第200話 番外編14-15 二の門 

 侍達は、明らかに混乱していた。


 彼等は、姫君を守るために、この寺に住み着き、警備の手伝いをしていた。

 ならば、今こそ侵入者から姫君を守るべきだと認識しているだろう。

 しかし、その彼女から、逃亡の邪魔をするなと叱られる。

 自分は無理矢理この寺に連れ込まれ、軟禁されていた、しかもこの後、殺される運命なのだと。


 そんなこと、信じられるはずもないだろう。

 侵入者……つまり、俺に騙されていると考えるのは当然だ。

 それなのに……よりによってその男が、姫君の本音は言っていることと違う、嫌われるのを怖がっていると言うのだ。


「……お前は、何なんだ……」


 慎衛門は、俺に向かって、絞るような声で聞いてきた。


「……さっきも言ったように、姫君を救出しに来たんです……ついでに言うと、貴方達の敵ではありません」


「……敵ではない、だと?」


「はい、だって、この寺からの脱出を望む姫様を手助けしているわけで、無理矢理連れ出そうとしているわけじゃない。姫様の味方、ということは、貴方達の味方です」


「……いや、だが……我々にも立場がある。はい、そうですかとこの場を通すわけにはいかない……」


 ……紅姫の言葉は、かなり侍達のリーダーである慎衛門に効いているようだ。

 彼の苦渋の表情が、それを物語っている。

 また、侍である以上、『賊から姫君を守る』という使命の重さもあるのだろう。


「……わかりました、仕方ありません。俺は、仙術を使います」


 仙術、と言う言葉を聞いて、侍達は、また刀を構え直した。


「心配ありません、誰かに傷を負わせるようなものではありません。ほんの短い間、貴方達を足止めすることしかできないでしょう。それで、俺達は逃げます。もし、本当に紅姫様の事を思うならば……このまま、逃がしてください。そうでなければ……姫君は、本当に同輪に殺されてしまいます」


 俺はゆっくりと仙界の道具……フラッシュライトを構えた。

 それが何なのか分からない侍達は、その怪しげな道具を見つめていた。


 次の瞬間、うわあ、という悲鳴が複数あがった。

 三千ルーメンという強力な光の束が、侍達の目を直撃したのだ。

 囲んでいた五人全員に光を浴びせ、すぐに紅姫の手を引いて、その場を脱出する。


「……今のが、仙術?」


 紅姫は、ちょっと驚いた様子でそう口にした。


「ああ、そんな大した物じゃなくて、ちょっと明るい光で目を眩ませただけだよ。長くても一分程度しか足止めできない」


「……『いっぷん』って?」


「……えっと、そうだな……『六十』数えるぐらいかな」


「……中途半端な数なのね……」


 そのツッコミには返事をせず、彼女の速さに合わせて、俺も走っていた。


「……私の、さっきの……本当に私、嫌われるのが怖いから、わざと怒ったとか、そんなんじゃあなかったんだけど……」


 紅姫が、涙声でそう言った。


「……いや、君は本音では、やっぱり嫌われたくなかったんだ。そうでなかったら、あんなに泣きながら酷いこと言ったりしないよ」


「……ありがと……」


 俺の言葉に、彼女は短く礼を言ってくれた。

 それが、どういう意図だったのか考えようとしたが、次の紅姫の言葉で中断した。


「……慎衛門達、追いかけてきてるよ」


「えっ……もう?」


「うん……ゆっくりだけど」


 ゆっくり、という言葉を聞いて、まだフラッシュライトのダメージが残っているのかと思った。

 しかし、そうではないようで……侍達は、追いかけてくるというより、俺達の逃げる速さに合わせて、一定の距離をとってついて来ているような感じだった。


「……俺の事は信用してはいないけど、紅姫の言葉は信じてる。だから、逃げるのを邪魔しないけど、追いかけるのを止めはしない。そんな感じみたいだな……みんな、君のことを心配しているんだ」


「うん……みんな、いい人……」


 紅姫は、相変わらず涙声で、自分に言い聞かせるように呟いた。


 この調子なら、このままこの寺から抜けられるかも……そんな淡い期待を抱いていたが、それは甘い考えだった。


 二の門の手前に、明々とかがり火が焚かれていた。

 その前に立ちはだかる僧、約二十人。

 全員、槍や薙刀で武装している。


 先程の、侍達と俺達との騒ぎを聞きつけて、厳戒態勢を敷いていたのだ。

 俺も紅姫も、彼等の二十メートルほど手前で立ち止まるしかない。

 侍達も追いついてきて、俺達の後五メートルほどで立ち止まった。

 彼等も困ったような顔をしていた。


「……誰かと思えば、紅姫様、どうしたのですか、そのような格好で……しかも、隣にいるのは、前田拓也殿ではないですか」


 驚いたように大声を上げたのは、三十歳ぐらいの僧。

 同輪の手下、英生だった。

 ということは、その隣にいる、太ったタヌキのような僧侶は……。


「……やはり、ただの商人ではなく、間者だったか……しかも、紅姫様を連れ去ろうとは言語道断!」


 諸悪の根源、同輪だ。


「いや、お前こそ紅姫を無理矢理この寺に連れ込んだ……」


「問答無用! 皆、情けは無用ぞ! その男を成敗し、紅姫様をお助けしろ!」


 その男の言葉に、僧達は皆、武器を構えた。

 やばい……彼等は、紅姫とあまり接触がなかったはずだ。

 ほとんど思い入れのない姫君。さっきみたいな、侍達に投げかけた彼女の言葉は通用しないだろう。

 あの『作戦』、間に合わなかったか……と、俺は覚悟を決めてフラッシュライトを構えた。


 と、そのとき……。


「その者達を、通すのです!」


 はっきりと良く通る、それでいて重厚な響きの声が、上空から聞こえて来た。

 全員、何事かと夜空を見上げる。

 そして僧達は、恐れおののいた。


 全身を金色の光に包まれた、荘厳な釈迦如来しゃかにょらい像が、ゆっくりと降臨してきたのだ――。

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