第149話 坑夫の身

 坑道の内部に入る前に、東元安親ひがしもとやすちか殿を団長とする松丸藩からの視察団員、計三人がまず驚いたのは、作業員の格好だった。


 服装は、おそらく彼等が知っている採掘工員とそう変わらないだろう。動きやすい和風の作業着に、地下足袋だ。首には、手ぬぐいを巻いている。

 しかし、決定的に違う姿……それは頭に被っている黄色いヘルメットだ。


「あの者達が被っているのは、一体……」


 その事を聞かれると予測していた俺は、同じ物を彼等に差し出した。


「……軽い……それに丈夫そうだ……」


 東元殿はそれを軽く叩いたり、顎のベルトをいじってみたり、頭に乗せてみたりもしている。


「そのままだと、髷が邪魔になると思いますので、これを頭に巻いてから被ってみてください」


 そう言って、俺はタオルを差し出した。

 タオルの柔らかな素材にも驚いていたが、やはりヘルメットへの興味が強いようだ。


 髷とタオルの分、ヘルメットは頭頂部に密着しにくくぐらつきがあるが、顎のベルトで調整できる。また、蒸れないようにわずかに隙間が空いている。

 とにかく、狭い上にでこぼこしている岩肌の坑道にそのまま入るのは危険過ぎるのだ。


 ちなみに、この時代、この手の作業は一般的には、頭に幾重かに手ぬぐいを巻いただけなので、ぶつけて怪我をすることは多かっただろう。


 そして実際に坑道に入った彼等は、さらに驚きに目を見開くことになる。


「なんだ、これは……この白く、明るい灯火は……」


 所々、LEDのライトが坑道内を照らしている。提灯が必要無いほどの明るさだ。


 通常、この時代の坑道は行灯あんどんと呼ばれる、油を満たした小さな皿に木綿の灯心を浸して、それに火を付けて明かりとしていただけだ。

 それも、ほんの所々。その明るさは、現代で言うなら蛍光灯の脇にある橙色の丸電球程度。暗くて、とても危険なのだ。


「まるで日の光をそのまま導いたような明るさ、まさに仙界の灯火……」


 いくつも輝くその明かりに、心底驚いた様子だ。


 実はこれ、泉から湧き出した水で小型の水力発電機を動かし、ケーブルで坑道内にひいて所々にLED電球をつけているだけだ。


 それだけではない。

 坑内に新鮮な空気を送り込む送風設備、そして湧き出た不要な地下水をくみ出すポンプ設備も、同様に電力を使用して動くように設置している。


 実のところ、これらの仕組みはこの時代にも既に存在したのだが、元は全て人力駆動の設備。


 その動力部分を電気式に置き換えただけで、万一故障により動かなくなったとしても、手作業で同じ仕組みが代用できるように工夫している。


 もちろん、俺が作ったのではなく、こういうのが好きな叔父が作った物を運び込んで、組み立てただけなのだが……それでも、かなりの苦労があったことは確かだ。


「なんということだ……阿東藩が、これだけ進んだ設備を使用しているとは……わが松丸藩とは大違いだ。前田殿が仙人という噂は、本当だったか……」


 東元殿が狼狽している。いけない、刺激が強すぎたか。


「いえ、単に作業者の安全を図りたかっただけですので……それで、実際の採掘作業ですが……」


 と、ここでもう少し先に進んで、ちょうど採掘しているまさにその現場を見せた。

 カーン、カーンという小気味いい作業音が聞こえてくる。


「……あの者達が顔に付けているのは、一体……」


「ああ、あれは破片が目に入らないようにしている物で、『ごーぐる』」といいます。下のは、ほこりを吸い込まないようにするための『ますく』という物です。あまり坑道のほこりを吸いすぎますと、肺がやられてしまいますから」


 ここでも、作業者に対する安全対策はバッチリ実施していた。

 しかし、それが視察員達には奇異に映ったようだ。


「なぜ、これほどまでに作業者を手厚く守るのか……」


 と、彼等の一人がつぶやく。


「その方、なんという事を言うのだ! 熟練の坑夫を出来る限り守るのは、当たり前のことだろう!」


 と、東元殿の叱責が飛ぶ。

 怒られた彼は、大層恐縮していた。


「……しかし、不可解な事が一つだけある。これほどまでに仙界の技術や道具を惜しげもなく持ち込んでいるというのに、一番肝心な採掘作業は、なぜノミと金槌なのだ?」


 東元殿の鋭い質問だった。


「いえ、仙界の道具は危険ですし、この地で使用するための条件が整いませんので……」


 と、ある程度本当の事を言う。

 しかし、東元殿は納得していない様子だ。


「……他にも、理由があるのではなかろうか。前田殿、この私に分かるように、こっそり説明してくれまいか?」


 彼は食い下がる。


 この場には、東元殿の他に松丸藩の役人が二人、そして阿東藩の案内役も二人いる。

 彼等にはあまり知られたくないが、東元殿には本当の事を打ち明けてもよさそうだ……俺の直感が、そう告げていた。


 そして俺は、彼をほんの十メートルほど離れた場所に連れ出し、耳元でこっそりこう話した。


「仙界の道具を使えば、効率が良すぎて、あっという間に取り尽くしてしまいます。だから、今のままの方がいいんです。金の相場安定、そして何より、坑夫たちの雇用を守るために……」


「やはり……前田殿、万全の安全対策もそうだが……貴殿は、儲けよりも坑夫たちの事を……」


 それ以降、彼の俺を見る目が、若干変わったような気がした。

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