第177話 新町橋の死闘

 この夜は、半月だった。


 狛犬型監視カメラはさらに八カ所、十六機増やして、計三十二機という凄い数になった。

 そのうち四カ所八機は、『火の見やぐら』の手すり部分に設置し、上方から江戸の町並みを観察することが可能となった。


 これは画期的なことで、怪しい人影がないか、そして今現在見回りがどの辺りを歩いているのかが、相手に知られずにこちらだけ一方的に把握することが出来る。


 今回、その監視カメラ映像を見張るのは、優だ。

 俺は三郎さんとタッグを組み、さらに平次郎親分は下っ引きの八助さんと共に見回りを行っている。

 互いに無線機を持っており、私設警戒本部のある『前田食材店』の優とも連絡が取れる。


 一応、俺も武装はしている。

 といっても、もちろん日本刀ではなく、ワイヤー針の付いた先端を飛ばすピストルタイプのスタンガン、伸縮する特殊警棒タイプの強力スタンガン、紐を引っ張るだけで網が飛び出す『ネットランチャー』、さらには相手の目を眩ます『フラッシュライト』等々、かなりの重装備だ。


 とはいえ、三郎さんからは

「俺が妖怪に対応するが、もし突破されてあんたの方に向かったならば迷わず逃げろ」

 と言われている。


 いかに現代の防犯グッズが優れていたとしても、三郎さんが捕まえられないような相手を俺が捕縛できるとは思っていないし、あるキーワードを叫べばラプターにより現代に瞬間移動できるので、まあ重装備は気分的なものだ。


 他にも岡っ引きによる見回りはされているようで、その人たちと俺、三郎さんコンビが出くわすと、ちょっと言い訳が面倒になる。

 そうなったときは、平次郎親分はそれほど離れた場所にはいないはずなので、優に無線で来てもらえるよう伝えてもらう段取りとなっている。


 これだけ厳重に準備しても、妖怪が出て来てくれないと話にならないし、そう簡単にはいかないだろうと思っていると、意外とあっさり優から連絡が入った。


『新町橋』――最初に妖怪の目撃情報があった『前田食材店』の近く――にて、着物を着た怪しい人影が監視カメラに映っているというのだ。


 建物の陰に隠れているというが、火の見櫓からの映像ではバッチリとらえられているらしい。

 俺達の見回り地点に近く、平次郎さん達からの見回り地点からもそんなに遠くない。

 しかも、位置的に橋の東西から挟み撃ちにする格好になる。

 無線で連絡を取りつつ、まずは侍の格好をしている三郎さんがおびき出す算段だ。


 新町橋の近くまで来た俺達は、打ち合わせ通りゆっくりと歩き始める。

 俺は侍に護衛されている商人の役だ。

 念のため、俺も三郎さんも深めの笠を被って顔を見られないようにしている。


 二人とも提灯を持っているが、月明かりだけでも誰が何をしているかぐらいは分かる。

 ゆっくりと橋を渡り始める俺と三郎さん。


 ……三分の一ぐらい歩いたところで、その妖怪は現れた。


 噂通り、着物を着て、一見しただけでは目も鼻もなく、そして口は耳まで裂けている。

 商人である俺は怯え、侍である三郎さんが下がっているように指示を出す。


 彼は提灯を置き、刀を抜いて、歩を進める。

 俺はずっと後方に下がって、食い入るようにその光景を見つめる――。


 うん、作戦通りだ。


 決してビビッている訳じゃない。

 しかし、この緊迫感……なんていうか、達人同士が相対したような張り詰めた空気だ。

 これはやはり、万一三郎さんが突破されたらその瞬間にラプターを発動させた方が良さそうだ。


 徐々に間合いを詰める二人。

 妖怪も、三郎さんが只者でないことは感じているはずだ。


 さらに間合いが縮まったとき、不意に、妖怪は右手をかざした。

 刹那、キィンという鋭い金属音が響き、妖怪は手を引っ込めた。

 そして三郎さんが装備している金属製の手甲を見て、明らかに動揺した様子だった。


 ヒュン、と三郎さんが間合いを詰めて刀を一閃する。


 驚くべき反応速度で後方に飛び退く妖怪、その体勢で左手と右手を交互に動かす。

 恐らく左手はまきびしの入った竹筒、右手は例の鉛球を、今度は別の部位を狙って放ったのだろう。


 しかし、それは事前にシミュレート済みだ。

 三郎さんの足袋には厚くて丈夫な特殊シートが貼られており、天然のまきびしなどものともしない。

 また、鉛球の軌跡が見えているならば、手甲で防げばそれまでだ。

 といっても、それにはものすごい動体視力と反射神経が必要なのだが。


 三郎さんは右手で頭部を防ぎ、またもキィンという金属音が響いた。

 妖怪は勝てぬと悟ったのか、遂に踵を返して逃走を開始した。


 しかし、そこには――つまり、橋の反対側には、既に平次郎親分が駆けつけており、十手と捕縛用の縄で待ち構えていた。


 さらにその後方には、息を切らした八助さんも待機している。

 これで、四対一だ(一応、俺も数に入っている)。


 もうこれで逃れようがない。

 江戸を震撼させた妖怪は、遂にご用になる……はずだった。


 しかし――その妖怪は、不意に欄干の上に登った。

 そして後方に回転するように、その身を躍らせた。


「なっ……身投げ!?」


 俺は思わず叫んだ。

 追い詰められての、ヤケになっての行動……と誰もが思った。


 しかし、水面に落ちる音は聞こえず、代わりにドンという鈍い音が響いた。

 俺を含む四人は、慌てて橋の側面に移動、そして高瀬舟に乗った妖怪と、黒づくめの船頭の姿を目にした。


「チイッ!」


 三郎さんは自らも妖怪と同じように欄干に足をかけ、その小船に飛び移ろうとしたが、船頭が黒頭巾の口元を明ける様子を見て、反射的に飛び退いた。

 と、次の瞬間、直径一メートルほどの火の玉が、ものすごい勢いで飛んできて、そしてすぐに空中に消えた。


「……火遁、か……忍の仲間がいたか……」


 三郎さんが悔しそうな顔をする。

 小船は、もう飛び移れないぐらいに離れている。


 しかし、まだ諦めていない人物が一人。

 平次郎親分は、懐から何か取り出すと、野球の牽制球のような素早いモーションでそれを妖怪めがけて投げつける。


 出た、必殺の投げ○!

 が……妖怪は、それすらも躱して見せた!


 船には届いたが、避けられてはどうしようもない。

 川は前日が雨だったこともあり、増水していた。

 船の足は速く、到底走って追いつけるものではない。


「……逃げられたか……いや、奴等はうまく逃げたと思っているだろう」

 三郎さんのその一言に、俺と平次郎親分はニヤリと微笑む。


 まだ、勝負は付いていない。

 平次郎親分が最後に投げたのは、銭ではなく、大まかな位置を把握するための、小型の発信器だったのだ。


 ただ、その事実を知らされていない八助さんだけが、怪しい笑みを浮かべる俺達を見て、きょとんとしていた。

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