第176話 妖怪捕獲計画

 岡っ引きの平次郎親分は、半刻もしないうちに『前田食材店』を訪れてきた。


 深夜であるため、なるべく物音を立てないよう、静かに招き入れた。

 足の怪我は小さな刺し傷一つで、大したことはないようだったが、念のため焼酎で消毒して、現代から持ち込んでいた『傷の治りの早い絆創膏』を貼った。


 現代では消毒をしない方法が主流になりつつあるというが、抗生物質なんかないこの時代、感染症は心配だ。大げさだとは思うが、念のため今回はきちんと焼酎で洗った。

 一連の治療は優の手によるもの。平次郎さんは終始申し訳なさそうにしていた。


 そして俺と三郎さん、平次郎さん、優の四人は、二階で作戦会議に入った。

 優も加わったのは、事前に三郎さんと話し合った結果、確実に妖怪(正確に言えば妖怪に変装したしのび)を捕らえるには、どうしてももう一人必要だと判断したためだ。


 平次郎さんは

「一体、どういうことなのか」

 といぶかしげな表情をしていたので、まずは監視カメラの画像を見てもらうことにした。


「……これは……」


 目を見開き、食い入るようにディスプレイの画像を見つめる平次郎さん。

 再生されているのは、侍と妖怪の戦い、そして平次郎さんが登場し、すんでの所でその妖怪を取り逃がしてしまう場面だ。


「なんだ、これは……一体どうなっているんだ……」


 その表情は、驚きを通り越して、唖然としているようにも見えた。


「これは、例の狛犬の目から見た風景を映し出しています。この機械は狛犬と繋がっていて、時間を遡って見せることができるのです」


「……こんなことが……拓也さん、やっぱりあんた、噂通り本物の仙人なのか……」


「その通り。この前田拓也殿は、仙界……もっと具体的に言うと、三百年後の世界から時空を超えてやってきた仙人だ」


 三郎さんが、そう説明してくれた。

 事前の打ち合わせで

「あんたのことは、俺がうまく言いくるめておく。下手にごまかすと後々疑われることになるからな」

 と言われていたので、多少ハッタリの部分があるかもしれないが、彼にまかせることにしていた。


「三百年後……そんな者が、他にもいるのか?」


「いや……仙界からこの時代に来られるのは、拓也殿ただ一人だ」


 本当の事を言うと、優も仙界に『行って、帰って来られる』のだが、ここは伏せておくことにする。仙界から来たっていう意味では、俺だけなのはウソではないし。


「……それじゃあ、このカラクリは、仙界の秘術……?」


「まあ、そんなもんだろう。俺も詳しくは分からないが。拓也殿に関して凄いところはそれだけじゃあない。阿東藩において、商売を成功させ、街道を整備し、金鉱脈を発見し、最近では絹糸の生産まで始めた。仙界の道具をうまく使いこなしたということもあるが、なによりその地方の発展と民の幸せのために真剣に取り組み、それでいておごり高ぶらない態度が受け入れられて、今では阿東藩で彼の名を知らない者はいないぐらいの大人物だ。豪商にして、仙人。付け加えるならば、現阿東藩主の一人娘と婚約しており、次期藩主候補の筆頭とも言われている」


「なっ……藩主の娘と婚約って……」


 平次郎さんはあっけにとられたような顔をして、俺と優の顔を見た。


「ああ、そういや言ってなかったな。拓也殿は、ここにいる優の他に、あと四人の嫁がいる。藩主の娘で六人目だ」


 ……もう、平次郎さんは言葉を発する事ができないでる。


「ついでに言うと、もうすぐ将軍様に謁見することも決まっている。最近江戸に出てきたのも、その前準備というところだ」


「……将軍様に謁見、か……なるほど、俺は大変な見誤りをしていたようだ。拓也殿、大変失礼した」


 平次郎さんがそう言って頭を下げたので、俺は慌てた。


「ちょ、ちょっとまってください、困ります。親分さん、俺は江戸では一介の商人に過ぎないんです。そんなにかしこまって対応されたら、かえってやりづらくなるというか……」


「……そうだな、俺も拓也殿とは対等に話をしている。拓也殿自身がこういう人柄だからだ。あんたも今まで通り接した方が良いだろう。他の売り子達には、身分を隠しているわけだしな」


 三郎さんがフォローしてくれる。


「……分かった、そういうことならば、これまで通り気安く頼む」

「もちろんです、親分さん」


 ……ふう、三郎さん、持ち上げすぎだ。

 話を聞いていると、自分の事なのに『そんな凄い人なんだ』と、他人事に思えてしまう。


 とりあえず、こうして俺の正体をばらしたところで、本題に戻る。

 もう例の映像を見せて早送りや一時停止、早戻しを実行しても、驚かれない。

 そういう便利なものなんだ、と納得してくれているようだ。


 そして現在表示されているのは、侍と妖怪の戦闘において、侍が刀を取り落とす直前の場面。

 三郎さんの合図で、再生を一時停止させる。


「……ここだ、ここに何か見える……」


 俺は気付かなかったのだが、侍が刀を持つその手のそばに、微かに何かが光を反射していた。

 妖怪は手をかざしている。

 俺はその光る物体を拡大表示した。


「これは……鉛玉か? ……ここにうっすらと紐……いや、糸が見える……そうか、こいつ、糸の付いた鉛球を素早く振り回して、刀を持つ侍の手の甲に当てていたのか!」


 三郎さんが、ついに妖術の正体を暴いた。


「……いや、しかし……口で言うのは簡単だが、これは相当な技だ……毎日、何百、何千と繰り返し、それを何年も続けなければ修得できないだろう」


「ああ、全くその通りだ……相手に大した怪我を負わせることなく刀を取り落とすだけに生み出された技。もっと鋭い刃にした方が、戦闘に関しては効果的なのに、あえてこんな殺傷能力の低いものにするとは……この人を食ったような体術といい、これはひょっとしたら……『五免の弥彦』か……」


 その言葉を聞いて、俺の背に戦慄が走った。

 一度だけ会ったことのある、理解不能な技を使う得体の知れない『伝説の忍』だ。


「……いや、いくらなんでも若すぎる、か。この体つきと動き、三十歳にも達していないだろう。二十代……いや、十代の可能性もある」


 うーん、そこまで分かるものなのか。

 確かにオリンピックに出る体操選手なんかは、若い人が多いし。平均寿命の短いこの時代ならば、もっと顕著なのかもしれない。


「『五免の弥彦』の弟子、という可能性もあるが……なにせあの人は神出鬼没で、どこにいるのか分からない存在だ。それに、仮に弟子だったとしても、だからといって対策が打てるわけでもない。それを気にするよりも、今回、狛犬が光や音を発した事を警戒されることのほうがまずいな……」


「いえ、それについては案があります」


 と、俺は自分のある考えを述べた。


「……なるほど、それは良いかもしれないな。さっき決めた『妖怪を追い詰め、捕らえる』計画でも使える」

「妖怪を捕らえる、だと?」


 さっきからじっと話を聞いていただけの平次郎さんが、身を乗り出してきた。

 そこで俺は、事前に三郎さんと話し合っていたその計画を平次郎さんに伝えた。


「……ふむ……そううまく行くものか……」


「どうでしょうね。計画通り狛犬の数を増やせられればいいのですが……」


 この日は、そこまでで話し合いが終わった。

 そして懸念事項の一つは、思わぬ形で解消することとなった。

 今回の戦いに関して、瓦版が出たのだ。


 どうやら、遠巻きで見ていた者がいたらしいのだが……要約すると、

『妖怪が現れたが、狛犬からありがたい光と音が出たため、その妖怪は侍から刀を奪うことなく逃げていった』


 というものだった。

 そのおかげで、狛犬の設置依頼が殺到。

 中には、「十両出すから設置してくれ」という依頼まであるぐらいだった。


 その瓦版の記事を見て、『前田食材店』店員の里菜と結は大興奮。

「ほ、本当に『妖魔退散の光』や『魔封じの笛の音』が出るんですか?」

 と興奮気味に聞いて来たので、「出るけど虚仮威こけおどしだ」と伝えると、特に里菜は

「なあんだ」

 とがっかりした声を出し、結に

「そんな事、思っても言わないの!」

 とたしなめられていた。


 それから数日かけて、狛犬の設置台数をさらに増やしていく。

 この時点では、物事は順調に進んでいるように思えた。


 ――しかし、俺はこの時、慢心していた。


 三郎さんに『仙人』と持ち上げられ、事実、阿東藩でもそれなりの地位を得て。

 現代のハイテク器機を駆使し、『見事な仙術』と称賛を受けて。

 複数の嫁に慕われ、将軍様への謁見も現実味をおびて。


 そこにどれだけ『俺自身』の力があっただろうか。

 実際は、『現代の便利な品々』を、江戸時代で使いこなせていただけであり、そこに結果が付いてきただけだったのではないか……。


 本当の自分は、何も出来ない。

 それを思い知らされ、打ちひしがれる出来事が、起きてしまうのだった――。

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