第199話 番外編14-14 怒り
困った状況になった。
真剣を抜いた武士数人に囲まれている。
もちろん、まともに戦って勝てる状況ではない。
『ラプター』を緊急発動させて、俺だけ現代に緊急避難することは可能だし、紅姫に危害が及ぶことはないだろう。
しかし、そうすると『紅姫を逃がす』作戦が頓挫してしまう。
警戒も、より厳しい状況になるだろうし……そうすると、三千両が運び込まれた段階で、彼女は用済みとして『消されて』しまう可能性が高くなってしまう。
一応、別の仙術も用意しているが……成功率が低い上に、決定的なものではない。
しかし、戦う事も逃げることもできない以上、それを使うしかないか……。
すると、ここで紅姫が、思わぬ行動に出た。
「待って、みんな聞いて! 私、そもそも、この寺には無理矢理連れて来られたの!」
必死の形相でそう叫ぶ彼女を見て、旧岸部藩士達は驚き、互いの顔を見合わせる。
「城下町を散策しているときに、無理矢理さらわれて……殺すって脅されて、このお寺に連れて来られて……同輪様に、『旧岸部藩士のために、自分の考えで来たと言わねば、命はない』って脅されて……それで、怖くて、言われるがままにしかできなくて……」
そこまで言葉にしたところで、泣き声になってしまった。
侍達は、一様に戸惑っている。
うん、これで流れが変わったかも……いや、それでも見逃してくれるわけはないか……。
「……本当は、三千両なんて、考えてもいなかった……ただ、同輪様の言われるがままに話していただけ……でも、本当に、みんなの為にお金が用意されるって聞いたときは、うれしかった……」
少女の純粋な涙に、ほんの少し、張り詰めていた殺気が緩む。
「……でも、そのお金、同輪様達が全部横取りして、用済みになった私は、山に埋められるって話してるの聞いて、怖くなって逃げ出したの……」
数え年で十五歳、満年齢ならば十三歳の姫が語る、裏に潜むおぞましい悪巧みに、一同戦慄し、「なっ……」とか、「まさか……」とか、そんな言葉が聞こえて来た。
「……それは、その男の戯れ言ではないですか? 姫様、あなたは騙されているっ!」
慎衛門という名の侍が、俺の事を睨み付ける。
やばい……やっぱり、そううまくいかないか。
「騙されているのは、慎衛門の方でしょう!」
紅姫が、感情を爆発させたように叫ぶ。
その剣幕に、俺を含めた一同、目を丸くする。
「なにが『姫様をお守りします』よ! 私が今までどれだけ怖い思いしてたか、辛い思いをしていたのか、分かってるの? あんな性悪な坊主の口車に乗って!」
……完全に切れてる……。
「誰も、私のことなんか分かってくれなかった……本当は、ただお城に帰りたかっただけなのに……私にとっては、三千両なんてどうでも良かったのよ! なのに、誰も私の事を帰してくれようとしなかったじゃない!」
泣くじゃくりながら、感情のままに叫び続ける紅姫。
「……しかし、それは姫様が、帰りたくないとおっしゃるから……」
「さっき言ったでしょう、脅されてたって! どうして気付いてくれなかったのよ! もう、私の邪魔をしないでっ!」
紅姫のあまりの切れっぷりに、侍達は意気消沈している。
それはそうだろう、助けに来たのにこれだけ怒鳴られて、邪魔だとまで言われれば……。
それに対し、紅姫は、震えていた……それが怒りのためだけではないことに、俺は気付いた。
「……えっと、俺が言うのもあれだけど……」
と、俺が口を挟むと、侍達は刀を構え直して俺を睨んだ。
「待って、この人の言うことを聞いて! あなたたちなんかより、よっぽど私のことを分かってくれているんだからっ!」
うん、そう言ってくれる彼女の援護は心強い。時間をかけて説得した甲斐があったか。
「……俺はそもそも、松丸藩の東元安親殿と、岸部久吉殿から依頼を受けて、行方が分からなくなっていた紅姫を捜していたんだ……そしてこの寺に軟禁されていると知って、助け出すようにも依頼された」
「……軟禁、だとっ! 姫様は、ご自分の意思で……」
「さらわれて連れて来られたって言ったでしょ!」
紅姫がそう叫ぶと、誰も反論できない。
「えっと……それで、紅姫様がこうやって怒っているのは……皆様を巻き込みたくないがための、姫様のご配慮なんです」
その俺の一言に、侍達も、そして紅姫自身も、目を見張った。
「……この寺から逃げ出したい、というのは、姫様の本心です。でも、皆様をどうでもいい、なんてことは思っていません。本当は、皆さんと一緒に逃げたい……ついて来て欲しい、と思っているのです。でも、それは言えない……なぜなら、それを言うことは、つまり、自分の逃亡を手助けして欲しい、と言っているのと同じだからです。でも、そんなことをすれば、皆さん、場合によっては腹を切らねばならなくなる……だから、自分の事は放っておいて、邪魔しないで、と語気を強めているのです」
俺の言葉を聞いて、全員、動揺していた。
「姫様はおっしゃっていました……今回の件、本当は慎衛門様に相談したかった、でも、できなかった、と。そうすることで、慎衛門様に迷惑がかかることがあってはならない、と……」
刀を構えた侍達は、俺の話に聞き入っていた。
俺の話し方がうまかったからではない。
日頃の彼女の言動と照らし合わせ、現実味があったからだ。
「……違う、私は、私は、そんなつもりじゃ……」
震える声で、紅姫は否定する。
「……いいえ、俺には分かります。だって、そうじゃなければ、怒っているのに、そんなに涙を流すわけがない……本当は、さっきの言葉が原因で、ここにいる皆さんに嫌われるのが、怖いんじゃないですか?」
問いかけるような、諭すような俺の台詞に、彼女は、涙をさらに溢れさせた――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます