第226話 涼との絆(前編)

※今回のお話は、本編第百六十六話 『婚約』の続きになります。

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「えっと、じゃあ……拓也さん、あの……行きましょうか……」


 この日から正式に前田邸の一員となった涼が、他の五人の嫁達に後押しされ、一緒に風呂に入る事になった。


 いくらなんでも急展開すぎると思ったのだが……真っ赤になりながらも勇気を出してそう言ってくれた彼女の言葉を、断るわけにはいかない。


 とりあえず、混浴だけなら、明かりを暗くしてお互いにほとんど見えなくすれば、変に気を使うこともないだろう。

 そう思って脱衣所に行ったのだが……。


「……ちょっと暗いですね……もう少し明るくしましょうか……」


 うお、涼、積極的すぎる!


 彼女は阿東藩現藩主、郷多部元康公の実の娘だ。

 本来なら『姫様』と呼ばれ、俺なんか相手にされないほどの高貴な身分なのだ。

 それが、紆余曲折があって俺の婚約者となったわけだが……ひょっとして、混浴に慣れているとか?


「……えっと……涼は、誰かと一緒に風呂に入ったりすることには慣れているのかい?」


 思わずそう言葉をかけて、しまった、余計なことを聞いてしまったと思ったのだが、


「はい、城ではいつも侍女と一緒に入っていました。あと、『向こう』の世界では、お蜜さんと一緒でした」


 と、躊躇することなく答えが返ってきた。


 彼女の言う『向こう』とは、江戸時代からさらに三百年遡った、室町時代の事だ。

 思いがけずタイムトラベルすることになった涼だが、阿東藩主の奨めもあって、『修行』ということで半年間、帰って来ることはなかった。


 彼女の答えに、


「でも、男の人と入ったことはないんじゃないのか?」


 と聞こうとして、今度こそ自制した。


「……ま、まあ、このぐらいの薄暗さのほうが風情があっていいんだよ」


「風情……なるほど、そういうものなのですね。勉強になります」


 ……うん、やっぱり彼女は優等生だ。ちょっと素直すぎるけど。


 脱衣所で裸になり、浴室に入るが、ぼんやりとお互いの体のラインが見える程度だ。

 他の嫁達と入るときはもっと明るいのだが、それはやっぱり長い付き合いがあって慣れているからで、彼女の場合、やはりちょっと特別な感じがする。


 ……と、その時、雲に隠れていた月が顔を覗かせ、窓枠からその明かりが入り込み、彼女の裸体を浮かび上がらせた。


 それは、息を飲むほど美しいものだった。


 ナツと同様、武道で鍛えていただけあって、全体的に引き締まっている。

 胸は適度に大きく、形が良くてウエストのくびれとのバランスもいい。

 高貴な身分ゆえか、あるいは彼女の整った顔立ちのためか、その上品なイメージに、思わず見とれてしまった。


「……あの……やっぱりそんなに殿方にじっと見られると、恥ずかしいです……」


 俺の視線に気付いた涼は、小声でそうつぶやいた。


「あ……ああ、ごめん……」


 俺も顔が熱くなるのを感じながら、かけ湯をして、一緒に浴槽に入った。


「……お蜜さんに教えられて、何度も頭の中で今日の日を練習していたのですけど、やっぱり実際は照れてしまいますね……」


 湯船の中で肩を寄せながら、彼女はそう話した。


「……練習、してたんだ……」


「……えっと……はい……その……失敗したくなくて……」


 恥ずかしそうにそう話す彼女の愛らしい声に、鼓動が高鳴った。


 涼は、努力家だ。

 そして好奇心旺盛で、何にでも興味を持ち、積極的に勉強し、吸収していく。


『くの一』であるお蜜さんに、どれだけ性的な事を教えられたのか気になるところではあるが……今の恥ずかしがっている様子から想像するに、少なくとも慣れているわけではないようだ。


「失敗とか、考えなくていいのに。失敗があるとしたら、むしろ俺の方……」


 そこまで言って、また失言だと思ってしまった。


「ご、ごめん……その、俺もちょっと緊張してて……」


「えっ……拓也さんが、緊張……ですか?」


「ああ……」


「……五人もお嫁さんがいるのに、ですか?」


「……君とは、初めてだから……その……大事にしたいんだ……」


 素直に今の気持ちを言うと、涼は、湯船の中でそっと手を繋いできた。

 その行動に、俺の鼓動は早鐘を打つ。


「……嬉しいです……そんな風に思えてもらえるなら……ただ、あの……一つだけ、教えて欲しい事があるんです。これを言うと、その……嫌われてしまうかもしれないんですけど、どうしても気になって……」


「……何を聞かれても嫌ったりしないよ。涼とはもっと分かり合いたいと思っているしね」


 気になる事をガンガン聞いてくるのが彼女の特徴だ。それには応えてあげたい。


「……その……もし私が藩主の娘でなかったら……拓也さんは私の事、お嫁にしようとは思わなかったのではないでしょうか?」


 ――それは、俺にとって、核心を突いた質問だった。


 確かに、涼が普通の町娘であったのであれば、『紆余曲折』は存在せず、今こうやって一緒に混浴していることもなかったと思う。

 けれど、それを正直に言っていいのかどうか……。


 ちょっと悩んだが、しかし、『もし』は他の嫁達も起こりえたことなのだ。

 だから、俺が普段思っていたことを、彼女にも正直に言うことにした。


「涼……俺は、この世界に来て、今の嫁達に出会って……そして強く意識するようになった、二つの言葉があるんだ……」


「……二つの言葉?」


 俺の意外な言葉に、涼は少し戸惑っているようだった。


「ああ……それは、『えん』と『きずな』だよ」


「……縁と絆……」


 そうつぶやいた彼女は、ほんの少し時間を置いて、繋いだ俺の手に、ちょっとだけ力を込めた――。

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