第130話 婿入り?

 阿東藩主の娘である『りょう姫』が、室町時代からやってきたと思われる少女『せい』と共に忽然と姿を消したその数分後、俺は周りの女性達に

「俺が確認して、連れ戻すから!」

 と伝え、ラプターを用いて現代へと時空間移動した。


 そしてすぐさま叔父の携帯に電話をかけたが、反応がない。

 仕方が無いので、江戸時代で起きたことをメールで送信し、不安を抱えたまま、そわそわ、うろうろと自分の部屋で心配しながら待っていた。


 夜になって、叔父から電話がかかってきた。

 その第一声は、

「涼という名の女の子と誠姫は無事だ。安全な所で保護されている」

 であり、それを聞いてようやく一安心できた。


 午後八時、叔父は俺の家を訪ねてきた。

 母や妹への挨拶もそこそこに俺の部屋に来て、まずは俺に対して、誠姫を保護してくれてありがとうと礼を言ってきた。

 こちらも、時空間移動に巻き込んでしまった涼を保護してくれた事に対して礼を言った。


 そして、誠姫が江戸時代に時空間移動してきた顛末について、おおまかに説明を受け、納得した。

 彼女は肉体に生命に関わる異常を感知した際、安全な場所に移動されるよう、叔父から渡されたラプターに設定されていたのだ。


 おそらく、今回は火事の煙に巻かれた事による呼吸困難が原因だろう、ということだった。

 また、本来であれば両腕に付けたラプターで瞬時に時空を往復できたはずが、片腕にしかつけていなかったためにややこしいことになった、とも。


 これで一応、誠姫の件は謎が解けたし、あとは涼姫が帰って来れば万事解決のはずだ。


 帰還方法としては、一度、誠姫の姉のけい姫――室町時代と現代を時空間移動出来る――に頼んで現代に運んでもらい、その後、優が江戸時代に連れて行くのがいいだろう、という話だったのだが、肝心の涼姫自身が、しばらく室町時代に留まりたいと話しているという。


 彼女にとっては、時空間移動に巻き込まれたこと自体、神様から与えられた試練だと考えているらしい。

 また、誠姫も彼女と親しくなっており、助けられた恩もあって、この時代でもてなすのでしばらく留まって欲しいと懇願しているらしい。


 とはいっても、叔父もあまり厄介ごとを抱えたくないと思っているようだ。


「そこで俺は、涼姫に、この時代で一体何が出来るのか、という意地悪な質問をしてみた……すると彼女は、俺が現代から持ち込んだ野菜に目をつけて、既に炊いてあった白米の存在も確認して、俺達に『焼き飯』を作ってくれた……あれは美味かった!」

 と、おじさんは笑顔になる……って、そんな単純な事で説得されちゃダメだ!


「ほかにも、蒲鉾かまぼこや油揚げと卵をつかった『木の葉丼』とか、あさりの酒蒸しとか……江戸時代のおまえの店で修行したって言っていたぞ。良い娘だな……」

「いや、確かに彼女は料理の才能があるかもしれないけど、それだけで室町時代の豪族宅で役に立つとは思えないし、こっちも困る!」


「ああ、そうだろうな……しかしあんな有能な娘、見たことがない……」

「有能?」

 そして叔父は、短期間ながら彼女の活躍を話してくれた。


 まず、先程の料理もそうだし、叔父が現代から手当たり次第持ち込んでいた数々の道具も、ある程度使いこなしたという。

 LEDランタン、カセットガスコンロ、デジカメまで。

 さらに驚くべき事に、初めて見るはずのペーパー洗顔シートまで、使い方を把握したという。


「あの娘、現代の文字が読めるんだな……」

 と、叔父は褒める。


 俺は彼女がどういう経緯で俺達と共に仕事をするようになったのか、その全てを話した。

 彼女が阿東藩主の一人娘だと聞いて驚いていたが、それ以上に、俺の元へ働きに来たのがわずか二十日前だということに、さらに驚愕していた。


「確かに頭の回転も速く、好奇心旺盛で物覚えの早い娘だと思っていたが……あっという間にあの家の者達と馴染んだし、それも一つの才能だろうな……」

 その通り、涼姫はある意味、ずば抜けた才能を持っている。


「お前と同じだよ、拓也」

「えっ……俺と?」

「ああ……と言っても、自分では気付きにくいかもしれないが、一言で言えば、『カリスマ性』を持っている」

「カリスマ? ……涼はともかく、俺が?」

 叔父に意外な事を言われ、俺はちょっと戸惑った。


「ああ、だからあれほど慕われるんだろうが……ともかく、彼女はわずか半日で、海部一族に認められた事になる。まあ、誠姫を助けたという部分も大きいのだが……そして彼女は、『この時代でもっと役に立ちたい、そのためにこの時代に連れて来られたんだ』と言い出したのだ」


 ……いや、それは違う。単に巻き込まれただけだし、俺達も心配している。

 その事を叔父に告げると、逆に彼は、

「だが、彼女、『私の事は心配しないで』とお前に伝えてくれと、伝言された」

「そんな、無理だっ! 俺、お殿様からあの娘を預かっているんだ!」

「『父上も、きっと賛成してくれるはずだ』と言っていたぞ」


 ……なんか、頭痛くなってきた……。


「それにあの娘、『この時代の前田拓也になりたい』とも言っていたぞ」

「……意味がよく分からない……」

 その疑問に対して、叔父はわかりやすく説明してくれた。


 ようするに彼女は、仙界から便利な道具を運び込んでくれたら、自分が上手く使いこなして、この時代に役立てたいと言っているのだ。


 叔父は現代から室町時代には、重量制限により五キログラムの物しか運べないが、慶姫ならば四十キロまで運べる。

 しかし、彼女はその能力を怖がってあまり使っていなかったのだが……涼の積極性に刺激され、やる気を出しているのだという。


「……お前に似ているだろう?」

 うーん、確かに……俺は周りの人間を巻き込んで現代のアイテムを利用してもらい、商売をしたり、時には人助けもしているが……。


「……けど、少なくともあの方にだけは了承をとっておかなければなりません」

 と、俺はすぐさま、阿東藩の江戸屋敷へと時空間移動し、まだ寝る前だった藩主様に謁見した。


 俺が全てを話した後、藩主様はまず、

「涼が迷惑をかけてすまない」

 と俺に謝った。


 俺は、とんでもない、俺の不手際で彼女を危険な目に遭わせてしまったと言ったのだが、


「いや、それでいい……あやつには、何か突発的な悶着に巻き込まれるぐらいがちょうどいいんだ」

「……でも、しばらく帰って来ないって言っているらしいんですよ」


「ああ、むしろ好都合だ……そうだな、むしろ半年から一年ぐらい、帰って来るなといいたい。その期間の内にどれだけ成果を上げられたか、報告しろと伝えてもらえまいか?」

「えっ……いいんですか?」


「もともとそのぐらいの期間、あの娘はしばらく貴殿に託すつもりだった。より一層、困難な場所で、困難な使命を与えられるようになったんだから、まさに天命、ということだろう」

 ……うーん、藩主様、娘に対して厳しいのか、期待しているのか……。


「それにしても、見ず知らずの土地、見ず知らずの時代において『前田拓也になりたい』か……よほど貴殿に刺激を受けたと見える……」


 藩主様は満足げに頷いたあと、何か思いついた様にぽんと手を打ち、そして俺の顔を見つめた。

「前田殿……涼が使命を果たし、帰ってきたならば……あの娘の婿になってくれまいか?」


 ……へっ?


「俺には、息子がおらぬ……だから藩を継続させるには、誰かを娘の婿として迎え入れねばならない。前田殿であれば、その才覚はもちろん、支持者も大勢いるであろうし、ご老公様との縁により、幕府との繋がりもできている。なにより、娘がそれほど憧れておるのであれば、次期藩主としてこれ以上ない人材だ」


 ……ええええええぇー!


「ちょ、ちょっとまってください! 俺にはすでに、五人も嫁が……」

「わかっている。ならば、まとめて城内に引っ越せば良いのではないか? 望むならば今の住居のままでも構わないしな。身分上は側室となるが……扱いに於いて、正室となんら変わりない。あえて言うならば、息子が生まれた際、正室の子が次の当主として優先されるということぐらいだが……」


 いや、まあ、自分の息子を次の藩主になんて考えていなかったから、それは問題ないけど……って、そもそもそういう問題じゃないっ!


「む、無理ですって。俺に藩主なんて務まるわけが……」

「そうか? 涼とならば、うまく立ち回ってくれそうな気がするが……まあ、まだ半年以上時間がある。ゆっくり考えてくれればそれでいいさ」


 と、藩主様は気さくに笑いかけてくれたが……俺は正直、混乱が収まらないでいた。

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