第185話 みんなまとめて面倒見ますっ!

『人斬り権兵衛』との激闘から、半年近くの月日が過ぎた。


 里菜の刀傷は、やはり少し残ってしまったが、思ったより目立つことはなかった。

 足の怪我もすぐに回復して、また以前の様に、いや、以前以上に明るく売り子を務めてくれるようになった。


 たまにお釣りを間違うドジッ娘ぶりも相変わらずだが……。


 あの日以来、里菜は俺の事を、まるで神様かのように慕ってくれるようになり、普通の女の子なら嫌がりそうな仕事(変な意味ではなく、根気のいる、面倒な作業)でも、指示すれば進んでやってくれるようになった。


 その仕事ぶりを褒めてあげると、満面の笑顔で喜んでくれる。

 ただ、なにかにつけてちょっと体をくっつけてくるのは嬉しいような、困ったような……。


 そんな様子を、彼女の親友であり同居人でもある結は、最初は


「拓也さんは辻斬りから体を張って里菜を守ってくれたんだから、しょうがない」


 と温かい目で見てくれていたが、そのうちに


「いくら何でも、ちょっとベタベタしすぎでは……」


 といぶかしがるようになった。


 しかし、あまりに里菜が俺の事を褒め称え、嫁が六人いるのも納得だ、と自慢? するものだから、彼女も俺の事を意識するようになったらしく、


「私もずっと拓也さんのお店で働きたい」


 と言ってくれるようになった。

 うん、まあ……慕ってくれる店員さんが増えるのは良いことだ。


 そんな彼女たちの働きもあり、『前田食材店』は小さいながらも行列の絶えない、江戸でも指折りの人気店食材店へと成長した。


 また、阿東藩での『養蚕事業』も軌道に乗り、藩を上げての一大産業へと発展しつつある。

 もちろん、気候の変動に対応しきれなかったり、蚕の病気なんかによる失敗もあるのだが、そこは三百年の間に先人達が残したノウハウや対策が活かされ、最小限の被害で収まっている。


 この時代、まだ日本では絹糸の品質は中国産に大きく劣っており、高級な着物に使われていたのはほとんど輸入ものだったので、国内では直接の競合相手はなく、遠慮せず生産に取り組む事ができた。

 その結果、多くの女工を雇い入れることができ、阿東藩は、経済も雇用も、大幅に向上しつつあった。


 そして俺は、現代においては無事に高校を卒業。帝都大学の歴史文化学科への進学が決まった。

 江戸時代での商売と、現代での大学生活という二足のわらじになるが、今までも何とかこなしてきたし、六人の嫁をはじめとする従業員達もしっかりしているので、大丈夫だろう。


 そしてもう一つ、嬉しい事があった。


 妊娠していた優が、無事、女の子を出産。

 俺は父親に、そして彼女は母親になった。


 設備の整った現代の病院に入院することを俺は奨めたのだが、彼女は自分達の時代での出産を希望したので、なにか重篤な事態にならない限り、その意思を尊重することにした。


 産婆さんを呼んで、前田邸での出産。

 他の五人の嫁達も付き添ってくれて、俺だけオロオロする中、比較的安産で、その娘は生まれてきてくれた。


 最初はしわしわだったが、時間が経つほどに可愛く、機嫌が良いと口元に笑みを浮かべてくれるようになってきた。


 俺と優は、この娘を『舞』と名付けた。


 俺は、

「いったいどれほどの美人になるのだろう、悪い虫が付かないか今から心配だ」

 と親バカぶりを披露し、嫁達からちょっと呆れられてしまった。


 そんな俺の、父親になってからの最初の大仕事は、舞が生まれてから三日後に訪れた。

 八代将軍、徳川吉宗公への謁見が、ようやく実現したのだ。


 といっても、身分としては平民である俺は、形式上『夜桜見物の余興』として、将軍様の前に出ることを許された。


 月明かりの下、満開の桜が咲き誇る大きな庭園の中央。

 一際巨大なしだれ桜が、俺が設置したLEDライトの明かりに照らされたとき、将軍様は他の家臣一同と共に、感嘆の声を上げてくれた。


 お偉い家臣の方から、


「なにか仙術を用いて、上様を満足させるように」


 と言われていたが、あまり突拍子もないような、例えばプロジェクションマッピングみたいなものは避け、シンプルに『明るく照らす』LEDライトにしたのが良かったようだ。


 そのライトアップされた美しい夜桜の下で優雅な舞を披露したのは、明炎大社の巫女長補佐、あかねだった。


 優に匹敵するほどの美少女である彼女が、美しい本絹の着物を着て舞うその姿には、俺や将軍様を含む全ての者が魅了されたようだった。


 そして俺は、不思議な仙術を使う仙人として、改めてご老公様より将軍様に紹介され、謁見が叶った。


 今回のライトアップの仕掛けについてや、江戸での商売、阿東藩の改革の話など、十五分ほど話をした後、将軍様は人払いをして、なんと俺と二人だけの場を設けてくれたのだ。


 目の前に、日本の歴史の中でも屈指の重要人物、徳川吉宗公が存在している。

 そして俺と一対一で話をしてくれる――。


 心臓がバクバク音を立てていた。

 やはり吉宗公、威厳もあって、近寄りがたい雰囲気を醸し出している。

 年齢は、三十歳を過ぎたぐらいで、目つきも鋭く、ちょっと怖い。


 しかし、


「そんなに緊張せずともよい、気楽に話そうではないか」


 と、気さくに声をかけてくれた。


 将軍様が本当に望んでいたのは、仙界の技術などではなく、自分がこれからどうやって幕府をまとめ、その結果どうなるのか、徳川家の行く末は安泰なのか、知っていれば教えて欲しいということだった。


 俺が三百年後の世界から来たということを、将軍様は知っていたのだ。


 俺は最初、この平行世界の、この国の歴史を変えてしまうことになるかもしれないその問いに、返答を躊躇した。


 しかし――将軍様のあまりに真剣な眼差しに、俺は知っている事を全て話した。


 徳川の世は、この後も百五十年以上続くこと。

 その中でも、吉宗公は傑出した名将軍と称されるようになること。

 定免法じょうめんほう、上米の制、目安箱の設置、小石川養生所の創設、町火消し組合の設立といった政策、それらが後に『享保の改革』と呼ばれること。

 その改革は幕府の財政を安定させる事に成功するものの、事実上の増税政策によって、農民の生活が苦しくなり、百姓一揆が頻発してしまうこと……。


 将軍様は、それらが自分が常々考えていた政策と一致することに驚嘆した。

 そして俺は、本物の『時空の仙人』であると認められたが、同時に本質は普通の青年であることも見抜かれたようだった。


 さらには、今後も『珍しいものを見せてくれる商人』として、時々会って欲しいと言われ、俺はそれを快諾し、酒を注いでもらったのだった。


 こうして、将軍様に認められた俺は、阿東藩の絹糸を直接江戸幕府に収める権限をもらう事ができた。

 このことは、阿東藩に於いてもかつてない快挙であり、今や藩主様に次ぐ大人物であると認識され、これにより涼姫との正式な婚姻が認められたのだった。


 とはいえ……前田邸に帰れば、普通の、ちょっと頼りないところもある主人に戻ってしまう。


 涼には普通に慕われているが……ユキに抱きつかれ、ハルに甘えられ、ナツにツンデレされ、凜にからかわれ、そして優に寄り添われ、なぜか舞には泣かれる。


 そんな日常を、俺はこの上なく幸せに感じている。


 しかし……まだまだ、全ての娘達が幸せになったわけではない。

 俺にはもっと、できる事があるのではないかと考えてしまう。


 だから……ちょっと、おごり高ぶっているのかもしれないが。

 もし、『面倒を見る』というのが、『一時であっても、なんらかの手助けをしてあげる』という意味に拡大解釈できるのであれば。


 身売りされそうになった五人の美少女達も、政略結婚されそうだった藩主の娘も、牢屋に捕らわれていたかわいそうな娘も、海女ちゃんになった女の子も、明炎大社の巫女長補佐も、柴犬を飼いたがっていた女の子も、火傷を負った天麩羅屋の看板娘も、隣藩から引っ越してきた姉妹も、人身御供として軟禁されていた二人の巫女も、女子寮に住み始めた従業員の少女達も、妖怪仙女として江戸で騒がれた、悲しい過去を最近ようやく吹っ切ることのできた薄幸の少女も、それを知らない同居人の女の子も、時空の狭間に飛ばされた妹も、こんな俺の子供として生まれて来てくれた実の娘も、みんなみんな、俺がまとめて面倒見ますっ!


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※今回のお話で、『身売りっ娘 俺がまとめて面倒見ますっ!』の本編最終話となります。

※今後は、番外編や後日談などを、不定期に、あるいは集中的に連載していきたいと考えています。

(イラストや最新話は、『小説化になろう』の同名小説に掲載されています)。


 本当は、『完結』とするつもりだったのですが……いつの間にかライフワークとなっていたこの小説、いざ終わらせるとなると寂しい感情がこみ上げてきて……さらには、女の子達の、「自分達も、もうちょっと活躍したい」「拓也にも、もっと幸せになって欲しい」という声が聞こえるような気がして……これまで、結構大変な思いをしてきた彼ですが、娘も生まれ、父親となった主人公の、幸せな今後も少しは書いてみたいな、とも思っています。


 恋愛関連の番外編は、時系列の異なる話が多いため、『小説化になろう』に掲載中の『身売りっ娘 俺がまとめて……[ハーレム編]』の方に書いていきたいと思います。


その他のスピンオフ作品も、また更新して行こうと考えています。


 この作品を応援してくださった方々のおかげで、ここまで続けてくることができました。

 心から感謝しています。

 今後は、少しまったりと、後日談を更新できれば、と思っています。

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