第十四章 (番外編) 捕らわれし姫君

第186話 番外編14-1 拉致

※今回の章(番外編)は、本編最終話とその一つ前話の間のお話となります。

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 享保二年、一月。


 前年の大晦日、激烈に忙しかった前田屋号店各店舗も、年が明けると途端にヒマになった。

 まあ、これは現代も江戸時代も変わりがない。


 そのおかげで、元旦は前田邸で家族とゆっくり過ごす事ができた。


 優は、既に妊娠六ヶ月を過ぎ、見た目にも妊婦とすぐ分かるようになってきた。

 時々胎動を感じると言うことで、いよいよ新しい命を授かったんだな、という実感が湧いてきている。


 しかし、三が日が過ぎてからは、店の方はまだ暇なのだが、あちこち挨拶回りに行かなければならない。


 まず、阿東藩主を訪ねた。


 正月早々、俺が知っている歴史よりも若干早く、藩主様に新しく男の子が生まれたそうで、世継ぎの誕生と新年のお祝いで二重の喜びとなっていた。


 藩主の一人娘である涼姫は、藩主様の一存で俺との婚約が内定していたのだが、生まれてくる子供の性別が分からないため、時期尚早との声も一部あった。

 しかし、男の子が生まれたとあれば話は別だ。

 あっさりと、涼姫との婚約が藩主家臣達の総意として認められたのだった。


 ということで、かなり盛大な祝いの席が設けられ、正月は城に帰っていた涼姫共々、しこたま飲まされて、逆に気分を悪くしたというちょっと苦い思い出となった。


 さらに、隣藩となった松丸藩の東元安親殿からも、祝賀の誘いがあった。


 安親殿は藩主というわけではなく、筆頭家老の息子、つまり家臣なので、城内ではなく屋敷に案内されての小規模な宴会だった。

 とはいえ、やはりご馳走がたらふく出されて、とても手厚いもてなしだった。


 ただ、これがただの接待だけでないことは、なんとなく分かっていた。

 その証拠に、安親殿は酒を一滴も飲まず、また、俺もあまり勧められなかった。


 安親殿とは、前年に今後の阿東・松丸両藩を、実質的に協力関係に持って行こうと話し合った盟友だ。何か、その手の話が出てくるに違いない……と思っていると、案の定、彼は人払いを行った。


 俺も、分かっていましたよ、と目配せを行い……そして密談が始まった。

 最初はお互い、藩の現状の説明だ。

 ここでも、あまりまずい情報は出さない……と思っていたのだが、彼は今松丸藩が抱えている問題を、あっさりと話してきた。


 俺を信用しているからなのか、あるいは、協力を仰ぎたいからなのか……。

 その内容は、ぶっちゃけていえば


『岸部藩は松丸藩に吸収合併されたが、そのことを不満に思う武士が大勢いる』


 ということだった。


 発見された金鉱脈も、そもそも阿東藩と旧岸部藩の間にまたがっているものだ。

 その実質採掘権を松丸藩に奪われる事になったのは岸部藩の不手際によるものだし、自業自得と言えばそれまでなのだが、下級藩士の中には浪人になった者もいるらしく、松丸藩に恨みを持っている者すらいるという。


 かといって、松丸藩主としても、岸部藩の武士は自分達の藩士より下に置くという流れを創り出さねば、今度は松丸藩士側から不満が出てしまう。


 そのあたりの説明を聞いても、阿東藩とは無関係の事であり、俺も協力できることはなく、

「いろいろと大変ですねえ……」

 と相づちを打つしかなかった。


「さらに、困った問題が出てきた。旧岸部藩を事実上追い出されて浪人となった者達が、団結して反松丸藩勢力を組織したのだ」


「……なるほど、それもまた大変ですね……」


 こんなふうにしか返しようがない。そんなゴタゴタに巻き込まれたくないし。


「まったくその通りだ……ところで、旧岸部藩主……現在は松丸藩の家臣となっている岸部久吉殿には、紅姫という大変美しい娘がいる。明るく、優しい性格で、岸部、松丸両藩の武士達から評判がいい。年が明けて十五歳となり、縁談の話もすでにいくつか持ち上がっているのだが……」


 なんか、急に話が飛んだ。

 でもまあ、こっちの方が興味が湧く。


 数え年で十五歳、年が変わったばかりだから……現代ならば、まだ満十三歳だ。

 もうこの年で、縁談がいくつも持ち上がっているんだな……。


「その紅姫が、先程話した『反松丸藩』勢力の浪人達に拉致されてしまった」


「……ええっ! まだ若い姫君が、浪人達に……ですか?」 


「ああ……岸部殿は大名ではなくなったため、厳密には姫君ではないのだが……それでも、誘拐されたとなると、旧岸部藩士……いや、松丸藩士達の間でも動揺が広がっている」


 ……うーん、確かにそういう話だったら、その姫様、あまりに可哀想だ。

 満年齢で十三歳ならば、現代で言えばまだ中学一年生か二年生だ。

 そんな歳で拉致・監禁されているなんて……。


「そこで拓也殿にお願いしたいのは……仙術を使って、紅姫の居場所を調べて欲しいのだ……できれば救出まで行ってもらえればありがたいのだが、さすがにそれは危険が伴う。場所の特定だけでも、手伝ってはもらえまいか?」


 なるほど、『仙術』を使えば人捜しぐらい簡単にできるかもしれないと考えたのか。


「……いえ、残念ながらいくら仙術を使ったとしても、何の目星も付いていないのであれば、発見することは極めて困難です」


「……いや、ある程度目星は付いている。しかし、確証がない上に、そこは我々でも手出しできない『聖域』なのだ」


「……聖域?」


「そうだ。『極光武寺きょっこうぶじ』……それが件の聖域だ」


 俺はその名を聞いて、戦慄を覚えた。


 その寺は、三百年過ぎた現在も残っている。

 山間部に存在し、修行僧達の聖地として名高い。

 その規模は阿東藩の『薬太寺』より遙かに大きい。

 厳しい修行が行われていることで知られ、とある宗派の総本山となっている。

 経済・政治基盤が脆弱な旧岸部藩にあって、修行僧達は独自に建物を補強し、永い年月をかけて強固な砦のように改築していた。


城砦じょうさい寺社』……それが極光武寺の別名だった。

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