちに、今度は船尾付近からも炎が湧き起こる。
乗員達はパニックになって、大声で何かを喚き、そのうちに船を諦め、海に飛び込んだ。
その周囲の船も、同様だった。
次々に、上空のドローンから落とされる、ビニール袋に入ったガソリン、それも火縄付きのものの直撃を受け、火災が発生していたのだ。
ドローンの数は、計四機。
それを、俺と三郎さんで交互に操縦し、登さん、徹さんが、ドローンへのガソリン入りビニール袋、火縄の取り付け作業をしてくれていた。
十艘の海賊船が全て炎上、放棄されるのに、それほど時間はかからなかった。
残りの船も、パニック状態に陥ったに違いない。
黒煙を上げ、赤い炎に包まれて、次々に放棄される船を見て、我先に、と逃げ出したのだ。
しかし、湾状になっている海域からこちらに逃げてくるものは、全て火炎投下ドローンの餌食となる。
そこで命からがら、回り込んで沖の方へ逃げようとする海賊船に対し、轟音と共に大砲が発射され、木っ端みじんに吹き飛ぶ。
沖で待機していた、海留さんが指揮を取る『黒鯱』の射程内に入ってしまったのだ。
こうなると、もう海賊達はただ逃げまどうのみだ。
とはいっても、船は燃やされるか、大砲で砕け散るかのどちらかなのだ。
船を捨て、泳いで足羽島に戻るしかない。
しかし、そんな事をしても何もならない。
その島に立てこもっても、援軍が来るわけはないからだ。
そして俺は、怒りをもって、徹底的に海賊船を沈めにかかった。
上空のドローンに発砲するものもいたが、十分に高度を保って、上空で展開、投下攻撃させている。鉄砲でも、打ち落とすことはまず無理だった。
圧倒的な戦術の差で敗北した海賊達は、船を失い、とりあえず足羽島に潜伏するしかなかった。
それも、無駄なあがきだった。
その夜、密かに上陸した三郎さん率いる阿東藩の忍部隊に、海賊達は次々と捕縛されていった。
忍の人数は、十人に満たなかった。
しかし、全員がナイトスコープを装着しており、夜間の戦いにおいて圧倒的に有利だったのだ。
こうして、『蛇竜海賊団』は、わずか一昼夜で壊滅した。
そしてそれを成し遂げた『仙人 前田拓也』の名は、『黒鯱』と共に、諸藩に轟くこととなったのだった――。
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