第238話 女子寮の説明

「……なるほど、やっぱり男と言われればそう見える。その浴衣を着てると、男前に見える」


 俺が、褒め言葉になるのかどうか分からないがそう言うと、


「そ、そうだろう? ほら、お父、俺はまだ男でいけるよ!」


 と嬉しそうに笑う。


「馬鹿、男に見えると言われて喜ぶ女子おなごがどこにいる。お前は、別嬪べっぴんと言われて喜ばなきゃいけない」


 徹さんは呆れたようにそう小言を言った。


「そんなこと言われたって、つい半年前までは、同じ年の男に負けるなって言われてたのに、急に女子になれって言われたってなれねえよ……」


 薰がそう不満を漏らす。

 どうやら、徹さん達は、半年ほど前から、彼女に対して急に方針を変更し始めたようだ。


 と、その時、三郎さんが所用から帰って来た。


 俺たち……というか、親子三代が微妙な雰囲気になっていたのを不審がっていたので、俺が子とのあらましを説明したところ、三郎さんも


「なるほど……胸をサラシで巻いて目立たないようにしているのか。漁船には女は乗らないものだという思い込みもあった。これはしてやられたな……」


 と苦笑いだった。

 三郎さんをもってしても、彼女の男装は見破れなかったようだ。


 まだ十代中盤だから、中性的な雰囲気だし、見極めるつもりで見ないと気付かないだろう。そういう意味では、漁師という職業は見る目を惑わされるものだった。


 三郎さんの言葉を聞いて、ますます得意になる薰。徹さんはため息をついていた。


「……しかし、そうすると問題が出てくるな。この剣術道場は男しかいねえ。そんなところに年頃の娘がたった一人、生活するとなると……」


 三郎さんが、真面目な顔でそう思案する。

 それを聞いて、薰はわずかに怯えを見せた。

 徹さんも体は大きく、鍛えられているが、剣術道場の男達はそれ以上の者がいくらでもいる。力ずくで乱暴されれば抵抗できない、とでも考えたのかもしれない。


「……ここの道場の門下生達は、皆武士道精神に溢れているから、万が一にも間違いなんかは起きないだろうけど、ただ、やっぱり若い娘が同じ屋根の下で寝泊まりしているっていう話が広まると、修行に集中できないとか、そういう問題は出てくるかもしれないな……」


 俺がそうつぶやくと、薰は暗い表情になってしまった。


「……かといって、見知らぬ土地で親子三人をあまり離してしまうわけにも行かないし……仕方無い、隣の女子寮には空き部屋があったはずだ。そこに泊めてもらえないか、寮長に交渉してみるよ」


「……女子寮、か。けど、それを、そこの小僧……いや、娘が納得するかな……」


 三郎さんのそんなつぶやきに、俺もちょっと心配になってしまった。


 徹さん、登さん、かおるの親子三人に、『女子寮』とはどういうものか、と聞かれたとき、俺はあまり深く考えず、


「主に未婚の女性達を集めて、一緒に住んでもらっているところだよ。今は二十人ぐらいいるかな……」


 と何気なく紹介すると、三人とも表情を一瞬で厳しい物に変えた。


「……未婚の女性を二十人も集めて、住まわせているですと? それは一体、どういう場所なんじゃ……」


 徹さん、心なしか怒っている様にも見える。


「今の言い方だと、拓也さんの説明不足だな。他藩にそんな施設はないんだ。いや……あるとすれば、遊郭ぐらいか?」


 その三郎さんの説明を聞いて、はっと思い当たった。


「そ、そうか、そう思っても不思議じゃないですね……すみません、ちゃんと説明できていなかったですね。そこに住んでいるのは、絹糸を作る作業とか、機織りとか、そういう仕事をしてくれている女性の方です。俺が経営している飲食店の接客をしてもらっている、店員さんなんかもいる。同じ藩内の、もっと田舎の方とかから来てくれている人とか、中には、別の藩からも出稼ぎで来ている人もいるんですよ。みんな普通の仕事です。遊郭なんて、そんな怪しいものでは絶対にないです」


「出稼ぎ……つまり、奉公人を集めて、住まわせているということですかの?」


 徹さんが幾分表情を緩めてそう言った。


「奉公人! そう、そういう人達です。女性達ばかり、と聞くと、防犯とかは大丈夫なのかと思うかもしれませんが、隣がこの剣術道場です。ここでは自主的に夜の見回りなんかもしているので、とても安全です。もちろん、女子寮は、ここの門下生も含めて、男子禁制。とても安全です。あとは、本人がそこで寝泊まりすることを気にしないかどうかですが……」


 俺がそう言いながら薰の方を見た。

 彼……いや、彼女は困惑した表情で何か言おうとしたが、


「無論、問題ない。そもそも俺達は船が壊れ、流されてここに辿り着き、厄介になっている身だ。本来であれば、牢屋に入れられても文句は言えない。それなのにこれほどの待遇をしてもらって、その上で薰の身の上まで案じて、そのような安心できる場所に泊めて頂けるなど、願ってもないことだ。これで文句を言うようなら罰が当たる」


 登さんは、薰を睨み付けながらそう言った。

 その一言で、彼女は反論できなくなってしまい、頷くしかなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る