第131話 責任

 涼姫が室町時代に時空間移動してから、十日が過ぎた。


 その夜、現代では、また叔父が俺の部屋を尋ねてきていた。

 案の定、彼の話の内容は、涼姫に関することだった。


「彼女……かなり行き詰まっているようだ」

 それが叔父の第一声だった。


「行き詰まっている? だって、前に話を聞いたときには、海部あまべ一族にも打ち解けたし、現代から運び込まれた便利な道具を使いこなしているって……」


「ああ、その通り。それは今も変わらないし、慶姫も彼女に刺激されて、今までよりずっと頻繁に現代と過去を行き来している」

「だったら、なんで……」

「……彼女は、手痛いミスを犯してしまったんだ……」

 と、叔父は困ったような表情を見せ、そしてその顛末を語り始めた。


 涼姫は室町時代において、もっと地域と密接に関わり合いたいと言い出した。

 一族の者は最初困惑したが、慶姫の勧めもあり、また実際に彼女は役に立っていたので、とりあえす彼女のやりたがる事にはある程度協力することになった。


 涼姫の立場は微妙なのだが、とりあえずは「客人」という扱いで、それなりに大切にされているという。

 そんな彼女の願いで、海部一族の領内を視察することになった。


 最近は盗賊も出没するこの地域、当然護衛も必要になるわけで、一族の者はあまりいい顔をしなかった。


 しかし涼姫がへそを曲げて、その結果、慶姫が現代から食料や便利な道具を運び込む事をやめてしまっても困る。

 しぶしぶ三人の護衛をつけて領内を視察中、急な通り雨に遭い、仕方無く一軒の民家に雨宿りさせてもらったという。


 夫婦と女の子一人の小さな家で、粗末ながら食事まで出してくれたその一家に対し、護衛達は相応の礼を渡したらしい。


 そこまでは良かったのだが……涼姫は、自分に懐いた女の子に対し、こっそりと持っていた『くし』をあげたのだという。


 彼女からすれば、いくつか持っている中で一番飾りの少ない、気安く使える櫛であり、女の子の髪が乱れているのが気になったので、内緒にするようにと渡してしまったらしい。


 そしてその子は嬉しさのあまり、ついこれを持ち歩いてしまい、それがよりによってこの村の長に見つかり、分不相応な品物を隠し持っていたとして、その子は痛みを伴う罰を受けてしまった。


 俺はそれを聞いて、思わず「うわあぁ」と声を出してしまった。


「そんな騒動になるとは当然、涼姫自身思っていなかったわけで……かなり取り乱し、落ち込み、泣き明かしていた。また、一部の者から、やっかいな事をしてくれた、と心ない言葉も浴びせられた……」


 うーん、それは酷いな……。


「一時は相当落ち込んでいて、女の子に謝りに行こうとしたのだが、周囲からこれ以上面倒を起こさないでくれ、と言われたらしい。実際、それを実現しようとすればまた警護の者が必要になるわけだしな……そう何度も彼女のわがままにつきあえるほど、彼等も暇ではない」


 確かに、一族の言い分も分かる。


「……おそらく、彼女にとっては初めての挫折ではないだろうか。しかも、解決方法の見つからない……もどかしい思いをしているだろう。しかもちょっと危険だ」


「危険、っていうと……」


「ああ、彼女、こっそりと屋敷を抜け出そうとしたらしい。女の子に会いに行くつもりだったんだろうが……見つかって咎められ、離れに閉じ込められて……ますます落ち込んでいる。慶姫に弱音を吐いているということだ」


 うーん……これはちょっと、想像より厳しい試練にぶち当たっているようだ。

 多少は苦労するかもしれないと思っていたけど、いきなり潰れてしまいかねない。


 それに、何らかの手段を使って抜け出す事に成功してしまって、それで盗賊に誘拐でもされようものなら……と、どんどんと悪い方向にばかり考えが向かってしまう。


 しかも、彼女は藩主様からは『半年は帰って来るな』と厳命されてしまっているし、なにより自分で『大丈夫だから心配しないで』と言ってしまっている。


「涼は、もろい――」

 そんな藩主様の言葉が思い出される。

 わずか十日で、涼姫は今までに無いほど追い込まれていたのだ。


「そして彼女はこう言っていた……『前田拓也様は、何十人もの娘達の人生を背負い、幸せにしているのに、私はたった一人の女の子を幸せにできないどころか、かえって不幸にしてしまった。この時代の『前田拓也』になりたいだなんて、思い上がっていた』とな……」


 いや、そんなことはない。

 たまたま俺が、幸運にもそんなトラブルがなかっただけで……って、いろいろあったか。


 最初に五人の娘が売られそうになったとき、『俺がまとめて買い取る』なんて宣言しておいて、資金不足で失敗しそうになって、土下座で謝った事もあるし。


 肉親である実の妹を、時空の狭間に飛ばしてしまった事もあるし。


 強盗に前田邸を襲撃されて、五人の少女達の行方が一時、分からなくなったこともあるし。


 思い返してみれば、本当に挫折と試練の連続で、何度も頭が真っ白になる思いをしてきた。

 もうダメだ、と絶望的な思いに打ちひしがれた時もあった。

 たぶん、涼姫も今、そんな気持ちなんだろうな……。


 そして俺は、その試練を乗り越えて来た。

 でも、それは自分だけの力ではなく、誰かの協力があったからこそだった。

 だから今、俺は涼姫に力を貸してあげたい。

 しかし、彼女は今、室町時代にいる。俺が直接手を出せない時空間だ。


「さあ、拓也、どうする? 俺では妙案を思いつくことができないが……」

「……一つ、考えがあります」

 と、俺は叔父に、実は前から考えていたその案を話した。


 翌日、それは早速実行された。

 そして叔父がその結果を詳細に語ってくれた。


 ――その日も、屋敷の離れに閉じ込められた涼姫は、打ちひしがれた様子だった。


「女の子に謝ったら、もう、帰りたい……」

 そんな弱音を吐いていたという。


「何を言っているんですか、貴方はその程度の覚悟で、この時代に残るなんて大口を叩いたのですか。貴方は元の世に帰ったならば、より多くの者に対して責任を負うことになるのですよ」


「……私には、背負いきれない……自信がない、怖い……」


「……姫様、ようやく分かったのですね、『責任』の重さが……でも、それは乗り越えなければならない試練です。そしてそのためには、自分だけで全てを背負おうとせず、他人の力も借りていいんです――例えば、私とかの。そもそも、私はそのために貴方の元に派遣されたのですよ」


 ――聞き覚えのあるその声に、涼姫はそっと顔を上げた。

 そして格子窓から覗く顔を見て、彼女はぶわっと涙をあふれさせた。


「お蜜さん……」


 江戸時代の阿東藩に於いて、一流の『忍』であり、涼姫の護衛を任せられていた彼女。


 体重の軽い彼女は優の能力で一旦現代へ移動した後、次に慶姫の能力により、室町時代へと時空間移動していた。

 自分の今のあるじである、涼姫を支えるために、危険を承知で――。

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