第236話 しゃわー
『秋華雷光流剣術道場 井原支部』は、手倉海岸から歩いて三十分ほどの場所にある。
ここは結構設備が充実している。
道場は板張りだが、奥に討論や休憩ができる広間があり、そこは畳が敷いてあるので、布団を敷いて寝ることができる。
実際に、宿直している者達はそこで寝泊まりしている。
剣術道場の特性上、怪我人が出ることもあるので、傷薬や包帯、湿布薬なんかも常備している。それも、三百年後の世界から持ち込んだ、いわば仙薬だ。
治安維持の為の警備から帰って来た者がすぐに飯が食べられるよう、常時白米が炊かれた状態で置いてあり、漬け物なども十分に用意されている。
まず、彼等には食事を摂ってもらった。
握り飯しか食べていないようだったので、白米と味噌汁、焼き魚、漬け物の簡単な料理だけでも、とても旨い、ありがたい、と喜んでくれた。
ここで、この三人に、少なくとも俺に対する敵意もないし、武器も持っていないから、直ちに危険は無いだろうと判断した三郎さんが、所用の為に一旦、外出した。
剣術道場には常時、数人の門下生達が常駐しているため、見張りの手が緩むことはない。
食事が終わった後、俺は彼等に、この道場を案内した。
ここは、この時代としては先進的な『シャワー室』まで備えている。
それほど広くはないが、ソーラーパネルで湯を沸かしてタンクに貯めており、三十分程度の連続使用が可能だ。
ただし、一度に一人しか入れず、また湯船もないので、使うのは専ら師範や師範代までで、その彼等にしても、皆で稽古後にワイワイと前田湯屋の広い風呂に入りに行くのがほとんどであり、あまり使われない設備となっていた。
シャワーは、レバーを倒すと湯が出てくる。その傾き加減で湯温も調節できる。
その仕組みを説明したところ半信半疑だったが、実演して本当に湯が出て来たのを見て、どういうカラクリなんだ、と三人は驚いていた。
「まあ、仙術っていうことにしてください」
と、俺は少しだけ得意になってそう話した。
説明の時は、みんな服を着ていたのだが、シャワーを浴びるのであれば一人ずつしか入れないので、まず一番年下の
三人の中ではやや華奢な体つきだが、力強い瞳が特徴の美少年だ。
口数は少なく、慣れない土地に緊張しているようではあったが、飯を食べている時は
「こんな上手いもの、初めて食った!」
と笑顔を浮かべていたのが印象的だった。
簡単な脱衣スペースにカゴがあり、そこに服を入れておくように説明した。
また、体を拭くためのバスタオルも貸してあげた。
その手触りの良さにも、やはり驚愕の眼差しを浮かべていた。
そうして、彼がシャワーを浴び始めたとき、その父親とお爺さんは、食後のお茶を飲んでゆっくりとくつろいでいた。
そして俺は、ふと、体を洗うための石鹸の説明をしていないことに気付いた。
そして泡立ちタオルを持って、シャワールームへ行き、男同士ということもあって、得に何の意識もせず
「言い忘れていたけど、
といって、扉を開けた。
そして、立って全身に水流を浴びている薰と目が合った。
――数秒間、時間が止まった。
「……なっ、何しに来たっ!」
薰が、甲高い声でそう叫んで、両手で体を隠す様な姿勢を取った。
俺は泡立ちタオルをタオル掛けの上に置いて、すぐ扉を閉めた。
「わ、悪い、その……そこの白い石みたいなのを濡らして、その布にこすりつけて体を洗うと、すごく綺麗になるんだ……あの、その……申し訳ない……」
薰から、返事はなかった。
俺は、顔が熱くなっているのを感じながら、広間へと戻った。
すると、薰の父親と祖父が、俺の顔を見て苦笑いしていた。
「……さっきの大声と、今のあんたの様子からすると……どうやら、見ちまったようだな……」
父親の
「えっと、はい……すみません……」
俺はそう謝った。
「いやいや、ちゃんと説明しとらんかった我々が悪いんですじゃ……それに、あやつもそれほど気にしとらんと思うがのう。なんせ、ずっと男として育ったんじゃから」
祖父の、
しかし、さっきの様子から、そうとは思えなかった。
――出会ってからずっと少年と思っていた薰は、実は、少女だった――。
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