第十二章 江戸進出
第165話 将軍様と時空の仙人
阿東藩現藩主、郷多部元康公は参勤交代での江戸勤務が終わり、地元へと帰ってきていた。
その帰還を祝う宴の席に、俺は非公式ながら呼ばれていた。
やがて藩主様は二人きりで話がしたい、と言いだし、人払いを行った。
その言葉に異を唱える家臣はいない。帰ってきた元康公の権限の強さを如実に現していた。
俺に対して否定的な感情を持っていたと思われる家老、杉村一ノ慎殿は、ご老公様との一件が藩主様にばれて、すでに失脚。
涼姫の婿をめぐっての家臣同士の内輪揉めも同様にばれて、城に帰ってきた藩主様のカミナリが落ちたらしく、相当へこんでいるようだった。
そんな中、ご老公様に認められ、藩内の改革を進め、さらには松丸藩筆頭家老の長男である東元安親殿とも親交を持った俺は、涼姫との縁談の可能性も含め、相当大きな力を持つ人物とみなされるようになっていたのだ。
まあ、これが過大評価であることは俺が一番実感しているのだが……。
藩主様は酒を注いでくれた。
俺はあまり酒が飲めないので、口をちょっと付けただけなのだが、それでも酒を酌み交わしたことにはなる。彼は満足そうな表情を浮かべてくれた。
「前田殿、貴殿の奥方の一人に、子が出来たそうだな」
「えっ……もう、そんな情報が伝わっているのですか?」
「こう見えても藩主だ。そんな重要な情報はすぐに耳に入るさ」
「じゅ、重要って……一町民の子供の話、それほどでも……」
「いや、我が藩を代表する商人である前田殿のことだ、常に気にかけている……それに、涼も喜んでいた」
「えっ、涼姫も知っているんですか? 俺、まだ言っていなかったけど……でも、喜んでくれていたなら、俺も嬉しいです」
「ああ、あやつは知り合いにめでたいことがあれば、素直に喜ぶからな……で、実際のところどうなのだ? 涼のこと、嫁にもらってくれるのか?」
ドキっと、鼓動が高鳴るのを感じた。
その話は、まだ保留になったままだったのだ。
まず第一に、元康公の御正室様が妊娠したこと。
第二に、彼女の婿としての有力候補である東元安親殿が、松丸藩の代表として阿東藩の査察に訪れていたこと。
そして第三に、優が妊娠したこと。
この三つでバタバタしてしまっていて、涼姫との話が前に進んでいなかったのだ。
だが、俺と五人の嫁達の間では、既に決めていた。
涼姫さえ良ければ、俺達の新しい家族として迎え入れる、ということを。
その事を、俺の本音も含めて正直に藩主様に話した。
すると彼は、大きく頷き、さらに酒を勧めてくれた。
「本音を言えば、俺としては涼に婿入りして藩主の座を継いでもらいたいのだが、生まれてくる俺の子供が男か女か、それによって涼の扱いが変わってくる。これは宿命だ。だが……男子が生まれた場合でも、涼は貴殿に嫁がせたいと思っている。あやつもそれを望んでいるだろう」
そこまで気に入ってもらえていることに、俺は少し困惑した。
「……もう一つ、重要な話がある。というか、こちらの方が遙かに大切な話だ」
……へ? 涼姫の嫁入りより大切な話?
俺がきょとんとしていると、藩主様は声をさらに小さくして、囁くように俺にとんでもないことを言ってきた。
「……内密の話だが……上様が、貴殿と会いたがっている」
「……上様? ……上様って、まさか……」
「……将軍様だ」
ぞくん、と鳥肌が立った。
江戸幕府第八代将軍、徳川吉宗。
言わずとしれた、日本史における超重要人物。
テレビドラマなんかの影響もあり、人気も知名度も抜群だ。
この時代ではまだ将軍になったばかりだが、それでももちろん、この時代における日本のトップだ。
そんな大人物が、俺と会いたがっている――。
「ど、どうしてそんな話になっているのですかっ!?」
驚愕と焦りで、上ずった奇妙な声を上げてしまった。
「貴殿の噂は、江戸城でも話題になっている。自称仙人、というだけならばその手の話はいくらでもあるが、金鉱脈の発見、養蚕事業の開始、そしてご老公様の報告……どうやら貴殿は本物だ、と認識されているのだ。しかも、後の世から時間を遡ってやってきた時空の仙人……数々の奇跡を見せ、なおかつその年齢は十代にしか見えない。今言っただけでも、上様が興味を持たれるのは当然だろう」
「で、でも……俺、正真正銘の十代ですし、本当は仙人なんかじゃないですよ!」
「だが、仙界……つまり三百年後の世界と自由に行き来出来るのは本当だろう? ならば嘘をついているわけでもあるまい……ただ、上様に会うことは、上様が望んでいたとしても、そう簡単ではない」
「はい……それはなんとなく分かります。あと……断るのも簡単ではない、のでしょう?」
「まあ、そうなるな。なぜ上様に会えないのか、納得する理由を求められるだろう」
……ここで、俺はちょっと考え込んでしまった。
将軍様は、俺と会って、何を聞き出そうとしているのだろうか。
何か粗相をして、罰せられたりしないだろうか。
それよりも、この世界の歴史を、本当に大きく書き換えてしまうことになるのではないだろうか……。
そんな不安を、藩主様に素直に話してみた。
「うむ……確かに、不安はある。しかし、上様のお気に入りとなることができれば、この上なく名誉な事である上に、おそらく、何物にも代え難い実利をもたらすことになるだろう。そのためには、入念な下準備も必要になってくる」
と、元康公は真剣な表情で語りかけてきた。
懇意になれば、何者にも代え難い実利が生まれる。
それにより、例えば『身売り』で悲しい思いをする女性達を、もっと救えるかもしれない……。
そして何より、『徳川吉宗』という大人物を、直接見て、話に耳を傾け、さらに自分の事を覚えてもらう……そんな途方もない体験をすることが出来るかもしれないのだ。
「会ってみたいです。俺、将軍様に会いたいですっ!」
周囲に聞こえないよう、小声でつぶやくが、その決意は揺るぎなきものだった。
そしてこのことは、藩主様、涼姫、五人の嫁達、そして明炎大社や阿東藩、松丸藩にも協力を仰いだ、一大計画へと発展していくこととなるのだった。
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